俺に異常なしだとほざいた医者が告げたのは
一時的な記憶障害
どうやら俺はここ一年近くの記憶が
欠落してしまったらしい
忘れても<2>
「はあー・・・」
淡いグリーンの廊下に不機嫌そうな溜め息が響く。
「おい、10m先まで聞こえたぜ。お前の溜め息」
廊下に設置された長椅子にどっかりと腰を下ろし、眉間に皺を寄せたままの妻の肩を抱く。
「わざと聞かせてんのよ」
ぷうと頬を膨らます年でもあるまいが、ヨシノの不機嫌になる理由もわからないでもない。
医者の誤診も理由のひとつだが、
自分のお気に入りでもあり、そして息子の恋人でもあるナルトが不憫でならないのだと
昨夜はべろべろに酔いつぶれるまで聞いた。
「・・・今って、ナルちゃん里外任務なのよね・・・?」
「ああ、早くても二日後にしか戻らないってよ」
「じゃあナルちゃんが帰って来るまでに何としてでも記憶を取り戻してもらわなきゃ・・・」
たまたまナルトが里外に出ていたのは不幸中の幸いだった。
「だってきっとナルちゃんのことだもの・・・これを機にお別れを言い出すに決まってる・・」
目尻を紅くさせて涙を滲ますヨシノは、本当にナルトのことが好きなのだ。
上手い言葉が見つからず、黙って肩をぽんと叩く。
表では明るく子供特有の図々しさで人に歩み寄るナルトは、その実かなり気を遣う苦労人であった。
シカマルだけでなくヨシノにシカクと家族総出で大歓迎しても、迷惑がかかると言って滅多に家にも遊びに来ない。
まだシカマルの腰あたりまでしかない身長で、同世代の子供達と比べても明らかに小さく。
無理矢理肩車をしてやった時も、あまりの軽さに一瞬息を呑んだことを覚えている。
頭を撫でてやろうと手を伸ばすと小さく揺れる肩と強張った表情が忘れられない。
里人からの暴力もあの小さなからだでずっと受けて、任務では無傷で帰るくせに下忍任務の帰宅中には
かなりの確率でケガを負って帰って来る。
たとえ息子の恋人や親友の子供でなかったとしても、何かしてやりたいと思わせる子供だ。
約一年前にシカマルと付き合いだしたと聞いた時にはよくやったと今までで一番の称賛をシカマルに送った。
やっとひとに甘えることを覚え始めてきたと言うのに、
シカマルが自分のことをすっかり忘れてしまったと知ったらと考えると背中が冷える。
「まあもし間に合わなくても何とか上手く事情を話して待ってもらうからよ・・・」
だから心配するな、と薄く笑うと、ヨシノも微かに笑んだ。
が、
「何が間に合わないのですか?」
あるはずのない声に、ヒ、と喉で息が鳴った。
「ナ、ナル、ちゃんっ・・!?えっ・・えっ、今、里外任務なんじゃあ・・・」
狼狽するヨシノを不思議そうに見やり、完了したと告げる。
「あらかじめしっかり調査された上での殲滅でしたので早く終われました。
完了報告に参りましたら綱手様からシカマルが任務中にケガを負ったと伺いましたので・・・」
心配そうに眉を下げるナルトは確かにまだ緋月の姿で、軽装ながらもしっかりと忍具は装備していることから
帰って来たばかりなのだと納得する。
「あの、ナルトの姿ではこちらに入れて頂けなかったので・・・」
だから緋月の姿で来たのだと。
じいとナルトを見つめるヨシノに緋月の姿が気にいらないのかと勘違いしたナルトはそう言い訳した。
ヨシノはナルトの姿を好んでいるのを知っていたから。
「シカマルのお加減は・・・?」
2人の明らかに動揺している姿に一抹の不安を生じて詰め寄ると、どうする、と2人は視線を絡ませた。
「悪いのですか・・・?」
ゆらり、と蒼が泣きそうに揺れた。
「い、いや、悪くはねぇんだけどよ、ちょっと・・・何と言うか・・・」
歯切れの悪いシカクにことりと首を傾げる。
「あなた・・・」
「・・うぅ・・」
どう説明しようか思い悩む夫をどうサポートすれば良いのかわからなく、しかし自分も上手く言えない
気がしてヨシノも黙ってしまう。
そんな状態がどれほど続いたのか、
「あの、」
どうぞ、とナルトがいつの間に持って来たのか飲み物が汲まれた紙コップを差し出した。
「何があったかわかりませんが、待ちますから」
それ飲んで落ち着いてくださいと、湯気の立つ紙コップを受け取った。
思わず笑ってしまった。
どちらが大人なんだか、と。
「・・ナルトー・・」
「はい」
「俺はシカマルみたいに上手く言えねーけど、説明すっから」
まあ座ってくれやと傍にあった長椅子に勧められるまま座った。
モドル