私の愛しいひと
目の前にいるのが見えるの
これはゆめ?
ゆめ
生きてる
ナルトが生きてる
浮き立つ心に知らず知らず早足になるのにも気付かない。
その様子にイルカは悲しそうな表情で、
「悪いな・・・期待はするなよ」
そう告げた。
何を期待してはいけないのか。
イルカの示す意味がわからずシカマルは首を傾げた。
縁側は開け放されていて、回り込むように近付くと細く白い足が見えた。
投げ出された足が見えると、簡易な淡い色の着物の裾が。
腰帯がゆるくカーブを描いて畳に落ちて、その横を長い金髪が流れている。
がっくりと俯く少女と思われる人物は、来訪者がいるにも関わらず微動だにしない。
「ナ、ル・・・?」
声をかけても指ひとつ動かさない。
「ナルっ・・・」
背中にひやりとした何かを感じて走り寄る。
サンダルを脱ぎ捨て近寄れば、やはりあの夜のナルトがそこにいた。
ただずいぶんと痩せた気がする。
「ナルト・・?」
そぅっと静かに顔を隠している横髪を退けるとなんと生気のない目。
頬に触れても目はぼんやりと何かを見ているようなのに、何の色も出していなかった。
「どうしたんだよ、寝てんのか・・?」
「シカマル」
ぽんと肩を掴まれ優しくナルトからイルカが引き離す。
「言っただろ・・?」
期待はするなと。
あれは、これのことか。
以前のナルトではないのだと。
てっきり今までのようにこちらが尻餅をつくくらいの勢いでもって抱きついて来るのでは
ないのかと、心の奥で思っていた。
それだけに今の、まるで人形のように壁に背をあずけて手足を投げ出しているこの姿が辛い。
まるで魂が抜け落ちたようで。
「“ナルト”が死んだとされたあと、どうもずっと自分自身に暗示をかけてたみたいでな・・・
自分は“黄蝶”で、夜に暗部として任務を果たし、帰って花達に水をやり・・・そんな
ことを言ってた。そう言い聞かせて毎日を過ごしてたんだな・・1ヶ月前に久々にここへ
やってきてからは暗示はかけないように術をかけたんだが1ヶ月たってもこの状態となると
きっと何かしらキーワードを設けているのではないかと思ってな」
ナルトが暗部・・?
下忍レベルではないと思っていたが、暗部までとは・・・。
色々なことが起こり過ぎていつもより頭が回らない。
日が落ちてきて、ぐっと気温が下がっていた。
向こうに行こうな、とイルカが背を押すと、ふらりと立ってキッチンらしき部屋へ歩いて行く。
イスにかかっていたエプロンをひっかけ、冷蔵庫を開けて何か作ってやろうと笑う。
「手伝います・・・」
イスに座ったままぼんやりと宙を見つめるナルトに一度視線を送ってイルカを手伝いに駆け寄る。
「悪いな。じゃあコレ洗ってくれるか?」
野菜をぽいっと投げて寄越し、言われたとおり洗い始める。
「それでだ。1ヶ月色々試したんだけど全然でさ・・・そこでお前に頼んだ訳よ。
お前は頭も良いし、何より・・・」
「・・・?」
しばし言葉を切ったイルカに何ですか、と視線を投げる。
「何より、あいつがお前を好きだから」
「は・・・」
途端真っ赤に染まったシカマルに苦笑して。
「わかるさ。あいつが3つの頃から俺が育ててきたようなもんだからなー・・・
アカデミーの頃でも時々盗み見てたの知らなかっただろう」
「・・・」
知らない。
そんな頃からずっと?
「眠りながらも実は授業ちゃんと聞いてたよなお前は」
「ぅ・・・」
忍としては及第点だが生活態度は落第点だとイルカが笑った。
そこまで見透かされていたとは。
イルカが暗部かどうかはいまだ信じがたいが、中忍以上の力は確実そうだ。
「1週間だぞー」
突然の振りに、は?と見上げると、軽い口調の割にどこかひんやりとした目で見据えられた。
「ナルトの暗示を解くこと。その間の家事とナルトの世話。優先すべきは暗示を解くために
考えられるだけ言葉を投げてやって欲しい。
1週間たっても何の変化も見られないようなら、お前ではなかったとして他の者に試してもらう。
その際、ここでの生活は一切忘れてもらう」
す、と幾つか印を結んで途中で止めた。
しかしその数個の印でわかる。
(・・・忘却の術・・・)
「ま!お前が最有力候補だから、お前でコケられると困るんだけどな〜」
はははと笑うイルカに、もう愛想笑いのストックが切れてしまいそうだ。
アメとムチな会話をこのテンポで受けるのは結構きつかった。
しかしナルトがこのまま人形のようなままなのはもっと辛い。
あの鮮やかな蒼で自分を映して欲しい。
そしてあの夜言えなかったことを伝えよう。
「こら、立ったまま寝るなよー」
ぼんやり考えていると、ぺし、と頭をはたかれて。
ほら運べ、と料理の盛られた皿を数枚渡され、テーブルに運んで行く。
「イルカ先生、料理できたんすね・・・」
立派な和食がずらりと並ぶ。
「そりゃあなー、もうどこへでも嫁に行けるくらいだぞー」
素直に旨そうだと言え、と睨まれながら席についた。
食事は本当に美味しかった。
ナルトは小さい子のように食べさせてもらいながら。
あの夜よりもまた一回りほど小さくなった気がした。
そのまま素直に伝えると、1ヶ月前はもっと痩せてた、これでも戻った方なんだとイルカに聞いた。
食事が終わり、家の中の間取りを教えてもらい、ナルトを連れてイルカは夜の任務へと
出かけてしまった。
出掛けにぽいと巻き物を数本渡された。
暇つぶしにその暗号解いておいてくれ、とそれは爽やかな笑顔で。
(確信犯だ・・・)
暗部という素性を明かしたのも、このためだったのか、と息をつき。
さきほどナルトがもたれかかっていた柱に、同じように背を預け巻き物を開いた。
数刻後、すっかり暗号を解いてしまったシカマルは、帰ったら入るだろうと湯を張って。
2人の帰りをソファにもたれながら待っていた。
ややあって、かすかに血の匂いをまとって2人は帰って来た。
ナルトはそのままふらりと風呂へと向かった。
「あ、20分たっても出てこなかったら様子見に行ってくれな」
「は?」
じゃああとよろしく、と手を振られ、そのままイルカは消えた。
どうやらこれから1週間イルカは夜の任務で呼びに来るだけらしい。
「様子ったって・・・」
どうしよう、とシカマルの嘆きは虚しく朝靄に消えていった。
モドル