繋いでいるのは<4>








試験開始予定時刻より半刻前に、ナルトはシカマルと共に試験会場に出向いていた。
昔のイメージカラーであったオレンジではなく、隣に佇む恋人の色を纏って。
既に来ていた里の見物人達は、ナルトの存在に揃って眉を潜めたが、火影もいる公共の場なので
石を投げてくるまでには至らなかった。
「シカ・・・俺はもう行くのでこの辺で・・・」
幾分、翳った表情にシカマルは息をつく。
「馬鹿、気にすんな。まだ集合かかってねーだろ、それまで一緒にいろよ」
ナルトが気にしているのは、里の一般人がナルトといることで向けられる視線だ。
曲がりなりにも、自分が名家の嫡子であるがために、ナルトはいつも人前ではシカマルとの距離を取っていた。
はっきり言って、それがシカマル自身、気に入らない。
しかしそれも今日までだ。
里中の者へ、見せつけてやればいい、お前の姿を。
暗部任務時に見せるナルトの戦う姿がどれほど美しいか。
「もったいないがな・・・」
「え・・・?」
思わず漏れた思考に、ナルトが振り向く。
何でもねぇよと髪を梳けば、ナルトは猫のように目を細め笑みを浮かべた。
若干、強張っていた表情が緩んだのを確認して、シカマルも笑った。

「イノ達、来てないみたいですね・・・」
ほっとしたような、来ると言っていたのに来ないのが残念なような複雑な気持ちをどう言い表せば良いのかわからない。
「俺がいるからいいだろ」
少しむっとして言い募るシカマルにナルトは苦笑した。
「そうですね」
そう言って気付くか気付かないかわからないほどの距離を縮めて擦り寄れば、頭上で満足気に笑む気配がした。
今回の試験は一次が暗号解読、二次が試合だと聞いていた。
午前中に一次試験があり、午後からが試合だ。
試験官の号令が響き、シカマルはナルトの背を押した。
「手ぇ抜くなよ?」
「わかってますよ」
唇を尖らせ背を向けるナルトに苦笑して、休憩まで自分も暗号解読でもするかな、と適当なベンチに寝転がった。
今日は無理を言って解部を休んだので、締め切りの早い暗号だけ持ち帰っていたのだ。
メモしてきた暗号を片手に、ちらりと集合している受験者を見る。
試験を受ける下忍達はナルトよりも年齢は下の者が多いが、それでも体格は立派な者が多く笑ってしまった。
中にはシカマルよりも大きな者もいて、いかにも力任せで強引な戦い方が似合いそうだ。
あの巨漢をあっさりと倒してしまったときの未来を描いて、ふ、と小さく笑みを漏らす。
「さぞ滑稽だろうな・・・」
その時の里人達の顔は一生忘れられないだろうと。


休憩の鐘が鳴る。
ぞろぞろと教室から受験者が浮かない顔であったり、自信のある顔だったり様々で、ナルトはどちらとも
わからない涼しげな表情でシカマルの元へ戻った。
「どーだった?」
「・・・まあまあです」
「?難しかったか?」
やや考え込むような仕草に、シカマルは不思議そうに首を傾げた。
ナルトにはしょっちゅう、解部の仕事を手伝ってもらっている。
レベル的には、10年解部で働いている者よりも使えるというのがシカマルの見解だ。
中忍試験で出る問題など、彼にとっては取るに足らないのではないか?
「いえ、あの・・・たぶんなんですけど・・・」
言いにくそうに、シカマルの持っていたメモ帳に先ほどの試験内容と自分の解答を書き記し、見てもらえます?と差し出した。
それを見たシカマルが、ぽかんと口を開け、やがて不機嫌な顔を露わにした。
「・・・あとでこの問題作った奴、シメとくわ」
「えっあの、怒らないであげてくださいっねっ?」
シカマルの深くなった眉間の皺にナルトが焦る。
実は問題自体が間違っていたのだ。
行き着かなければならない解答に、これではどうしたって行き着かないものになっていた。
試験に出ていた問題は、本来、もうひとつ暗号があって、そちらも解いて、合わせて考えるものであった。
受験者達に渡されただけの暗号だけでは、意味の通らない文字の羅列しか出ない。
「つか、お前、よくこれ解けたなぁ・・・」
感心したようにシカマルはまじまじとナルトを見ると、頬を真っ赤にして微笑んだ。
「はい、えっと、前に同じようなものを解部で解いたことがあったので」
一応、暗号がもうひとつ必要なのではないかということと、おそらく正解と思われる答えを書いておいたと言う。
「それで合っていたでしょうか・・・」
「ああ、満点だ。さすが俺のナル」
シカマルの褒め言葉に更に頬を紅くして笑う金髪は、思わずその場にいたギャラリーが立ち止まってしまうほどの魅力があった。
それに気付いたシカマルは、心の奥で深く溜め息をついた。
(ああ、本当に・・・)
自分の腕の中だけで愛でていたい。
「しかし・・・」
「?何か・・・?」
やや難しい表情で自分を見つめるシカマルに、ナルトがことりと首を傾げた。
「や、この一次試験、問題自体が間違っていたからな・・・おそらく無効になるだろうな」
推量だけで正解を叩き出したナルトには気の毒だが、問題自体が間違いだったとあれば。
「二次試験の試合だけで決まることになるな」
「シカ・・・」
このまま問題の誤りを黙っていても良いが、採点時にはバレるだろう。
「大丈夫です」
にこりとナルトが微笑む。
「俺、今日は“一番”取りますから」
あなたの隣にいるために、せめて恥じない者になりたい。
任せてください、と笑う太陽に、無駄な心配だったかとシカマルも笑った。
思わず抱きしめようと思った、刹那。
「ナルトー!!!」
遥か遠いところから聞こえるのに、鼓膜を突き破るような声量に、からだが傾いた。
「イノ・・・!」
人混みから見知った顔ぶれが覗く。
「うふふ、来てあげたわよー」
「サクラちゃん・・・」
「俺達だって、いるって、のっ」
里人の波を押しのけ、キバとシノ、ヒナタとチョウジもやって来た。
「皆、来てくれたんだってば?」
自分のために?そう聞けば、当たり前だろ、と旧友達は笑う。
「ヒナタがさぁ、お弁当作るって張り切り過ぎちゃって、こんな時間になっちゃって・・・」
「サ、サクラちゃん・・・!」
確かに彼女の手には顔が見えないほどの大きな重箱らしき包みが抱きしめられていて、横でそれをじいと見つめるチョウジがいた。
(本当に弁当作って来たのか・・・)
さすがに冗談だとばかり思っていたシカマルは、旧家のお嬢様の純真さに唖然としていた。
「こ、これ、皆で食べない・・・?」
二次試験まで、あと一刻半はある。
「さんきゅーヒナタ!」
太陽のごとく微笑めば、旧家のお嬢様は顔から煙を出して倒れそうになり、キバが慌てて支えていた。
「シカマルも一緒に来るでしょ?」
イノに背を押され、ぢゃあお邪魔しようかな、と輪に混じった。


適当な空き地を見つけ、用意していたらしいレジャーシートを敷いてヒナタの手料理を皆で食べた。
もっと小さな頃のようにはしゃいで笑って冗談を言って。
無邪気な姿にシカマルは笑んだ。
「なんか遠足みたいだな」
くすりと耳元でシカマルに笑われて、ナルトの頬が紅くなった。
「お前がやっとやる気になってくれて皆嬉しいんだろうよ」
「・・・はい」
わかってます、と紅い顔で俯く金髪は可愛い。
ひととおり食事を終えて、残りの休憩時間を談話で過ごす。
赤マルとキバのじゃれあいを楽しげに眺めていたナルトが、細めた蒼を静かに瞬かせた。
それを合図にしたかのように、その場にいたものの会話が止んだ。
「あのね、俺、皆に話があるんだってば」
口調はそのままに、静かに紡ぐ言葉には眠っていまいたいような心地良ささえある。
同期達は体勢は変えず、金髪の言葉に耳を傾ける。
「今まで、ずっと、訳あって中忍試験から・・・逃げてて」
耳には木々のざわめきが、うるさいほどに鳴る。
唇が上手く動かなくて、泣いてしまいそうな気持ちになった。
「でも、今日はちゃんと、頑張ってくるから」
汗ばんだ手のひらが気持ち悪い。
けれど、しばし流れる沈黙の方が気になって仕方なく。
口を開いたのはサクラだった。
今まで姉のように世話を焼いてくれていた少女は、今は艶やかささえ滲んでいる。
「うん。それで、その“訳”っていうのは教えてくれないの?」
小さく肩を揺らして彼女を仰ぎ見れば、小さく微笑みさえ浮かべていて、ナルトは瞠目する。
サクラの横で、イノが笑った。
「実は私達、シカマルから聞いて知ってんのよ」
何を、とは言わない。
ナルトは思わず絶句した。
振り向いてシカマルを見れば、口元に手を当てて笑んでいる。
「ああ、皆知ってる。俺がこの前、話した。お前の見方になれそうな旧家名家集めて。
つっても、殆どがこのメンバー+親なんだけどな。皆、快く受け入れてくれたんだぜ?」
お前の味方でいることを。
「いつの間に・・・」
シカマルのことだ、水面下で着々とことを進めていたのだろう。
感心を通り越して呆れるほどの実行力を時折発する彼は、面倒なことは嫌いな割に、好きなものへと後々楽をする努力は惜しまないのだ。
「でもね、」
小首を傾げてイノが言う。
「それでも、やっぱりあんたの口から聞かないと意味がないでしょー・・・?」
だから自信の言葉で伝えてと、白金の彼女は言うのだ。
「・・・そう、ですね」
話します、とナルトは皆に向き合った。
口調も元に戻し、楽にしていた足も戻す。
「幼い頃に、今は亡き3代目に育てられ、俺は5歳の頃から暗部とし、育てられた恩を返すため動き始めました。
3代目にはとても世話になり、亡くなったあとも忠誠心は変わりません。
意思を汲んで、この里のために生きようと決めました。それは今も変わりませんし、これからもそうです。
口調も性格も変えて馬鹿をやっていたのは、里人の警戒心を解くため。
自分は無害だということを訴えて身を守っていました」
淡々と述べるナルトは、まるで任務報告をしているかのようで、凛としたその姿勢に同期達は目が離せなくなっていた。
「けれど、もう、それも終わっても良いかと、思って。周りの状況も変わって、自分も変わらなければと、思ったから」
だから今回の中忍試験を受けることにしたのだと薄く笑む。
「皆を騙していたことは謝ります。ごめんなさい」
「騙されたなどとは思っていない」
下がる頭をシノが止める。
「そうだよ、元はといえば、周りの環境が悪かったんだもの」
チョウジが緩く笑う。
それぞれが頷きあって、しかしナルトは下を向いたまま。
どうしたの、と声をかける前に、ぱたぱたとレジャーシートに落ちたのはガラス玉のように輝いた涙。
「ナ、ナルトぉ!?どうしたっ?」
焦ったキバが赤マルと共におろおろとし始める。
「ふ、え、あの、ほっとしたら、何故か・・・」
涙が、と続けようとして失敗する。
ぼろぼろと伝う涙は、涙腺が壊れてしまったかのよう。
「ちょ、ちょっとー!シカマルのせいだからね!」
「はぁ!?今の流れで何でだよっナルトの口から直接理由が聞きたいって言ったのお前だろ!」
同じく動揺し始めたイノが、とりあえず傍にいたシカマルにナルトを泣かせた罪を被せる。
罪の擦り付け合いは止まることなく、
「は、あはははは・・・っ」
涙が止まり、シカマルとイノのやりとりにナルトが笑い出す。
2人も、ようやく止まった涙にほっと胸を撫で下ろした。

あと半刻で試合だ。
選手はそろそろ控え室に向かわなければならない。
涙のあとをシカマルは指で拭い、頑張って来いと背を押した。
「はい」
にこりと、いつもの静かな笑みを浮かべ、ナルトが立ち上がる。
「ナ、ナルト君・・・頑張って、ね・・・!」
「はい」
 ナルトの笑顔に、言い終えると同時にヒナタの顔からたちまち煙が。
もちろん、既にスタンバイしていたシノとキバにより支えられた。

「いってきます」

太陽のように笑んで、金髪は瞬身で消えた。
残された同期達はナルトの消えたところを眩しそうに眺めていた。
「さて、私達も行きますか!」
イノの言葉に、皆立ち上がる。

愛しい金髪の晴れ舞台を、この目で焼き付けるために。















モドル