忘れても-naruVer-<5>








ナルトが記憶を失って3週間目。
今日ものどかな一日が始まろうとしている。


「ナルちゃん、湯のみ出してくれる?」
「んっ」
ヨシノが振り向くとそこには既に盆に乗った人数分の湯のみが。
「あら、すごい!私のして欲しいことわかっちゃうのねぇ」
依然記憶は戻らぬものの、ひとの行動を先読みしてお手伝い。
それによる笑顔の供給。
それが今のナルトの楽しみのひとつになりつつある。

「シカマル、どうぞ」
「さんきゅ」
手渡される湯のみ。
差し出される笑顔、遠慮のない距離感。
ここ数日でナルトとシカマルの距離がぐっと縮まった。
互いに遠慮しあって、逆に遠くなっていた心。
今は当たり前のように傍にいることが、何よりシカマルは嬉しかった。

たとえ記憶がなくなったままでもいい。
こんなふうにずっと傍に、笑顔でいてくれるのなら。

(なんか、奥さんみてぇ…とか)
思ったりして。
かいがいしくシカマルの身の回りの世話をする姿に、頬が緩む。

「なんか新妻みてえだなぁ、シカマル」
したり顔で笑うシカクに腹は立つものの、今まさに似たようなことを自分も思っていたためにぐうの音も出ない。
「にいづま?」
知らない単語にナルトが反応する。
「そう、新妻。まだ結婚したばっかの、不慣れで初々しい感じの奥さんみたいだってことだ」
「ちょ、ヤメロくそ親父」
ことの成り行きを愉しそうに笑い説明するシカクを、シカマルが睨むがなんのその。
慣れた息子の殺気など、そよかぜのように受け流せる。
「おくさん?」
「ああ、俺にとっちゃ、母さんのことだな」
ヨシノと目を合わせにやりと笑うと、ナルトが大きな目を見開いて、じゃあ、と続ける。
「俺、ずっとシカマルといられる、ね?」

シカクの世話を焼いて、任務に送り出して、時には同じ任務に就いて、帰りを待って、夜は一緒に過ごす。
そんな奈良夫婦のような生活を、送っていける?

幸せそうに破顔するナルトに、シカマルは一瞬唖然とするも、すぐさまボっと火がついたように真っ赤に。
その珍しい姿に、ぶはっと飲んでいた茶を噴出し、シカクが腹を抱えて笑う。
思ってもみなかった嬉しい言葉で、本当に、嬉しくて。
口元を手のひらで押さえながら俯くシカマルを、不思議そうにナルトが見つめていると、
「嬉しすぎて言葉も出ないって」
ヨシノが笑いをこらえながらそう教えてくれた。

「はー…笑った笑った。さてと」
笑いすぎて滲んだ涙を拭い、シカクが席を立つ。
いつの間にか奥に引っ込んでいたヨシノがやってきて、忍具を手渡し、自分にも装着する。
「え?母さんも今日任務なのか?」
珍しく忍服のヨシノに、シカマルが問う。
「そうなのよ〜、今日から三日、留守にするからよろしくね」
「え?ちょ、」
ちょっと待て、とシカマルはヨシノの背を押し、ナルトから距離を取る。
そしてそっと耳打ち。
「ナルはどうすんだよ」
「今日あんた休みでしょ?」
「今日は良い、明日と明後日は普通に解部に行かなくちゃなんねーんだよ」
記憶も戻らないままなのに、この家に二日もナルトをひとりにする訳にはいかない。
何かしでかすなんて思っていない、ただシカマルが心配でならないのだ。
ひとりぼっちにしたくもない。
休みにしたいところだが、現在抱えている案件は急を要するものばかりで、なかなか難しい状況だ。
「あ、それなら綱手様に許可取っといたわよ。連れてって良いって」
「………」
解部は里の情報が集まる中心だ。
そんな中に部外者を入れるなど、普通は許可などおりない。
しれっと答えるヨシノに、すごいと言うか何と言うか。

「ヨシノママ、にんむ…?」
少し寂しそうに首を傾げるナルトの後ろで、俺もだぞぉと悲しそうにアピールするシカクの姿。
からかわれた手前、全く気付かれていないシカクにざまあみろと心の中で舌を出すと、
「そうだ。だから、今日は俺と家で過ごして、明日と明後日は一緒に解部へ行こうな?」
ナルトに視線を合わせしゃがみ、髪を撫ぜる。
「かいぶ?」
「そ、俺の仕事場だな。忙しすぎて困ってるんだ。手伝ってもらえるとすっごく助かるなあ」
「…!てつだう!たくさんてつだう!」
ぎゅっとシカマルに抱きついて嬉しそうに跳ねるナルトを抱きしめる。
そう言えば、記憶を無くしてからというもの、病院と奈良家から出ることはなかったことを思い出す。
今は5日に1度のペースで綱手の診断を受けているが、何の進展もないまま今日に至っていた。
記憶を無くしてから初めて行く場所が楽しみなのだろう。
いや、それよりもきっと。
自分が役に立てることに喜びを感じているのだろうか。

そうこうしているうちに、すっかり身支度を整えたヨシノが立ち上がる。
「じゃあ行ってくるわね。戸締りしっかりしといてね?」
「うん、俺ちゃんと戸締り、する」
「お願いね?何かあったらシカマルにちゃんと言うのよ?」
こくりと頷くナルトににっこり笑うと、シカクとヨシノは瞬身で消えた。

見送って、はたと気付く。
明日からは解部だが、今日一日はまるまるナルトと過ごすことができる。
そして両親ともいない。
普段なかなか二人きりになれないため、今回のようなことなど奇跡に近いと、シカマルは歓喜した。

「さあて、何して過ごそうか?」
普段あまり相手をしてやれていない自覚はある。
お前のしたいことしよう?と誘うと、ないと首を振って笑う。
「シカマルの傍にいれたら、それでいいんだ」

…何この可愛い子。
どうしよう、すごく抱きしめたい。
胸が締め付けられる感覚に、自分にもこんな気持ちになれる人間的な部分があったことに驚いた。
思ったとおり、ナルトを引き寄せ抱きしめると、小さなからだは自分の腕の中におとなしく身をおいて。

やわらかいからだ
太陽の匂い
頬をくすぐる細い金髪

どれもが可愛くて愛しい。
折れそうに細い首筋が目に入り、思わず唇を当てると、その感触にナルトの肩がびくりと跳ねた。
くすぐったさに身を捩るが、いかんせんシカマルの抱きしめる力の方が強い。
首を辿って耳へ行き着き、形を確かめるように舌でなぞると、小さく引き攣るような声が。
「っ…しか、まる…なに…?」
「んー…ちょっと、ナルト補充?」
「ほ…ほじゅう……」

足りないんだ。
全然足りてない。

そう耳に唇を当てたまま囁けば。
ぎゅう、と抱きしめ返される。
少し距離をあけて顔をのぞきこむと、小首をかしげて微笑む。
「俺も、シカマルほじゅうする」
何でもおんなじがいい、と肩に擦り寄る小さなからだ。
「…っ……」

やばい。
いちいち可愛い仕草に心臓が破裂しそう。

「シカマルの心臓、おと、すごい…」

ああそうであろうとも。

タイミング悪く、自分の胸に頬を置いていたナルトは、隠し切れない心臓の音を間近で聞いているはずだ。
……格好悪い。
のは重々承知な訳で。
でも良いのだ。
ナルトは、俺も、と心臓を合わせるようにくっついてくれて、笑うのだから。

片手でナルトのからだを支え、もう片方の手で柔らかな前髪をよけると現れたまあるい額。
誘われるようにひとつ口づけ。
顔のラインを辿るように蒼の瞳へ、頬へ、顎へ、最後に唇へ。
何度か触れて、ゆっくりと味わうように。
空気を取り込んだタイミングで舌を伸ばし、触れ合った舌がびくりと離れるが、そっと差し出されるそれ。
小さな口内。
「んっ…ん」
溢れる唾液を懸命に飲み込み、それでも溢れて顎を伝う。
記憶を失ってからも何度か口づけたが、一向に慣れない様子が可愛くて仕方ない。
苦し気に酸素を求め、蒼の対が潤んで深い深い蒼になる。
酸素不足からか、上がった体温からか、真っ赤な頬。
恍惚の表情で見上げられたら、また口づけてしまう。


―――ほんとキリがない

もらってももらっても足りなくて貪って、
食らい尽くしてしまいそうで怖くなる。

これ以上は、止まれなくなる。
何度かからだを繋げたことはあるが、記憶を無くしているナルトにとっては全てが初めてで。
7つも年下に手を出して、更に記憶の無いナルトに手を出すなんて、罪の上塗りだ。
怖がらせて嫌われたくはない。

紅潮した頬に口づけて、これでキリをつけよう、とからだを離す。
顎に伝った唾液を指のはらで拭い、上気した頬をひと撫でしてやれば、たっぷりと水分を含んだ双眸とかち合ってドキリとした。
「しか、まる…」
恍惚とした表情が、もっと、と言っているように見えるのは、自分の勝手な妄想なのか。
濡れた小さな唇が名を呼び、何か言いたげに開いて閉じる。
どうした?と問うても、ナルトは首を横に振ったきり、何も言わなかった。
まるで未練があるようにシカマルの服をぎゅうと握り締めたまま、なかなか離さないナルト。
困った表情が、苦し気に変化し、諦めたものになる。
怪我のこともある。
体調が悪いのなら知っておきたい。
「どうした?気分でも悪いか?」
言ってくれないとわからないんだ、と目線を合わせてたずねるが、何でもないと首を振った。
「そうか…?体調悪くなったらすぐに言えよ?な?」
優しさを込めて頭を撫ぜれば、いくぶん和らいだ表情を見せて笑ってくれた。
しかし依然と悩むような仕草を見せるナルトに心配は尽きないが、言いたくなれば言ってくれるだろう。
無理に聞き出す方がストレスになる可能性もある。
そう考え、シカマルは気分転換に散歩に誘えば、嬉しそうに着替えに行った。

散歩と言っても、奈良家の私有地内だ。
まだ街にはナルトの姿を見せたくないし、私有地と言えど鹿やその他の動物達もいる山まるまるひとつであるから、退屈はしないだろう。
実際、ナルトの方も不満はないようで、楽しそうに動物達と触れ合っている。
簡単な軽食を持って行き、適当に座り心地の良い草原にレジャーシートを敷いて昼食をとる。
ナルトを気にいったらしい動物達が、ナルトの後ろをついてくる様子は、親鳥の後ろをついて歩く雛のよう。
ずっとついてくる動物達に困った顔を見せながらも楽しそうにじゃれている。
朝に見せたような不安気な表情は見られず、ひとまずほっと胸を撫で下ろす。

暖かな日差しに、腹が満たったこともあり眠気がこみ上げる。
それはナルトも同じようで、眠た気にしきりに目をこすっていた。
「ちょっと昼寝するか?」
誘うが、ナルトは首を振った。
明らかな嘘で、きっとこの気を遣う子供は、自分を気遣っているのだと気付き、そしてそれに応えることは我侭だと思っている。
「俺も眠いの。少しだけ、寝よう?」
自分も同じだと伝えれば、ハの字であった眉は消え、広げた腕の中におとなしく埋まった。
薄手の上着を羽織っておいて良かったと、布団代わりに二人を包む。
防寒用の結界を張って、おやすみと言うと間もなく夢へ落ちたナルト。
シカマルはナルトを抱えなおして同じく瞼を閉じた。


(同じ夢に繋がればいいなあ…)



緩やかなで穏やかな時間

ずっとずっとこうやって続いたら良いのに


夢の中はせめて

この腕の中の小さな子が安堵して眠れる世界であった良い―――――




モドル