嫉妬<3>







チチチと鳥の鳴き声が聞こえた。
開け放された窓の格子から眩い朝日が差し込んだ。
「・・・」
トンと解読し終えた書類を机で揃えて、ナルトは小さく息をついた。
「緋月さん・・・」
肩を落とすナルトにハヤテは苦く笑った。
「きっと綱手様に捕まってるんですよ、よく仕事を返しに行ったのに倍戻って来ることありますから」
「そう、ですね・・・」
自分だって同じようなものだし、と無理矢理納得させる。

結局シカマルは戻って来なかった。
書類を戻しに行っただけなのに、もう6時間はたっている。
その間ナルトは与えられた仕事を終え、もうすぐ戻るだろうかと言う甘い期待を胸にハヤテの分は勿論、
シカマルの机に溜まっていた仕事も片付けてしまっていた。

ハヤテに悩みを打ち明けたことで幾分気が楽にはなったが、シカマルがいない時間がたつにつれて
再び気分が落ちていた。
その様子にハヤテがナルトの今は黒く染められた髪を撫ぜて、
「お疲れ様でした、何か淹れますね。甘いもの好きでしょう?ココアくらいならありますよ?」
にこりと笑うハヤテにつられてナルトも笑った。
「手伝います」
他の部員達はいまだ作業中、足音を消して給湯室へと向かった。

ひやりとした湿気を含んだ朝の空気がからだを包んだ。
寂しい心に隙間風のように入り込む風は、より一層ぽかりとした空虚感を与えた。
冷えた指先をハヤテに淹れてもらったココアであたためる。
「本当に助かりました、お陰で今日は家に帰れます」
「え・・・と、お役に立てて良かったです」
こういう率直な感謝を与えられることに慣れていないナルトは不慣れに笑って俯いた。

昼は難しくはないが肉体労働の厳しい下忍任務、夜は生死の狭間に身を置く過酷な暗部の任務、
プライベートな時間も殆どない、まだ自分より頭2つ分は低い小さなからだの、まだ子供。
辛く厳しい里の中で、しかしこの里はこの小さな子供に守られているのだ。
当たり前の日常は、この子の犠牲の上にあるのだと知った時の血が沸騰するかと思うほどの激情を思い出す。
暗部姿のナルトを見たときの背筋が震えるほどの感銘は今でも忘れない。
こんな持て余すほどの感情を自分が持ち得ていたとは思わず、ハヤテは笑った。
「ねぇ、ナルト君」
本名を呼ばれてはっと顔を上げるナルトに大丈夫だと笑う。
いつ間にか貼られた防音効果のある結界。
「辛くなってどうにもならなくなったら僕のところに来てください」
里人からの迫害で辛くなったら、
理不尽な誤解で泣きたくなったら、
たとえば儚く想いが、はぜてしまったら。

卑怯だろうか?
こんな予防線を張るなんて。
それでも、やっと得られたたったひとつの拠り所を失ってあなたが泣くくらいなら、
自分が傍で慰めるくらい良いのではないか?
「ココアくらいなら、淹れられますから」
笑うと、彷徨っていた視線は僅かに潤んで俯いた。
小さくありがとうと、聞こえたから嬉しくてまた笑った。


ガチャリ、と施錠音が響いた。
「あ、ようやっと帰って来たみたいなんですね」
言い終わるが早いか、ハヤテが結界を解いた。
「待った甲斐がありましたね」
良かったですねと微笑まれてナルトは俯いた。
ハヤテは自分がシカマルを想っているのを知っていてなお優しくしてくれて、
それをただ甘受するしかできないナルトは申し訳なくて何も言えなくなった。
「あなたが僕を気遣う必要はないんですね」
ぽんぽんと軽く頭を撫ぜられ、顔を上げると少し困った顔の彼がいた。
「あなたを好きだって思うだけで、僕は結構幸せなんですよ」
それがたとえ報われぬ想いだとしても。
「だからそんな顔しないでください」
「・・・はぃ・・」
消え入りそうな声さえ愛しいなと、心から思う。

「ほら、出迎えに行きましょう?」
給湯室で休んでいたため、出迎えようとドアの方へ向かう。
数日会っていなかっただけなのに懐かしいとも思える気配に心臓が跳ねた。
きっと顔を見たら安心できると、思う。
「黒づ・・」
呼びかけた名を引っ込めて進めていた足を止める。
ちょうど解部の長に成り行きを説明していたところだった。
「あ・・」
隣には、昨日一緒に見かけた女性。
心臓が不定期に鳴り続けた。
「お前ら、えらく遅かったけど2人で何やってたんだ?」
冗談だとわかる口調で解部長がにやにやと顔を緩めた。
「もう〜そんな野暮なこと聞かないでくださいよぉ」
まだ若いのだろう女性のまだあどけなさの残る媚びた声が響いた。
「冗談はやめてください、お前も煽るようなことを言うな。火影室に行ったらちょうど策謀部や暗部やらの書類が
まわってきたんで俺がチェックする羽目になったんですよ」
本来なら綱手自身の仕事なのだが、自身の仕事も机に山積みされており縋られてしまったのだ。
「ああ〜、“俺が”なんてひどい、私もお手伝いしたじゃないですかぁ」
「・・確かにうっすい茶は淹れてもらったが後は隣で寝てたお前は何を手伝ってくれたんだ?」
「お茶汲みも立派なお仕事ですぅ」
唇を尖らせてぷいとそっぽを向く女性にシカマルは息をついた。
本当に1人で仕事をこなしたのだろう、表情には疲れが見える。
「ははは、そうだな、お茶汲みも立派な任務だ!しかしほんとお前ら夫婦漫才だな、
いっそそのままくっつけば良いのにな!」
「ですよね?もっと言ってください〜」
豪快に笑う解部長にシカマルはおおいに顔を顰め不満な表情を見せたが、

後ろにいたナルトには見えなかった。

ハヤテにより浮上していた気持ちは一瞬で掻き消され、泣くどころか全くの無表情になって行く様を
横で目の当たりにしていたハヤテは背筋が凍った。
ひとがせっかくなだめ倒して持ち直させたと言うのに、一瞬で苦労を無駄にした解部長と隣にいる女性に殺意さえ覚える。
「・・帰ります」
ひとこと零れ落ちた声は温度のないもので、待ってと腕を取る前に瞬身でナルトは行ってしまった。

「っ・・ああもう!!」
最悪だ、と普段は大人しく子供っぽい演技で自分の印象を定着させていたハヤテはあっさりその仮面を脱ぎ捨てた。
突然響いた憤怒の声に解部長達が振り向いた。
「追いかけてください!!!」
「は・・?何を、」
びっとナルトが消えた方向を指差して、主語を抜かして怒鳴るハヤテにシカマルは問う。
「・・っ・・今さっきまで緋月さんが来てました!今の話聞いて行ってしまいました!!」
ハヤテの言葉を瞬時に理解したシカマルは血相を変える。
「あなたの分は彼が全部やってくれましたから、仕事は良いからさっさと追いかけなさい!!!」
「・・っ・・」
わかったと気配を巡らし瞬身で消えたシカマルに安堵の息が漏れて、お人好しをしてしまった自分にもう苦笑さえ沸かない。
「な・・なんなのぅ・・・」
甘ったるい声で事態についていけない女性はおそるおそるハヤテを覗き込む。
いつも明るくかわいらしい印象であった彼がこんなに怒鳴るところを見たことがなく戸惑ったのは解部長も同じだ。
「長」
「!お、おう・・」
ギ、と見据えられ2まわりは年の違う青年にたじろいだ。
「こちら終えたので最終チェックおねがいします」
「わ、わかった・・」
どこからか沸いて出てくる威圧感に気圧されて大人しく山のような書類をどさりと手渡される。
嫌な予感がしてそろりと逃げようとしていた女性の肩をがしりと掴む。
「どこに行く気ですか」
「ひぇっ・・えっと、だってもう私のお仕事やってくれたんですよね?だから私帰りますぅ・・」
「何を言ってるんですか。あなたの分はちゃんと残してあります。火影室でしっかりと睡眠を取ったようですから
キリキリ働いてもらわないと」
「ええ〜、黒月さんだけずるい〜!!」
「解部全員が不眠で頑張っていたと言うのに、1人睡眠を貪っていたあなたはずるくないんですか・・?」
じとりと睨めばバツの悪そうな表情で渋々と自席に戻って行った。

「上手くやれなければ、僕が攫ってしまいますからね・・・」
呟いて、シカマルが消えた方を見やって肩を竦めた。























モドル