たぶん今俺は、

今まで生きて来た中で一番真剣に


走っている





嫉妬<4>








思い出せば今日はとことんついていなかった。

毎日減らない仕事量にうんざりしていたところへやってきた新人育成。
別に自分でなくても良いのに任された新人育成は、解部全員が断ってたまたま自分が最後だったと言う不幸だ。
仕事量が半端なく地味な作業であることから、毎年新人はどの部より少ないため
貴重であることはわかっている、仕方ないのだと納得させて。

しかしシカマルを憂鬱にさせたのは新人育成と言う仕事ではなく。
(やばい・・)
入ってきた瞬間に香り立つ香水か。
目元までキラキラと輝く派手な化粧か。
まだまだ幼い思考か。
3倍速で聞きたいほどのとろい口調か。

(・・・全部)
無理だ、生理的に無理だ、こういうタイプは疲れるだけだ。
それは珍しく無表情を崩してしまうほど。
なのに何故か相手は自分を慕って来る。
どこに行くにもついて来る。
自分では考えず全てを聞いて来る→シカマル個人の仕事が一向に減らない→暗部の任務につけない
→ナルトに会えない→イライラする→仕事が捗らない。

なんて悪循環。

溜め息ばかりの毎日のところへ、じゃんけんで負けて夜食を買いに行くことになって。
正直面倒なことは嫌いだが、このときばかりはやっと自分ひとりの時間が持てると解放された気持ちでいたのに。
結局新人は自分について来て。

帰って来て解読の作業、ある程度の量が溜まったので全員分の解読書を抱えて火影室へと向かったときにも
シカマルの抱える書類は無視してただ彼女はついて来た。
少しくらい持て、と嗜めてもかよわいだの女の子なのにと屁理屈を並べて、言い合う間に目的地に着いてしまった。
一体何しについて来たのか。
おそらく、結構な確率であの締め切り前の緊迫した部室にいたくなかったというだけの話だと思う。
つまりはさぼりたいだけの我侭。
そして綱手の怠惰による仕事の増加。
更に加えて、暗部・策謀・戦略・医療部からの書類確認を頼まれて。
新人部員はぬるく薄い茶を淹れただけで隣に座ったと思ったら5分もたたない内に眠り込んでしまった。

「・・・一応あたしゃ火影なんだが・・」
よく自分を目の前にして眠りこけられるものだと綱手が感心さえする。
起こそうかとも思ったが、さすがに夜中で眠いのもわかる、起こしたところで寝ぼけて作業されるくらいならと放っておいた。
シカマルは既に呆れて注意する気も起きなかった。
「最近の若いコってのは皆こんな感じなのかい・・・?」
「こいつは特別マイペース過ぎるんですよ、滅多に来ない女子部員だからって解部の奴らも甘やかし過ぎやがって・・」
いくら注意しても怒っても暖簾に腕押し、シカマルは深い溜め息をついた。
「ナルトなんてまだ13歳なのにこいつの100倍は頑張ってるっての」

睡眠も食事もプライベートも削って働いている。
休めと言ってもずっと走っている。
あの金髪はいつも何かに追い立てられるように生きている。
自由な時間ができても使い方がわからないのかもしれない、不器用な子供。

「まあね・・あのコは本当によくやってくれているよ・・・」
少し切ない気持ちで綱手は頷いた。
「今日はあいつどうしてる・・?」
ここ数日顔を合わせていない。
「暗部の方で3件行ってもらって・・・お前たち何かあったか?」
「は?いや、別に・・・」
じっとシカマルの表情を見つめ、どこか自信のなさそうな綱手に首を捻る。
「そうか、なら良いんだ。なんかね、今日様子が変だったからさ」
「体調でも・・?」
「いや、体調と言うか・・なんかぼんやりしてたと言うか・・ってあんた会ってないのかい?
つい今しがた解部に使いを頼んだんだが・・・」
「はあ!?知らねぇし・・」
行き違ったなんて最悪だ。
早く終わらせてナルトのところへ戻りたいが、目の前の書類の山が許さないと立ち開かる。

結局終わったのは6時間もたってから。
外はとうに明るくなっていた。
恨みがましい視線を向けてもちょうど自分の仕事を終わらせた綱手は目の前で倒れるように夢の中。
(もう帰っただろうな・・・)
重い溜め息を吐いて確認し終えた書類を整える。
だるいからだを引きずってソファから立ち上がり関節を伸ばしていると、ようやく新人部員が目を覚ました。
気持ち良さそうに伸びをする彼女に眉を顰め、無視して火影室を出ると、待ってくださいよぉと
暢気な声が後ろから追いかけて来る。
誰か助けてくれ、と心の中だけで呟いた。

解部へ戻って長に臨時の仕事についての事後報告、ただでさえ眠くて気が立つのに長は何かにつけて
この新人部員とのことをからかってくる。
(マジで帰りてぇ・・・)

あの金髪の子供に無性に会いたい。
やわらかなからだを貪って、甘やかな匂いに抱きすくめられて眠ってしまいたい。

ふと、見知った気配を一瞬感じた。
今の今まで想っていた人物の・・・。
振り返って見ると、そこには金髪の子供の姿はなく、代わりに意外な人物が凄い剣幕でこちらへ向かって来る。
いつもはにこにこと微笑み周りを和ませる人物が、今は怒りを滲ませて。
「追いかけてください!!!」
「は・・?何を、」
びっと後方を指差して、主語を抜かして怒鳴る静にシカマルが問う。
「・・っ・・今さっきまで緋月さんが来てました!今の話聞いて行ってしまいました!!」
静の言葉を瞬時に理解したシカマルは血相を変える。
さっき感じた気配はやはり自分の求めていた者だった。
「あなたの分は彼が全部やってくれましたから、仕事は良いからさっさと追いかけなさい!!!」
「・・っ・・」
わかったと気配を巡らし瞬身でその場を去った。

そして冒頭へ至る。
(本当に最悪だ・・・)
あのタイミングで姿を消したと言うことは、きっと長との会話を聞いたのだろう。
早く誤解を解かなければと速度を速めた。
空間移動を使ったのか、ナルトの気配は死の森深くの本宅にあった。

通り慣れたトラップだらけの森を抜けて、木々の間から一際陽光の差し込んだところに出る。
息を整えながら求める気配を手繰ると、どうやら自室にいるようだ。

いつも穏やかな気配は、今はちらちらと揺れて不安定で。
泣いているのかもしれない。
泣かせているのは、自分だ。
ぎゅうと手のひらを握り締め、歩みを進める。
心臓が早鐘を打っている。
Sランクの任務でさえこんな緊張しないのに。
辿り着いた部屋のノブに手をかけ名を呼んでみるが、返事はなかった。
「・・・入るぞ?ナル・・・っ」
ばふ、と言う痛くはないが思いがけない衝撃に目を瞬く。
ぽふんと足元に落ちたのはいつもベッドに置いてあるクッション。
ふかふかしたものが好きなのか、ナルトはよくクッションを買って来る。
乗じてナルトが喜べば良いと自分も買うようになって、ベッドでは収まりきらないほどの数になっていた
その内のひとつ。
「ナル・・ぶはっ」
「・・っ・・も、もう知らない・・!も、やだ・・・」
近付くほど次々と放られるクッションを顔面で受け、最後の一個を胸に抱きしめる子供まで辿り着いた。
そのクッションがシカマルが買い与えた物であることにこの金髪は気付いているのだろうか?
よく見れば顔はでぐちゃぐちゃで、珍しく激しい感情を見せる金髪に驚きは隠せない。

「も、いーからっ・・来ないで、・・さぃ・・」
ぼろぼろと泣き崩れ、抱えるクッションに顔を埋める。
今急にじゃない。
積もり積もった我慢が心の底から溢れ出して止まらない。
たとえこんな自分に呆れてシカマルが離れて行ったとしても。
仕方ないと簡単に割り切ることはできないが言わずにいられない。
この溢れる冷たいくせにどろりとした暗い感情はなんなのだろう。
しんと静まり返った部屋に、もう行ってしまったかと顔をあげようとしてそれは叶わなかった。
抱きしめ、られている。
「い、いやっ・・放せっ」
「悪い、それはできない」
ばたばたと暴れる手足を容易く拘束し、痛々しい姿になけなしの良心がちくちくと痛んでも、
久々に自分の腕に閉じ込めた愛しい存在に詰めていた気が緩む。
「久々なんだ、そう易々と手放せるか」
この肺がお前の匂いで満たされるまで待ってくれ。
耳元でそう告げれば、しだいに抵抗が薄れて行く。
ようやっとおとなしくなったナルトを抱きかかえ、自分の膝に乗せて頬に手のひらを当て上向かせる。
真っ赤に充血した蒼は蕩けそうに揺れて、泣いたせいなのか頬は真っ赤だ。
一瞬、情事の最中を思い出した自分は最低か?と自問する。

「さっきまで、解部にいたんだってな・・俺の分やってくれたんだろ?ありがとうな」
「い、いっぱい、待ちました・・!シカ、帰って、来なかった・・」
嗚咽混じりに懸命に喋る姿は愛らしい、反省よりも先に欲望に負けて抱きしめたくなる。
いつもは大人のように振舞う金髪は、今は実年齢よりも幼くさえ見える。
「悪かった、綱手に捕まっちまってよ」
「きの、う、お店で女のひと、腕組んでた・・!さっき、一緒、いたひと・・!」
上手く喋れないナルトの背をさすってやり、話の内容に眉を顰めた。
まさか昨日のあのくだりを見られていたとは・・最悪だ。
絡めれた腕はすぐに振り払ったが、よりにもよってこの子供に見られたのは最悪としか言いようがない。
小さな握力で抱きしめるシカマルの胸を押すと不安気な蒼をかち合った。

「も、おれ、いらない・・・?」
既に捨てられた子犬のような表情で見つめる子供の色香は凄まじい。
(・・へたれた耳が見える・・・)
そんな俺はとっくに悪い病気にかかっていて、だからごめんと謝るよりも先に
子供の肌へと手を這わせてしまうんだと思う。
「不安にさせて悪かったな。昨日お前が見た女は今年の解部の新人だ。
やたらスキンシップの多いやつなだけなんだ、気にすんな・・?」
じいと涙で滲ませた蒼で見上げるナルトの髪を壊れ物を扱うように優しく撫ぜてやる。
「俺はお前しかいらないっての」
お前がもし死んでしまったら考えることも躊躇うことなく首を掻っ切ると断言できる。
「お、れ・・・いる?」
「要る。お前いなかったら駄目なんだ、知ってるだろ・・・?」
必要?そう首を傾げる金髪の頬を食んで笑う。
つられてナルトもようやく笑った。
それを見てシカマルもほっと息をつく。
いつもは見れない子供らしい一面を見れて嬉しい気持ちもあるが、やっぱり笑ってくれた方が良い。

「・・今日は下忍任務ないのか?」
自分の胸に顔を埋める子供に問うと、子供はとろりと下がった蒼を持ち上げふるふると首を振った。
「詫びも兼ねて今日はお前のしたいことしよう、どうしたい?」
「・・寝たぃ・・です・・・」
泣くのは結構体力を消耗するらしい、安心したこともあってナルトの意識は既に夢に踏み込んでいる。
それにくすりと笑って抱えたままベッドに横になる。
「じゃあ今日は昼まで一緒に寝るか」
「・・ん・・」
頬に残る涙の痕を指で拭って自分の腕を枕代わりに下に引いてやる。
自分も疲れが溜まっていたのか、しだいに瞼が下がって行く。
「しか・・・」
小さな声、夢の中の譫言かもしれない。
呼ばれた名に重い瞼を片方だけ持ち上げる。
「すきぃ・・・」
へにゃりと笑った。
「――――――――」
爪先から髪の先まで流れた電流に自分でも驚くほどすっきりと目が醒めた。
じわりと内側から滲み出す情欲、しかしこの状態のナルトを襲う訳にも行かず。
「・・くそ・・・」

仕方ねーな、と溜め息ひとつ。

起きるまでずっとお前の寝顔でも見ててやろう。





















モドル