近頃自分にとっては、それはそれは穏やかな甘い日々が続いていたと思う。
ずっと想っていたひとと結ばれ、里人からの暴力も減ってはいないが増えてもいない。
仲間だと胸を張って言える友人たちもできた。
どこかで、安心を、していた。
不幸も続かないのならば、幸福だって永遠ではないのだと言うことを。
自分が忘れていた、だけのことだ。
嫉妬<1>
ほんの少しの歯車のズレを感じたのは、いつもの下忍任務の帰りのときだった。
別にその日に特別な何かがあった訳ではなかった。
いつも通り夜の任務をこなし明け方に帰り、少しばかりの睡眠をとって下忍用で着用する派手なオレンジのパーカーを羽織って。
集合時間の10分ほど前に着いて他のメンバーを待ち、失せ物探しをした。
夕方までには全て見つかり、担任とは現地で別れ、途中までイノとチョウジと帰っていた。
サーモンピンクに染まった空はしだいに深い焼けるような赤オレンジへ。
他愛もない世間話をしていた。
アスマの煙草の量が増えたとか、もっと忍らしい任務がしたいとか、そして最後におやつの話になるのは
大抵任務帰りが小腹の減る時間帯でありチョウジの食い意地からと言う理由でもある。
「あ、すぐそこにね、最近できたばっかの洋菓子店があるんだよ」
「知ってるー!お客さんがよくそこの袋持ってお店に来るもの。美味しいんだって評判よー」
食にこだわりのあるチョウジと、やはり甘いものには弱いのかイノは既に知っていたようだ。
甘いものは好きだが、任務続きであるナルトはそういう任務と関係のない情報はあまり入れないのできょとんと2人を見つめた。
「なになにー?そこ何が美味しいんだってば?」
もしあまり甘くないのであれば、シカマルに差し入れをするのも良いかもしれない。
今日は確か解部に缶詰だと言っていたから。
「えっとね、あそこはマカロンが一番種類が豊富で美味しかったよ」
「チョウジはもう食べたんだってば?」
「勿論だよ、近所のお店はちゃんとチェック入れてるし、チラシも入ってたしね」
さすがと言うか彼らしいと言うか、イノと顔を見合わせてこっそり苦笑した。
「で、そのまかろんてどんなもんなんだってば??」
初めて耳にする単語にコトリと首を傾げるナルトに、イノが人差し指と親指をくっつけて輪を作った。
「こんなくらいのメレンゲ菓子よ。クリームが挟んであるのー」
「・・・それって、甘い?」
ナルトの問いにまだその店に行っていないイノはうーんと唸る。
「あんまり甘くないのもあるよ、和風なものとか出てたし。シカマルでも食べれるのあるよ」
チョウジはにっこり笑って、逆にナルトはざあっと血の気が引いた。
そんなに顔に出ていたのだろうか?
「べっべつに・・!」
「バレバレなのよー、そもそもあんた甘いの大好きなくせに糖度を気にするなんて察してくれって
言ってるようなもんよー?」
びし、と鼻先に指を突きつけられナルトは顔を真っ赤に染めた。
そのあまりの顔の紅さは多少の罪悪感が芽生えるほど。
「私も食べてみたいし今から行ってみましょうよー、このイノ様が見繕ってあげるから!」
感謝しなさいー、とそのまま腕を引かれ店に連行される。
まだまだ忍としては未熟なところが否めないが、この2人の洞察力や仲間思いなところは高い評価をしている。
言葉はきついことがあっても、それはいつだって真っ直ぐで嘘のないもので。
その根底は優しさでできていることを、ナルトは知っていた。
開店したばかりのその洋菓子店はファンシー色が強く、やはり客は女性ばかりであった。
こういうとき自分が子供で良かったとほっとする。
店内でも食べられるらしく、奥には洒落たテラスが見えた。
白とピンクを基調とした店内に、ひとつひとつラッピングされた菓子がきらきらと灯りを反射していた。
追い出されたらどうしようと店になかなか入らないナルトの腕を無理矢理引いてイノがレジ横の
ショーケェスの前に立たせた。
中にはさきほどイノが指で作った輪と同じくらいのサイズの菓子がずらりと並んでいた。
菓子とは思えぬビビッドな色彩から赴き深いほどの控えめなものまで。
可愛らしい丸い菓子にナルトは蒼をきらきらと瞬かせた。
「きれいだってば・・・」
「ねー、全部食べてみたいけどー」
イノの溜め息にうんと頷く。
金銭的な問題ではなく、ゆうに30ほどはありそうな数が問題なのだ。
チョウジは何の問題もないが、イノだってもう少しすれば夕飯だろうし自分も2,3個あれば
満足してしまう気がする。
「あーんもー決められないわー!!先にシカマル用選びましょ!!」
どれも食べたい、と叫ぶイノに苦笑してショーケェスを一緒に覗き込む。
「どれが良いかなぁ・・」
「なんかじじくさ・・じゃなくて、渋いもん選べば大丈夫よー」
まあシカマルも溺愛しているナルトからもらえるなら何だって喜んでもらうのだろうとイノが笑う。
「抹茶とー、桜とー、あ、柚子とかどう?色的にも並ぶときれいだし、ちっさい箱に
入れてもらったら可愛いわよー」
ほらあんな感じ、とレジにあるサンプルを指差した。
可愛いのをシカマルが喜ぶとは思わないが、見た目とこのくらいの量ならば喜んでもらえるだろうとナルトは頷いた。
「サンキュー、イノ!」
リボンまでかけてもらえてナルトは喜んでくれるだろうかと浮き足立つ。
結局自分たちの分は決められなくて、店員のオススメに任せることとなった。
(夜の任務帰りに寄ってみましょう)
きゅうと宝物のように胸に抱いて思いを馳せる。
そんなナルトに笑って、さあ行くわよーと背を押しながら3人は出口に向かった。
「え・・・」
それは唐突に、視界に入って。
店を出ようとした瞬間、視界の端で確かに彼を捕らえたのだ。
(そんなはず、ない)
だって、今日は解部に缶詰だと言っていた。
まずひとりでこんな店に入るようなことはない。
(ひと、り・・?)
ひとりだったか?
今さっき見た彼は本当にひとりだったか?
凍らされたかのように足が動かない。
瞬きさえも忘れていた。
振り向けば確認できる。
冷たい何かが、背を走った。
先に外に出たイノ達が、まだ来ない自分を振り返った。
カランと入り口の鈴が鳴って扉が閉まった。
「・・っ・・・」
扉は淵意外はガラスでできており、賑やかな店内を映し出した。
店の奥、ギフト用だろうか、大きめの箱に入れられた菓子のところに。
確かに自分のよく知る人物が、いた。
隣には彼より頭ひとつ低い女性が寄り添うように立っていた。
母であるヨシノでは、なかった。
どくりと心臓が跳ねた。
何か重たいもので胸を圧迫されているよう。
(な、んで・・?任務、は・・・)
シカマルはナルトに気付かない。
まさか同じ店内にいるとは思っていないのだろう。
広い店内の奥で、彼は隣の女性と何か話しているようだった。
(い・・行かなきゃ・・店を出なきゃ・・・)
思わず唇を読みようになって、いけないと首を振った。
入り口の扉に指を引っ掛けると、昼間の太陽で暖められた風が頬を撫でた。
最後に目にした扉に映ったのは、シカマルの腕に己のそれを絡ませる女性の姿だった。
モドル