今日は何故だか嫌な胸騒ぎを感じていた。

いつもは名残惜しいベッドさえも寝苦しさを感じて目が覚めたのだ。

「・・・今回の任務を渡す」

いつになく厳しい表情の綱手に違和感を覚えた。
広げた巻き物。

「ランクは特S」

告げられたランクに眉を寄せた。
今回は単独任務であるにも関わらず高いランクに首を捻りつつ巻き物を解いた。
内容を理解して、からだが強張った。

「任務内容は、」




「うずまきナルトの抹殺」







心、重ねた<前編>








「ふざけるな!!!」
喉が裂けるかと思ったくらいの怒声。
こんなに頭に血が昇ったことなどない。
思わず投げつけた巻き物は、いともたやすく綱手に受け止められた。
「こんなひどい冗談など言わない」
伏せられた瞳は一瞬だが泣き出しそうに揺れた。
その様子に僅かに落ち着きが戻って来た。
ち、と舌打ち、しかし話を聞く体勢にはなってやる。
「・・・わかるように話せ」
火影様相手に何て口の聞き方を、と、この場に誰かいたらそう言われたのだろうが今はシカマルと綱手だけ。
厳重に貼られた結界に、ことの重さを知る。

「あの子の中に九尾が封印されていることは知っているな」
こくりとひとつ頷くのを見て綱手が重い口を開いた。
「・・・あの子にはもうひとつの顔がある」
もうひとつ、という言葉に視線を向ける。

「厳しい境遇に苛まれ、幼少の頃から命を狙われ甚振られていた子供は、持ち前の能力と九尾の力を両手に
あらゆる知識と技を身につけて行った。数少ない理解者であった3代目に恩を返すべく、
亡き今は大切な仲間のためにこの里を守っている」
ひとつ呼吸をおいて、愛しげに、そして悲しそうに笑う。
「昼は大切な仲間達とともに、夜は独り闇で舞う」
あいつが夜の任務?と訝しげに首を捻る。
「・・・緋月と言う暗部がいるが、お前は知っているか?」
「有名だ」
暗部総隊長直々に指導を受けたとされる、里の守り手。
実力は総隊長のお墨付き、成功率は9割以上。
殆ど単独任務であるため姿を見た者は少ないのだが、数少ない緋月を見たと言う者たちは口を揃えて美しいと言う。
「・・・今の話の件だと、まるであいつが緋月みたいに・・・」
「そうだ」
「・・・・・・」
間髪入れずに肯定した綱手に目を見張る。
「嘘だろ・・・」
緋月と言えば10年ほど前から名を轟かせている暗部だ。
ナルトは自分と同じ15の子供。
ナルトが緋月だとするなら、5歳から暗部に入っていると言うことになる。
再度、綱手に視線をやれば、これが事実だと厳しい視線を返された。

(・・・気付かなかった)
アカデミーに入る前から知っていたのに、気付かなかった。
キバやチョウジ達と共に悪戯したりして遊んでいた頃には、手を血で染めていたと言うのか。
畏怖よりも、そんな辛い状況にいたナルトに対してひどく謝りたい気分になった。

気付いてやれなくてごめん、て、言いたい。

「ナルトが緋月として暗部をしていることは、暗部総隊長と私、今は亡き3代目のみだったのだが・・・
上層部に知られてしまったのさ」
九尾の暴走を恐れている彼らは、何とかしてナルトを消そうとしているのだと言う。
「・・・だからお前に頼みたい」
「・・・もう一度言う。ふざけるな・・・!」
いくら任務であっても、友人を手にかけることなどできない。
「・・・お前が受けずとも、いや・・・受けなければ他の誰かがこの任を負うことになるんだぞ・・・?」
伺うように向ける視線に、ぐ、と詰まる。
「里の大人の殆どはあの子を憎んでいるぞ・・・」
伏せられた目には苦渋の念が滲んでいた。

ナルトを九尾と同一視して憎む大人などに任せてしまえば、きっとひどい殺され方をするだろう。
散々に甚振られたあとには蒼炎で焼かれることもなく、見世物のように広場に捨てられるかもしれない。

そんなことを、されるくらいなら――――――

(いや、それとも・・・)

ふと、ひとつの策がよぎった。

求めるように視線を向けると、綱手が僅かに笑った気がした。
それに背を押されて、
「・・・ひとつ、質問があるのですが・・・」
言え、とひとつ頷いてみせれば普段気の抜けている佇まいが嘘のような真剣な表情に綱手は嬉しくなる。
「なぜ、俺なんですか・・・?」

適役ならばカカシあたりの方が良いのではなかろうか・・・?
経験も自分より遥かに積んでいる担当上忍達の方がことが上手く行く気もした。

「ああ、それは・・・」
それは?
口を開いた綱手は、返事を待つシカマルを一瞥すると、ふいと顔をそらした。
「・・・言ってやらん」
「はあ!?」
子供のように唇をとがらせてそっぽを向く火影に本気で呆れる。
この大事な話をしている最中の態度ではないだろう、と意外にまともな突っ込みが生まれたが、


「私の秘蔵っ子がお前なんぞを好いているからだなんてな」


「・・・・・・はぁ・・・?」
頭に正確な意味がすぐには伝わらず、首を傾げた。



秘蔵っ子とは、ナルトのことだよな・・・?

お前、とは自分のことで、

好いている、とは・・・・・・



理解したシカマルがぼっと火が付いたかのように首まで紅に染めて綱手を呆然と見つめる。
それに満足そうにニヤリと笑って、
「良かったなあ、両思いで」
「ばっ・・・」
「なんだ、違うのか?」
「ち・・・」
先ほどから言葉にならないシカマルに、たたみかけるように問われぐっと唇を引き結んだ。

(何で・・・!?)

何故ばれてる?

誰にも言ってないのに

ひっそりと

秘めていたはずの・・・


「ちょっと待て」
はたと気付く今更のこと。
「両・・・思い、て・・・」

ナルト、も・・・?

信じられない情報に、しかし嬉しくて心が浮き立つのも事実。
けれど自分に課せられた任務は・・・。
「・・・それを知っていて、あえて俺を選ぶなんて悪趣味だなあんたも」
「お前なら誰よりも優しい方法で・・・遂行してくれるだろう」
それに知人の方が、加えて友人でも思い人でもあるシカマルなら油断もしてくれるだろう。
他の者ならば返り討ちにされるかもしれない可能性もある。

「お前が適任なんだ・・・」
沈んだ顔。
よく見ればうっすら目元は腫れて、着物から伸びた手首は以前よりも細くなった気がする。
彼女も数少ないナルトの味方であり良き理解者であることを改めて思い出す。
彼女も苦しんで、火影であり一人の人間であり、そして出した答えが自分であったのだと知る。

「・・・確認して良いですか・・・?」
了承の代わりにひとつ頷く。
「任務内容は“うずまきナルトの存在を抹消する”と言う意味で間違いありませんか」
「・・・!ああ、間違いない」
シカマルの言葉の意味に気付いたのか、浮上した感情が綱手の目に表れた。
数秒何かを思案するように黙りこみ、そして静かにその場で肩膝を地に落とし頭を垂れた。

「任務お受けします」



















モドル