それは飴のように甘い<1>








本当に、その日はどうかしていたんだ。
朝から何もない道端で転んだし、確認したはずの書類は間違っていたし、急な任務が入ったらしくナルトにも会えなかった。
「お前、顔が紅いぞ?」
ぼんやりする思考をゆらりと捉え、声のした方向に首を折ると綱手が訝し気にこちらを見ていた。
まばたきするのも面倒で、近付いて自分の額に手を当てる綱手をただじいと見ていた。
息が熱い。

「少し熱っぽいな・・?風邪が流行っているからな、誰からかもらってしまったんだろう」
今日は暗部は休め、と言われた言葉はどこか遠くで聞こえるようだ。
忍のくせに自己管理がなっていないと背中で説教を受けながら退室。
ひらりと窓から跳躍すると、綱手が怒鳴った気がした。


もう月が高らかに昇っていて。
晴れた雲から覗く月は、自分の愛する子供を思い出させて、シカマルは知らないうちに口端を上げた。
任務が終わればきっと優しい彼は自分の元へ訪ねてくれるのだろう。
心配そうに眉をハの字にしながら甲斐甲斐しく世話をやいて存分に甘やかすのだろう。
くつりと笑って実家ではなく私用のラボのある森へと入って行く。
熱で少々思考が揺らぐが、一件急ぎで頼まれていた仕事を思い出したのだ。
暗部での任務で奪還した巻き物のひとつで、厳重に術がかけられていたもの。
シカマルでさえ4日かかってしまった。
最後のプロテクトを解除してしまえば終わるはずだった。
その最後の鍵を解くために今日色々と調べていたのだ。

セラミックのテーブルに巻き物を広げ、何十もの印を組みかえて行くと巻き物は淡く発光し始める。
(当たりだな・・)
いくつか印の案は用意していたが、一つ目で当たったようだ。
最後の印を組むと、巻き物の中心からラボ全体を覆ってしまえるほどの煙が出現し、周りを白く染め上げた。
「っぷはっ・・!!」
息苦しい気体に酸素を求めドアまで走り寄ったが、急に走ったせいで上がった熱によって足がもつれ床に倒れこんでしまった。
(なんだ・・この、まき、も・・・の・・)
意識を引きずり出されるような感覚に吐き気を催した。
力の入らぬからだに舌打ち、しかし気持ち良いとも言えるほどに襲われた眠気に、

シカマルは意識を手放した。





空が白み始めた頃、死の森を駆ける小柄な影がひとつ。
きらきらと金髪が光を弾く。
つい今しがたまで暗部の任についていたナルトは綱手からシカマルの調子が悪いと聞いて全力で走っていた。
木の枝からふっと降り立ち、シカマルの気配を探るとラボの方へ走った。
思ったよりも小さな気配に嫌な胸騒ぎを覚える。

「シカ・・!」
「なに?」
呼びかけた名に振り向いた人物に、ナルトは固まった。
「え・・・?」
袖のやたら長い黒いシャツのみ羽織り振り向いた彼は、とても、自分の想うひとに似ていた。
小さな、子供。
「シカ、マルは・・・?」
ナルトの視線は脱ぎ捨てられたかのように見える床に散らばった衣類にいった。
シカマルは確かに面倒を嫌うが、だらしない訳ではなかった。
こんな無作為に服を放るような真似はしない。
「あんただれ?」
「―――・・・」
きょとんと自分を見つめた子供は、シカマルの声に少し似ていた。
「まさか」
はは、と乾いた笑みが漏れる。
それは自分の予想を確定するもののようにも思えた。
「あなたの、お名前は・・」

「おれ?おれ、シカマル。奈良シカマル」


きっぱりはっきりと、子供は言った。










モドル