それは飴のように甘い<3>








「だれ?このおばさん」

ピシーン・・
発せられた声にその場の温度が一気に下降した。

「シカマルっひとを指差しちゃいけません!」
めっと目線を合わせてナルトが子供を嗜めた。
「・・・ナルトくん、ナルトくん、怒るのはそこじゃないです」
こっそり耳打ちするシズネの声は、忍の耳には聞こえすぎるほどで、子供の指先に佇んでいた綱手は眉の皺を深くした。
ピキピキと何かが切れそうな音がどこからか聞こえる気がして、ナルトは子供の小さな口を手のひらで塞いだ。


「そいつがシカマルだってのは本当みたいだね・・」
はあ、と大きな溜め息ひとつでなんとか怒りを抑えてくれた火影にナルトは心を込めて頭を下げる。
「その不躾さが今も変わってないよ」
ナルトに抱えられながら子供は興味が失せたのか窓の外の雲を目で追いかけた。
「はあ、すみません・・」
「あんたに謝られてもねぇ・・・」

何度目かわからない溜め息を綱手がついたとき、コンコンとノック音。
入れ、と許しを投げれば、ナルトもよく見知った顔ぶれが入って来た。
「お呼びで・・」
ざ、と膝をつき頭を垂れる2人は、顔を上げておや、と眉を上げた。
「あら、ナルちゃん・・・え・・?」
こんなところで会うとは珍しい、とシカマルの母であるヨシノが不思議そうに笑い、ナルトの抱える子供を凝視した。
「んな・・?」
隣に立ったシカクも、妻の視線の先に目をやって固まる。
苦笑してナルトは火影室の中を防音も兼ねた結界を張る。
ナルトの首にしがみつくのはやめずに子供はヨシノ達を仰ぎ見ると、
「あ、かーちゃん」
なんでここにいるのだときょとんと首を傾げる黒髪の子供。
「シ、シカマル・・?」
ひどく覚えのある子供の顔に、ヨシノはもっとよく見ようと顔を近づけ、そして他人の空似ではないことを知る。
「かーちゃん、なんか皺がふぇあ・・」
言い終える前にぎゅうと頬を容赦なく引っ張り、順応性の高いヨシノは半目でシカマルを睨みつけると、
一体何が起きたのとナルトに説明を求めた。
「えっと、それが・・」


「はあ、嘘みたいな術だなぁ」
まじまじと息子の顔を覗き込み、今はもうないまろい頬をつつくシカクにヨシノも頷く。
簡単な説明をして、ナルトはシカマルを小さくしてしまった元凶である巻き物を綱手に渡した。
「念のため何重か結界を張って調べましたところ、シカマルにかけられた術はダミーのようです。
引っかかると今のシカマルのように子供の姿に変えられます。結界を張ったまま正解の印を組めば・・」
片手で幾重かの印を組めば、ぼお、と青白く光る巻き物。
浮かび上がる文字は、新たな術に関するもののようだ。
「はあ・・確かにからだの具合は悪そうだったが・・」
ちょっと油断し過ぎだぞ、とシカマルの鼻をつまむ綱手にナルトが心配そうに眉を下げる。
「シカ、今はどうですか・・?」
「え?ぜんぜんへいき」
振り返るシカマルの額に手をあて、一応熱を測るが特に問題はないようで胸を撫で下ろす。
「ナルト、この術いつ頃解けるんだい?」
「おそらく2〜3日の程度かと思います」
その間、シカマルに割り当てるつもりだった任務は滞るが、まあ仕方ないかと息をつく。
「仕方ないな、シカク、ヨシノ。悪いが元の姿に戻るまで面倒見てもらえるかい?」
「もちろんです、内密に。姿を見られても親戚の子だと言っておきます」
2〜3日と言えど、名家の嫡子が小さな子供になったと知れれば、よからぬ思いを抱く者もいるだろう。
それでなくとも金や一族特有の力を目的に誘拐しようとする輩は後を絶たない。
ここはひっそりと大人しく姿が戻るのを待つ方が良い。
「さ、シカマル・・」
おいで、と腕を広げるヨシノを一瞥し、シカマルはナルトの首にまわしていた腕の力を強めた。
「シカ・・・?」
「や」
ぷいと顔を背け、よりいっそう抱きしめる力を強めた。
「や、ってお前何だだこねてんだ?それじゃあナルトが苦しいだろーが」
その言葉に若干腕の力を緩めると、すかさずシカクがナルトから引き剥がそうとしたが、
シカマルは瞬時に再びナルトの首に縋りつく。
「やだっ俺ナルといる!!」
「ほぇ・・?」
ぎゅうとしがみつく子供にきょとんと、ナルトだけでなくその場にいたシカマル以外の全員が首を傾げた。
小さくなって、ナルトが恋人だった記憶は抜けているのに離れたくないと言う。
確かに言葉では伝えたが、それをすんなり受け止めるとは思えないし、実感もないはずなのに。
「ナル、俺のこいびとなんだろ?」
だから良い?と必死に懇願する子供を無下にする術などナルトは持ち合わせてはおらず、
どうしましょうかとシカク達に視線を投げる。
「ねえ、なんでそんなにナルちゃんといたいの?ナルちゃんがあんたの恋人だからって、
今のあんたにその記憶はないじゃない。ナルちゃんだって任務があるし、ずっとあんたの相手なんてしてあげれないのよ?」
「だって・・・!」
ヨシノの諭すような声音に、むっと眉を寄せる子供は、上手く表現できない自分の気持ちに苛ついているように見える。
記憶はなくとも、心の片隅で気持ちだけ覚えているのかもしれない。
少なくともヨシノはシカマルの口から「だって」なんて子供らしい言葉を聞いたことがなかった。

「シカ、元に戻るまではご実家にいる方が安全です」
「ナル・・・」
自分の腕から離れない子供を抱えなおし、ナルトは悲しそうに、ね?と笑う。
「それに・・」
きっと俺といるとシカマルが辛い目に合う。
それは言葉にはせず、きゅっと唇を結んで、笑顔を作りシカマルを宥める。
「やだ・・」
愚図り始めた子供を皆複雑な気持ちで見守る。
大人になって不遜な態度で生きているシカマルを知っているだけに、いやいやとナルトから離れない子供を
どこか未知の生物でも見るかのような目になってしまう。
もうどうにもならないと判断を下したのはヨシノだ。
「はあ、まったく・・・ナルちゃん、本当に悪いんだけどシカマルのこと頼めるかしら」
「は、い・・・」
驚きながらも少し嬉しそうに見上げる金髪に柔らかく微笑んで、
「綱手様、うちの愚息が元に戻るまでナルちゃんお借りしても良いでしょうか」
「しょうがないねぇ・・まあいいさ、戻ったらキリキリ働いてもらうからね」
覚悟しな、とシカマルの額を軽く弾く。
本人は痛がりながらも、意思が通ったことにどうやらご満悦のようだ。

短く奇妙な共同生活が始まった。

















モドル