それは飴のように甘い<5>








「じゃあシカマル・・行って来ますね・・・?」
眉をハの字にして後ろ髪を引かれるように振り返るナルトにシカマルは呆れたように見上げた。
「いってらっしゃい」
ほら行け、とナルトの太股あたりまでしか届かないが、小さな手のひらで押し出す。
なんだか追い出されるようで悲しい、と肩を下げてナルトがしょんぼり歩き始めるが、
すぐにまた振り返る。
きっと振り返るだろうと予想を立てていたシカマルは、家の中に戻らず玄関の脇に背を預けて息をつく。

「やっぱり・・影分身だけでも」
「だいじょうぶだって。ここナルの結界張ってあるし」
外からはここに家があることは見えないため安全は保障されている。
「だって・・」
(「だって」とか言った・・かわいぃ・・・)
こっそり笑うシカマルの前で、まだ心残りのある顔でナルトが渋る。

このしょうもないやりとりをすることになった要因は、急遽入ったナルトの下忍任務だ。
普段ならどれほど疲れていてもナルトは下忍任務だからと言って手は抜かず、影分身を使わず本体で参加する。
しかし今回は話が違う。

結界が張ってあるとは言え、慣れていないだろうこの家で僅か3歳の子供をひとりで留守番させるなど。
影分身を残すと言い募るナルトに、シカマルはずっと首を縦には振らなかった。
自分の我侭でナルトの傍にいることを重々承知しているため、なるべく迷惑や手間をかけさせる
訳には行かないと思ったのだ。
今までしなかった家事の手伝いもするし、自分よりまずはあの可愛い金髪のためを考えるようになった。
しなければならない、と思ったのではない。
して、あげたかったのだ。
ぴたりと引っ付いても、膝に甘えても、食事の際に箸を並べただけでも笑んでくれる彼が嬉しくて。
あの笑顔が見たくて、彼の気を引くためなら何でもできる気がする。
このからだになって記憶が抜け落ちても残っていた感情。

「夕方にはおわんだろ?まってる」
「・・わかり、ました。終わったらすぐ帰りますから」
これ以上の言い合いは何も産まないとわかって、ナルトはひとつ小さく息をつき瞬身で消えた。
ナルトの気配がどんどん遠くなり、森を抜けたところで気配を追うのを止めて家に戻った。

寂しくない訳ではないが、仕方ない、自分で決めたことなのだから。
ふと見えた窓ガラスに映った自分の顔は、微妙に歪んでいて。
確かにこんな顔してたらナルトも心配するだろうと苦笑して、修行不足の自分を反省した。
「さて、と・・」
足先は迷わずラボの奥へ。
白いドアをくぐると、ぎっしり詰まった書庫がある。
暇つぶしにはもってこいだ。
適当に手に取って中身を確認すると、どうやら自分でも読めそうだと辺りを吟味し始める。
ここはシカマル専用の書庫だけあって、自分の興味を惹く本で溢れていた。
集めたのが自分なのだから当たり前と言えば当たり前。
ナルトの物も含まれているらしいが、8割以上はシカマルの物なのだと聞いた。
「・・確かに、これは俺のじゃねーな」
ある一列全て料理関連が詰まっていて苦笑する。

いくつか抜き取ってソファにでも運ぶかと書庫を出ようとしたとき、ふとした違和感。
「なんか・・」
狭くないか?
この部屋の面積を本棚で差し引いても、隣の部屋との間が2畳分ほどある。
それが全て壁だとはとても考えられず、シカマルは持っていた本を放って辺りを詮索し始める。
地を這って入念に調べていると、僅かに埃が途切れたところがあった。
(ここか・・・)
さてどうしようか。
ここに隠し扉があるのはわかったが、どう開けようか。
かなりの確率で、この隠し扉は自分が作ったのだろうと予測。
ナルトはこのことを教えてはくれなかった。
と、言うことは、おそらくナルトは知らない場所なのだ。
元々はシカマルだけが使っていたラボだと言っていたから。
誰にも立ち入らせたくない場所に、自分だけが入れるようにするためには・・・。
「ん」
これだ、と入り口であると思われる本棚に腕を差し出し、未熟ではあるが丁寧にチャクラを練り上げる。
本棚の向こうの壁を手の先から伸ばした影で触れると、瞬間、狭い空間にとんだ。
読み通り、幅が二畳ほどしかない部屋。
小さな机と、その上に乱雑に積まれたいくつかの本。
机の周りにも本が散乱しており足の踏み場もない、外の本棚と比べるとひどい有様であった。
(そうじしようょ、俺・・・)
一応どこかで空間が繋げてあるのか空気は淀んでいなかったのは良かったと肩を竦める。
きっと外の書庫、およびこの家はナルトがいるから綺麗に保っているのだと痛感する。

背の低い机の前に腰を下ろし、まだ読みかけなのか、本の間に栞代わりの本を挟んであったのを発見。
「・・きゅう・・いや、“くび”・・?」
周りを見回してみると、全て“九尾”やら歴史書、妖の類についての物ばかり。
中には血痕らしき跡のついた物まであって気が沈む。
「・・・何にはまりこんでんの俺・・・?」
こんな隠し扉まで作って、もしかすると自分て何かヤバイ?少し不安になる。
机に放られていた自分がまとめたらしいノートをパラパラと捲る。
「これって・・・!」
ノートを持つ手が震えた。
ぐしゃりと掴んでいた部分に皺ができ折り目がついたがそんなことも気にならないほど動転していた。
「お、俺っ・・・」
読んでいたノートを、

放った。

思いきり。


「何考えてんだ俺―――――――――――――っ!!???」


やり場のない気持ちを込めてノートを放った。
ノートの中身は、

日記、だった。

「はっ・・・」
机の上に同じようなノートが何十冊と置いてあるのに気付いて自分が今放ったノートの表紙には
「23」と書かれていた。
少なくとも、23冊はある。
「・・・」
痛い、二十歳過ぎた男が日記をつけている。
自分は、どうしてしまったのだろう。
とりあえず散乱している本を退けて座る場所を確保。
適当に選び、指を引っ掛け一冊引き抜いて広げて見た。

  4月12日
  桜が散る前にナルと任務帰りに花見に行った。
  正直花より目の前の金髪の方が綺麗だ。
  花が咲いていたか散っていたかも覚えていない。

  7月4日
  解部に新人、驚くほど使えない。
  辛い。無理だ。生理的に無理だ。
  家に帰ってナルの膝に甘えたい。  

「うぅ・・・」
泣きそうだ、本気で書いてる。
しかも結構乙女だ、自分の将来が本気で心配だ。
「・・・ん?」

  右腕に裂傷、ガラスによるものと思われる

続きに赤ペンで書かれているそれは前後の文章に繋がっておらず、異質であった。
「・・・・・・?」
パラパラとめくって行くと、時々赤が走っている。

  雨でもないのにずぶ濡れ

  脇腹に2箇所、左腕上腕部に1箇所、左腿に1箇所、クナイの痕

  額に打撲痕、傷跡は見られなかったがパーカーの腹部に血痕

  声がひきつれていた、嫌がられたが血液採取、九尾の治癒力でだいぶ中和されていたが毒を検出

(九尾・・・)
日記の中身は殆どナルトのことで、では、この赤い文字のこと、も・・・?
足先からヒヤリとした何かが髪の先まで走って、弾かれるようにそこら中にある本を手当たりしだいに
読み漁った。

自分でも驚く程のスピードで文字を脳に詰め込み処理して行く。
九尾の襲撃事件からナルトに至る詳細を知って怒りと悲しみで腹の奥に熱が溜まる。
机にひとつだけ引き出しがついていて、中には日記ではなく紙が数枚クリップで留められていた。
内容はよくわからないが、何やら大事そうな書類に見える。



もう少しだ

ナル、

お前に

自由をやる



頭に響いた自分らしき声。
日記に書かれた赤い文字は、新しい日記になるほど減っていた。
どうやら自分は裏から手をまわしてこそこそと動きまわっているようだ。
全ては、あの可愛い金髪のため。
近頃疲れていたようだと火影が両親に告げていたのを思い出し苦笑する。
「なんだ・・・」
俺、ただの痛い奴じゃねーじゃん。
一気に頭を使って見えた自分の望みに気が抜けた。
急激に襲ってきた眠気に身を任せようとした、その時。
「あっ」
目に入った時計の針が指す時間に覚醒した。


入って来たときのように影を発動させると外の書庫に出た。
「へっ・・・」
書庫もリビングも朝はきちんと整理されていたはずなのに、今は隠し扉の部屋のように物が散乱していた。
泥棒、か・・?
いやいや、だってここナルの結界張ってあるし。
「と、言うことは・・」
まだ見回っていなかったキッチンの方へと足を運ぶと、思ったとおり自分のよく知る気配。
「ナル」
「・・っ・・シ、カ・・?」
涙をいっぱいに溜めながら振り向く金髪は憔悴しきった顔で、今までずっと自分を捜していたことを知る。
「シカぁ・・!!」
どこ行ってたんですか、と泣くナルトを抱きとめて、ごめんと謝る。
散乱した物はナルトが自分を捜し回った跡であった。
あの隠し扉の向こうは気配も絶つ効果もあったらしい。
外は既に夜で、時計の針は21時を指していた。
下忍任務は大抵、夕方に終わるからきっと数時間は捜してくれていたのだろう。
「ごめん、ごめんなナル」
背をさすって、着崩れたパーカーから見えた肩口の痣。
それはもううっすらとしかなく、見つめていたらすぐに肌と同じ色になって消えた。
日記の赤い文字を思い出す。

「・・ナル、俺、今みたいにきっと心配たくさんかけると思うけど・・」
あと少し、と言うことはまだもうしばらくかかる。
「きっとナルを幸せにするから」


もう少しだけ待ってて。

君に自由と、笑っていられる場所を


飴のように甘い時間をいつか、




プレゼントしよう











<おまけ>

すっかり元のからだに戻ったシカマルは、小さくなったときの記憶がなかった。
ナルトを下忍任務へ送り出し、いつものように影を発動させ隠し扉の向こうへ。
「え・・」
散乱している本が、微妙に記憶にある配置と違う。
自分が前に使っていた状態と違うことに冷や汗が流れる。
(まさか、ナルに見られて・・・)
日記も何故か最新のものが遠くに放られているし。
ざあっと引いた自分の血の気の音を確かに聞いて。

電気もつけず膝を抱えて影を背負ったシカマルに驚いてナルトが叫ぶまであと6時間。



モドル