「・・・なぜだ・・・」
クローゼットを開けて立ち尽くす。

「俺の服がない・・・」






温泉へ行こう【2】







今日から三日間、温泉街へ大好きなひとと旅行だ。
嬉しくて、柄にもなく興奮してあまり眠れなかったが、この高揚感を前にしてそんなのは全然気にならない。
きれいに晴れた空にガッツポーズを決めてベッドから下り、身支度を始めようとした時。

「・・・なぜだ・・・」
クローゼットの中は何故か空っぽで。
ハンガーだけがかかっていた服の数だけ置いていかれていた。
昨日まで存在したはずの服が一着もなかった。
代わりに記憶にない紙袋がひとつぽつんと置いてあり、訝し気に中を漁ると黒いワンピースと
そのワンピースのデザインに沿った上着、踵の高いサンダルが一足。
まさかと思い用意していたボストンバッグの中を調べると、着替えまでもが自分の用意したものと違うものばかり。
「・・・・・・」
何だこれは、とは声にならず。

「シカマルー、そろそろ起きないと待ち合わせ遅れちゃうわよー?」
がちゃり、とドアを開けたヨシノの目に映ったのは唖然とこちらを見る娘の顔。
「あんた何て顔してるの」
口のしまり悪くなってるわよ、と呆れ声で注意する。
「・・私の服どこ・・・」
「・・・あらー?うっかり全部洗っちゃったわぁ」
ひと呼吸おいてわざとらしく視線を外し開き直ったように笑うヨシノに、
「んなうっかりある訳ねーだろ!!何なんだよこの服!!!」
「それ中々かわいーでしょ?似合うと思って買っちゃった〜」
うふふ、と頬を染めて笑う母が憎い。
「駄目よ〜せっかくの記念すべき初旅行にあんな男物の普段着」
「・・・だからってこんなの着れねぇ・・・」
スカートなんて履いたことない。
男として生活してきて、ナルトと付き合うようになっても、別段ナルトが女らしくいろと強要することも
なかったために未だ女物の服など着たことがなかったのだ。
「絶対似合うから。それにたまにはこういう格好してお洒落しないと、ナルちゃんに愛想尽かされるわよ?」
「っ・・・し、仕方ねーから着る・・・・」
母の口車に乗せられているのも知りつつ、しかし当たっているかもしれないとも思う。
ナルトが何も言わないからと言って、それに甘んじてしまうのはよろしくないことのような気がした。
じいとワンピースと睨めっこをするシカマルに苦笑しながら、頑張って、とヨシノは頭を撫ぜた。


皆が自分を見ている気がする。
ちらちらと寄せられる視線に居心地が悪い。
やっぱり変なんだ。
女装しているように見えているのかもしれない。
そう言えば、本来の姿で外を出歩くのなんて初めてのことかもしれない。
いつもは括っている髪もすのまま下ろして、風がさらさらと攫って行く。
(どうしよう・・・)
「シカ・・・?」
2週間ぶりに聞いた本体の声。
「ナ、ル・・・」
うっすら涙目で振り向いたシカマルに驚いた顔をして駆け寄って来るナルト。
「どうかしましたか?」
心配そうに伺うナルトに、何でもないと首を振る。
「・・・今日はこの姿で来てくれたんですね」
目を細めるナルトに顔が紅くなって行くのがわかる。
「あ、あの、朝起きたら、さ・・・いつもの服母さんが全部洗濯に出しちゃって、その・・・」
「似合ってますよ」
にこりと笑顔つきで。
しどろもどろで言い訳をする自分の荷物を持ってくれて。
行きましょうか、と差し出された手を取って歩き始めた。


「・・なんでナルはその姿なんだよ・・・」
え?と振り返るナルトは、黒髪茶色目の緋月の姿。
「ああ・・・木の葉を出る訳ではないですから、変化なしでは色々と困るでしょうし・・・」
九尾の襲来で受けた傷跡は、未だ大人達に残っていてナルトは日々理不尽な扱いを受けている。
それを思い出し、ごめんと謝る。
しゅんと項垂れたシカマルに、
「それにほら、子供の姿では旅館に入れてもらえないですから。シカは大人っぽいから良いですけど俺は・・・」
「自分で言ってへこむなよ・・・」
言葉が続かなくなったナルトを笑うと、安心したような表情を見せられて。
ああ、気分の落ちた自分をなんとか笑わせようとしてくれたんだと気付く。
「私、緋月の姿も好きだから」
良いよ、と腕に擦り寄ると、嬉しそうにナルトが笑った。
それだけで来て良かったと思う。




目的の旅館はさほど遠くなく、のんびり歩いても2時間ほど。
喋っているうちに着いてしまった。
老舗と言うのは名ばかりではなく、古めかしい建物ながらも敷き詰められた石畳や、
手作りなのか小さな小川が庭を流れていた。
木漏れ日がきらきらと漏れて反射した石が宝石にも見える。
「結構良いとこなんじゃね?」
「本当に」
穏やかに笑うナルトを見て来て良かったと思う。
門をくぐると上品な風貌の女将が笑顔でやって来て中に通される。
楓模様の着物に身を包んだ女将はまだ年若く、控えめな仕草が美しかった。
そっと襖を開ける動作だけでも見とれてしまう。
自分にはないものだ、と気分が落ちた。
自分にはない優れたところを見つけて素直に受け入れられない自分は嫌だと思うのに。
同じようにその女将の仕草を目で追うナルトを見るのが、辛い。

「シカ?」
知らぬ間に部屋についていたらしい。
辺りを見渡すと、女将はもういなかった。
きょとんと首を傾げてこちらを伺うナルトに驚く。
「疲れました?」
浮かない表情を、単に疲労だと受け取ったらしいナルトが優しく中へ通す。
窓辺には背の低い机と椅子が並び、そこへシカマルを座らせる。
ご丁寧にお茶まで用意してくれて。
その優しさに、何故だか泣きたくなった。

「どうしたんです・・・っ・?」
自嘲気味に笑ったシカマルを心配そうに見つめるナルトに抱きついて。
「や、お前があんまりさっきのひと見るからさ・・・」
「ほぇ・・・?」
予想外の言葉に間の抜けた声を漏らしたナルト。
「・・・やきもちですか・・・?」
ぽかんとした表情のままでナルトが問う。
「・・っ・・・そうだよ!!悪いかっ」
真っ赤になって叫んだところで全然迫力はないのだが、叫ばないと熱が引かない。
理不尽に怒鳴られたのにナルトは嬉しそうで、落ち着くまで頭を撫でてくれた。




「シカ、ここ部屋に露天風呂ついてるんですって」
来てからずっと自分から離れないシカマルをそのままひっつけて、障子を開けると檜で仕上げられた
風呂に湯が張られていた。
はらりと湯に落ちたまだ色づいていない紅葉を拾って、
「食事にはまだ時間がありますから、お先どうぞ。それとも大浴場もあるって言ってましたがそちらに?」
申し出をしばし考えて、
「や、ここで入る」
そうですか、と笑って離れようにも自分の服から手を放さないシカマル。
「何か・・・?」
「一緒に入る」
「・・・・・・・・え・・?」
しばし脳がフリーズ。
再起動したナルトの腕を引いて外に繋がっている脱衣所に向かうと、浴衣あるぜ、とナルトにも手渡す。
「え、ちょ、シカ?ちょ、一緒には・・・」
「なんだよ、私と一緒じゃ入れないって言うわけ?」
上司が部下に自分の注いだ酒が飲めないって言うのか、と言うような口調でナルトを責める。
「や、そういう訳では・・・」
「じゃあ良いじゃん。2週間ぶりにナルと会ったんだからずっと引っ付いてたいの!!」
なかばキレられて、勢いで脱衣所に放り込まれ服を奪われて行くことに目が回りそうになりながら、
しかしベルトに手がかかった時にはさすがに焦って自分で脱ぎますからと言ってしまった。
それににやりと笑って脱ぎ始めたシカマルから視線を外し、のろのろと衣服を脱いで行く。

「早く行こーぜ」

早々に脱いでナルトの腕を引く目の前の少女の首は、思いがけず紅く染まっていた。


















モドル