かあさま
かあさまがしいなをまもってくれるように
こんどはしいながかあさまを
そうしたら
かあさまは・・・
君を護る<3>
いつもは静かな森の中。
木の葉の外れに位置する森の奥で、バサバサと一斉に鳥が飛び立った。
「なんなんだよここは――――っ!!!」
ズガガガガ、と避けた足元にボーガンの矢が後を追うように刺さる。
避けたところにタイミング良く次の罠が作動する。
「くそっ・・・赤丸ずりぃっ」
くぅんと心配そうに木の上で、チョウジ、サクラと共に待機する相棒をキバは恨めしげに見上げる。
助けに入りたいが、罠が多すぎて待機する他ないのだ。
なかばヤケクソで応戦する。
「ほんとになんで!!?」
キバの横を同じように走りながらイノが叫ぶ。
「まだBランクの任務の方が楽だわよ―――――っ」
目の前から飛んできたクナイを避けてキバとは逆に飛ぶ。
「イノ!!」
「何よシカマルっ」
イノの位置では見えないが、着地地点にはぴんと張られたワイヤーがシカマルには見えた。
そっちじゃない!と手を伸ばしてきたのを取り損ね、右足に何か細い線が引っかかり切れた。
「えっ・・・」
ザザ、と木の葉が舞い散る音がして、景色が一変した。
朝食の片付けをしていると、窓からひとつの式が舞い込んで来た。
「あら・・・」
珍しい。
亜麻色の式は綱手のものだ。
暗部の用事では黒い式をよこすのだが、久々にこちらへやってくると言う知らせだろうか。
手のひらで包み込み、チャクラを込めるとトリの形をしていた式がゆるゆると一枚の紙に戻って行く。
「かあさまー、あ!おばちゃんの式!!」
しいなが嬉しそうに笑って寄って来る。
式の内容は暗号になっているが、父譲りなのだろう賢い娘は絵本を読み上げるように解いてしまう。
シンクをよじ登って覗き込む。
暗部用ではないし、まあ良いかと一緒に覗き込み、綴られている内容にナルトは絶句する。
「・・・そんな・・」
「かあさま?」
顔色が悪くなって行く母を心配そうに見上げつつ、横目で内容を確認する。
(えと・・・“里外任務に向かってもらった者たちに一晩の宿を提供してもらいたい。
メンバーは・・・10班、サクラ、キバ・・隊長にシカマル・・・・・日付は今日)
なんだ宿の提供か。
確かにここから木の葉の中心地に向かうとなると普通の人だと1日かかるようなところだ。
疲れて帰って来る忍達への労いだろうか。
しいなはシンクを下りて手紙を見つめたまま立ち尽くす母のエプロンを引っ張る。
「かあさま?」
「・・・え・・・あ・・」
様子のおかしな母、しかし式を飛ばしてまでお願いしてきた綱手のためにしいなは張り切る。
「今日はお客様がいらっしゃるんですね。しいなが夕飯にできそうなもの採って来ます!」
「え・・え、ありがとう・・・しいな」
頭を撫ぜてもらって、機嫌良く出て行った娘をぼんやりと見送って。
「・・・・・・」
ざっと斜め読みして行ったしいなは気付かなかったようが、チャクラを通すと別の暗号が浮かび上がる。
今でもあいつはお前が生きていると言って捜してる
勝手なことして悪かった
お前のことを“知っている”のはシカマルだけだ
バラすもバラさないもお前が決めな
でも、
もう良いんじゃあないか?
あいつを頼ってやりな
私はお前達に幸せになって欲しい
「・・・シカマルが・・・」
今でも自分を捜している・・・?
見つめた先の手紙にぱたぱたと染みができる。
つうと涙が頬を伝って落ちて行く。
止まらない。
思ってもみなかったことだ。
もうすぐ会える。
どうしよう?
ただただ不安で
でも
嬉しくて
泣いた。
***
からん。
「!」
森に仕掛けておいた罠が作動したらしい。
庭に出たところでしいなは立ち止まり、位置を探る。
森の中に仕掛けた罠は、母特製。
それらは全てこの家まで繋がったワイヤーで、得物を捕らえたと伝えてくれるのだ。
仕掛けた鳴子が揺れている。
からからと小さな鐘が鳴り続け、ガァン、と一際大きく響いた。
「この音は、大物ですわね」
にっこり笑って森に向かった。
「もう嫌――――――っ!!!」
そう叫ぶイノは、今は木の上で吊られていた。
縄で編まれた、袋状になったものの中で、うんうんともがく。
どうなっているのか動けば動くほど頭上にある口部分が閉まって行く。
不本意にからだを丸く折り曲げられて、イノが喚く。
いつの間にか、キバも木の上に避難していて、こちらへ向かってくるのが見えた。
「はあ、よくできてるよなココ・・・」
至るところに罠が張り巡らされおり、避けた場所にも違う罠が作動する。
慎重にイノの元へと進む4人。
「もーっさっさと助けなさいよっ」
「あら」
ふいに現れた小さな気配に全員が振り向く。
そこには、明るい茶髪を二つにくくって、逆光で顔はよく見えないが、3,4歳頃だろうか。
子供特有の高い声で、
「大物だと期待していましたのに・・・久々にぼたん鍋食べたかったな・・・」
残念、とこちらへ枝を使って罠を軽く避けてやって来る。
「大丈夫ですか?」
ことりと首を傾げて、中に捕らわれたイノを気遣う。
木漏れ日がさして、子供の顔がはっきりと映った。
その容姿に皆言葉を失う。
茶髪は差し込んできた陽光で金髪に輝き、目は空のような蒼と漆黒の対。
何より、顔つきが誰かを思い出させる。
同じ漆黒の目で、シカマルが目を細めた。
「お前・・・」
思わず駆け寄ったシカマルを不思議そうに見上げて。
「ちょっと――!!!どうでも良いから早く助けてよ―――――!!!」
無理な体勢でイライラの募ったイノが怒鳴る。
「今出してあげるから・・・」
「あ、お待ちください」
ポーチからクナイを出してサクラが縄を切ろうとすると、子供に止められた。
「切られると後でまた仕掛けるのに面倒なのです」
そう言って手のひらにチャクラを溜めて縄を触ると、ばらりと簡単にほどけ、
こんな子供がチャクラを練れたことに驚きながらも何とか着地する。
「ありがとー、てゆうかこの罠あんたがやったわけ?」
器用に再び罠を張り巡らして行く子供。
「いえ、もともとはかあさまが仕掛けたのです。よく野生の動物が農作物を荒らしに
山を下りてくるので・・・あとはもっぱら修行のためです」
「修行って、お前の??」
そうです、とキバの問いに頷く。
小さいのにすげーなーと頭を撫ぜて。
すると子供がじいとシカマル達を見渡す。
「もしかすると、あなた方が今日来るお客様・・?えっと、10班さんとサクラさんとキバさん・・・
と、シカマルさんです?」
ぱあ、と顔を輝かせて。
「そうだ。今日一日世話になる・・・お前のうちなのか・・?」
子供の目線に合わせて、シカマルは屈んで覗き込むように訊ねる。
「はい!できるかぎり御持て成しいたしますわ。どうぞ私のあとをついて来てくださいませね。
申し送れましたが。私しいなと申します」
そう言ってにっこり笑う。
それに心臓が響いたのはシカマルだ。
笑顔があいつにそっくりだ
シカマルの心情も知らず、子供は罠をさくさくと避け、シカマル達を誘導する。
「あなた変わった目をしてるのね」
振り向く蒼と漆黒の目。
「よく言われます。この目はしいなの自慢ですわ、サクラさん」
一片の汚れもない潔さを感じる子供。
「黒い目はきっととうさまの目だから・・・」
「“きっと”って?」
「しいなのとうさまはいません。でもどこかで生きているのです。しいなは理由を知りませんが
とうさまはしいなが生まれたことを知らないそうですから・・・」
少し寂しそうに笑うしいなにシカマルが問う。
「・・・母親の名は・・・?」
「黄蝶ですわ」
「・・・そうか・・・」
しばし考え込む様子のシカマルを、他のメンバーが不思議そうに見つめる。
「あ」
唐突に声をあげると、しいなは腰のポーチからワイヤーのようなものを取り出し走り出した。
先には子供の手のひらに収まるほどのフックがついている。
「何?」
「うさぎです」
言うが早いか、チャクラを込めたワイヤーが進行方向に伸びて茂みに入ったかと思うと、
次の瞬間足にワイヤーが足に食い込んだウサギが一匹釣り上げられた。
「すっげ・・・」
素直に感嘆するキバ。
「何?それ食べんの?」
「美味しいですよ?ついでに何匹か捕らえて帰ります」
そちらの方とかよく食べそうですし、とチョウジをちらりと見る。
再び小さな気配を察知して、ワイヤーを構える。
「俺も手伝ってやるよ」
こんな小さな子供に負けていられるか、と負けん気を出したキバの横をウサギが走り抜ける。
「さっそくだな・・・」
にやりと笑ってウサギを追いかける。
飛び出したキバに気付き、しいなが慌てたように追いかける。
「お待ちください!!そっちは・・・」
「はっ・・・・?」
崖だ、と声がして、
茂みを抜け、踏み込んだら地面はなく。
「わ・・・!!!」
落ちる―――――――――!!!
「・・・ぁれ・・・」
落ちる感触はなく、不自然な体制で崖にいた。
「・・・ふう」
影縛り成功、とシカマルは術はそのままにキバを安全なところまで引っ張ってくると術を解除した。
隣にはじいと手元を見つめる子供。
復習するかのように自分でも同じ印をチャクラは込めずに組んで行く。
まさか今ので覚えたのか?
見つめていると、視線に気付いてにっこり笑うと、こっちです、と、森の出口に向かう。
帰り道がてら得物を何匹が捕らえていった。
シカマル達も手伝ったが、その殆どは子供の手柄であった。
森を抜けると、広がる壮大な田舎が視界に開ける。
点々と民家が散らばって、殆どは畑。
遠くにやや大きめの建物が、唯一この村にある役所兼学校だと説明された。
「何もねぇ・・・」
こら、とキバがサクラに肘でつつかれながらも、気持ちは皆同じ。
「しいなのおうちはあそこですわ」
指された先には、年季が入ってはいるが、大きな瓦造りの家。
ぐるりと垣根で囲まれて、庭には色鮮やかな花。
「なーお前のママ美人?若い?」
キバが赤丸に乗せてもらったしいなを見上げ問う。
あんた不躾過ぎるわよ、とサクラからさっきより重い肘をくらう。
「それはもう。自慢のかあさまですわ」
赤丸の毛を撫ぜながら、胸を張る。
「年は19です」
「若っ!俺らと同いじゃん!!」
「すごいね〜」
なかなか実感はできないが、まだまだ親に甘えている状態の自分達と比べればすごいことだと
チョウジが褒めると子供は嬉しそうに笑う。
「期待できそうだな〜」
「置いてくぞ」
若くて美人と聞いたらなーとニヤけるキバを置いて皆すたすたと歩き出す。
「待てって〜・・・」
赤丸まで主人を置いて行く事態に慌てて追いかける。
その様子を皆が笑う中、ただひとり、シカマルだけはこれから向かう先を見ていた。
モドル