任務が終わって鏡を見た
緩んだ自分の顔で、だんだんと
確信する
忘れても<5>
「お疲れ様です、今・・・大丈夫ですか?」
解部での缶詰が終わり二日の休みをもらっていたシカマルは、ああ、と読んでいた巻き物をしまった。
「あ・・・それ読み終わってからで良いですよ」
それ、とシカマルのしまった巻き物を指差してナルトが窓から申し訳無さそうな表情を見せる。
「いや、ちょうどキリの良いところだったから」
早く入れ、とナルトの背を押す。
本当のところ、そろそろ来るだろうかと思っていたのだ。
―――俺、はあなたにもう一度、好きになってもらいたいです
そう言われて既に二ヶ月ほどたっていた。
そしてその二ヶ月の間に、ナルトは宣言通りシカマルの空いた時間にたびたびやってきては他愛のない会話をしていた。
ナルトに関してその間にわかったことがいくつか。
かなりの気遣い屋であること。
やってくる日も時間も全てシカマルに都合の良いものばかり。
こちらから指定することはないのだが、ちゃんと事前に任務内容を調べているようで、
任務直後には絶対に来ない。
来るときも“ナルト”の姿ではなく緋月の姿なのは、この家に迷惑をかけないため。
いつも、ひとのために。
自分以外のために。
「変化、解けよ」
窓を閉め、カーテンを引いたのを確認してナルトの手を引く。
少し躊躇って、解、と小さく呟いて現れる金髪の子供に目を細める。
人工的な電灯の明かりでさえ、綺麗にはじく金髪に自然に笑みが漏れる。
触って、良いだろうか。
考えるより早く手が伸びていて、きらきら煌めく金髪に指を絡める。
ふわふわと跳ねていた髪は、見た目よりずっと柔らかくて、それなのにしっとりと指に馴染む感触は
髪さえも自分を受け入れてくれているような錯覚に陥る。
ナルトは嫌がらない。
確信犯だ。
こんな悪い大人をどうしてここまで好いてくれるのか。
「今日は任務ないのか?」
「・・・」
「・・・ナル?」
「え・・・?」
ぼんやりと自分を見つめたままのナルトに、からだの調子でも悪いのかと覗き込む。
「すみませ・・・任務、は・・・この後に3件ほど」
「単独任務か?」
こくりと小さく頷く子供に眉を寄せる。
この後、と言うことは暗部の任務。
こんな小さな子供にどれほど頼っているのかが知れる。
昼間にあれほど辛くあたる里人のために働く子供がいる、のだと。
里人達に言ってやりたい、見せてやりたい。
「俺も行く」
「え?いえ、大丈夫ですよ?」
余分な任務までさせられない、と必死で断る姿は小動物が困っているようで可愛らしいと思う。
そう、可愛いと思う。
ただ、それがどういう感情に分類されるのかをいまだに整理できない自分がいる。
可愛い、助けてやりたい、そんな感情は、この子供が自分に向けている感情よりも軽い気がして。
愛している、と言い切れるのか自信がなかった。
「いいって、手伝うくらい良いだろ。俺、お前のパートナーだろ?」
「・・・すみません」
ではありがたく、と頭を下げるナルトを引き寄せ膝を強請る。
先日、疲れきっていたときに膝を借りてからすっかりはまってしまった。
それにこういう交換条件を出さねばこの子供は自分を責めてしまうことを知っている。
「任務の時間になったら起こしてくれ」
缶詰だったのでここ二日寝ていないことは、もしかすると知っているかもしれないが黙っておく。
どうぞ、と差し出された柔らかな膝に遠慮なく甘え久々の睡眠を貪る。
甘やかな子供の匂いに包まれて、意識を深いところに落とすまで優しく髪を撫ぜられていた。
オレンジに染まり始めた部屋で、子供は自分の倍はある大人を膝に乗せ大事そうに頭を撫ぜる。
大事な、大事な恋人、だったひと。
今のシカマルにはこの一年に過ごした自分との記憶がない。
それでもやっぱり、愛しくて愛しくて仕方ない。
自分にしてあげられることならどんなことだってしてやれる。
死ねと言われれば喜んで首を切るのだろう。
「・・っ・・・」
太股辺りを何かが伝う感触に身じろいだ。
「・・・」
それが何かに気付いて小さく溜め息を漏らす。
幻術で隠し、匂い消しの香で気付かれなかったが、下忍任務が珍しく午前中で終わり繁華街で解散したため
帰宅中に里人達に囲まれてしまい負った傷が開いたらしい。
毒が塗ってあったのか、なかなか塞がらずにいた。
シカマルを起こさぬよう気をつけながら、幻術を解き包帯をまき直そうと手を伸ばす。
傍にあった温度が動いたことで、無意識なのだろう、放すものかとシカマルの腕が腰を抱いた。
その行動に口元が緩む。
(・・・いつまで、俺は、あなたの傍にいられるのでしょう・・・)
緩やかに寝乱れた髪を整えてやって、自分の髪を撫ぜる感触を思い出す。
(あの温度、いつまで、もらえるのでしょう・・・?)
以前なら撫ぜる手のひらにそのまま頬を寄せても良かった。
(いっそ・・・)
来るな触るなとはっきりした拒絶があれば、痛くても諦められるのに。
厚かましい行動を取っていることなど重々承知なのに。
手放せない自分が、情けない。
(・・・だって、)
「あったかい、んだも・・・」
膝の重みも腰に巻きつく温度も全てが愛しい。
無意識に自分を求める腕を、どうして剥がすことができると言うのだろう。
ぱたり。
「・・あ・・・」
思わず流れた涙が頬を伝って顎から落ちてシカマルの頬に当たった。
慌てて拭うが、その感触に落ちていたシカマルの意識が浮上する。
「・・・ん・・・」
「っ・・すみません・・!」
任務ぎりぎりまで寝かせてあげようと思っていたのに起こしてしまった。
「まだ、もう少し時間ありますから・・・」
「・・泣いてんのか・・・?」
潤んだ蒼に、胸の奥が疼いた。
「・・・目に、ごみが・・・」
稚拙な嘘は無視して指で落ちそうな涙を拭ってやる。
じいと見つめれば、小さくごめんなさい、と謝った。
その謝罪は何の“ごめんなさい”・・・?
起こしてごめんなさい?
嘘をついてごめんなさい?
傍にいて、ごめんなさい・・・?
そう、言われた気がした。
そう、言わせたのは、俺か・・・?
どくりと、心臓が大きく鳴った。
ナルトはそれから何も言わなかった。
何を言って良いのかわからなくなった、と言う方が正しい。
シカマルの好きなようにさせていた。
指で涙を拭われて、髪を撫ぜられて、そのまま抱きしめられても。
髪に口付けられて、耳を食まれ、頬に口付けられるまで。
「シ、カ・・・んっ・・?」
塞がれた唇に蒼が揺れた。
逃げる舌を追いかけ深く絡ませてやれば肩を押していた手のひらもずり落ちていく。
こんなときに自分の頭は相当病んでいるようで、どんどん整理がついていく。
その泣き顔も、潤んだ蒼も、
自分の名を呼ぶ声も、
全てが愛しいと思う。
これって、世間では
恋と呼び
愛しているのだと
言うんじゃねえの?
この子供の方の気持ちの方が大きいなんて、どうして思ったのか。
どうしてあんなに迷ってなどいたのだろう。
濡れた蒼を見てそんなの、間違いなのだと知った。
自分にもあった大きな感情に、驚いた。
思うまま貪って、子供に息をまともにさせないほど大人気なく。
ようやく気が済んで解放してやった頃には、真っ赤な頬で空気を飲み込む子供はさっきとは違った涙を滲ませていた。
「悪ぃ・・・」
さすがに良心が痛んで素直に謝る。
「・・なん、で・・・?」
息を整えながら、子供が問う。
その声には不安と少しの期待が混じっている。
「お前を、好きになったから?」
遠まわしな言い方はしない。
こいつは絶対、悪い方に考えてしまうだろうから。
妙な確信。
「きっと俺、何度忘れてもお前を好きになると思う」
記憶なんて必要ない。
その蒼に、髪に、心に、全てに
きっと惚れたのだろうから。
「俺のせいで泣いてるのなら、謝るから。殴ってもなじっても良いから・・・
俺になんて遠慮するな。何して欲しいか言え」
何だってしてやる、その言葉に蒼が見開く。
自分と同じ気持ちだと言うことが、嬉しくて、嬉しいのに涙腺が壊れたのか涙が止まらない。
「っ・・・ぁ・・・そば、に・・・いて・・・?」
もう手放せないのだと、きゅうと首に絡まる細く頼りない腕に笑みが漏れる。
「・・すきって・・・言って」
首まで紅い子供が愛しい。
「ああ、好きだ。泣かせてごめんな、愛してるよ」
いくらでも言ってやる。
望む以上に、嫌というほど。
*************余談*************
後日シカマルの記憶喪失を知ったイノがナルトを泣かせたことを知り
それはもう般若の形相で奈良家に乗り込み。
見事な踵落としを決め、その衝撃で記憶が戻ったとか戻らなかったとか笑。
モドル