ねえ あなたは後悔していませんか?


俺と出会って



・・・しまったことに







忘れても<1>








アルコールの匂いの漂う廊下を、注意される暇も与えず走り抜ける。
遠くで何やら沢山の落下音とひとの罵声らしきものが聞こえた気がしたのはきっと気のせいだ。
行き先を知らずとも自分の良く知る気配を辿れば目的の人物はいるのだから
こういうとき忍とは便利なものだと感謝する。

「シカマル!!」
しい!と人差し指を突き立てられて看護婦に睨まれる。
そんな視線も軽く受け流し、容態は?とシカクにたずねた。
「平気だよ・・・」
掠れた、しかししっかりとした口調で息子は視線だけ投げてよこした。
頭に包帯をぐるぐるに巻かれ、ぐったりと横たわっているものの、他にはこれといった外傷は見当たらなかった。
「あらやだ、元気そうじゃない・・・」
はあ、と息を漏らせば気が抜けたのか足からどっと力が抜けた。
すかさずシカクが自分の座っていたパイプ椅子を滑らせてくれる。
「心配かけて悪かったな・・」
眉尻を下げて、普段言わないような殊勝な言葉を漏らす息子に、ほんとよ、と苦笑した。
「他の隊員の方は?怪我はないの?」
今回は確か暗部での部隊で護衛任務だと聞いた。
襲われた際に仲間を無理な体勢で庇ったために受けた傷が頭部であったため、かなり心配したのだとヨシノが息をついた。
「他のやつらはたいした怪我じゃあないってよ」
まあ何よりだ、とシカクがヨシノの肩を叩いた。
「そう、良かった。うちの息子をこんな状態に追い込んでおいて誰か死んでいたりしたら承知しないわよ」
やっと生きた心地になったと起床したときのように手足を伸ばす。
「それで?あんたちゃんと検査受けたの?」
「あー受けた。問題ねぇってよ」
安心しろ、とシカマルが笑う。
「なら良いのよ。全くあんたは頭だけが取り得なんだから、馬鹿になったらナルちゃんに捨てられちゃうわよ」
冗談とわかる口調でからかうと、きょとんと目を見開かれ、ざわりと嫌な予感が胸を走った。
「・・何ちゃん・・?」
はあ?と冗談はやめてと言ってもシカマルは眉を寄せてわからない、と言う顔をした。
「まさか・・・ナルちゃんのこと・・」
そんなはずない、さっき検査で何も問題なかったと言ったではないか。
「おいおいシカマル、冗談はやめろって・・・」
背に冷や汗を流しつつ、息子と妻を交互に見やり、隣でどんどんと表情の険しくなっていくヨシノが怖くて声がうわずる。

「だから、その“ナルちゃん”て誰だよ?」


シカマルの言葉にヨシノの顔から表情が抜け落ち、その過程を隣ではっきり目にしてしまったシカクは顔から色が抜け落ちた。
両親の目まぐるしいとも言える表情の変化に、シカマルは首を傾げる。

なんだ?なんなんだ?
何故母は自分を睨み、父は哀れみの目を向けるのだ?
俺が一体何をしたと言うのか。
任務先で仲間を庇い、怪我を負ってしまったこと、ではないらしい。

――――――ナルちゃんに捨てられちゃうわよ

・・・これか?
ああ、きっと間違いない。
この名前が出てから両親の様子が急変した。

誰だ?
“捨てられる”と言う表現を使うにあたり、
・・・恋人、とか・・・?

―――まさか。
自分の考えた案に苦く笑う。
この面倒が何より嫌いな自分が誰かと付き合うなど考えられない。
それよりも、こんな面倒が嫌だと堂々と言い張る自分についてきてくれる者がいるとは思えない。

では、一体誰なのだろう。


“ナル”


お前は、




誰だ・・・?














モドル