いとしいひと
さわってもいい?
きっとあなたはいやがらない
だってこれは
ゆめだもの
めざめる
ナルトが風呂に入ってもうすぐ30分たってしまう。
(頼むから出てきてくれ・・・)
これ以上たったら様子を見に行かねばならない。
それは困る。
確かにあの夜彼女の裸体は爪の先まで見たが、あの時は―――――――
(どうかしてた・・・)
熱に浮かされて、本能のままに抱いてしまった。
今でもぐったりと沈んだ彼女を覚えている。
もっと優しくしてやれば良かったと、日が経つにつれ後悔が募る。
ガラリ。
廊下の奥で戸の引かれた音が聞こえた。
「出てくれたか・・・」
ほ、と息をついて何か飲むものでも用意してやるかと台所に立つ。
自分で言うのも何だが、かいがいしいよな俺・・・。
こんな姿親が見たら、当分ネタにされるのだろうと眉を寄せて。
レモンを切って冷水に浸しコップに注ぐ。
ぺたぺたと廊下を歩く音が近付いてきたのでレモン水片手に出迎えてやる。
「お疲れさん、これ・・・って・・・おいおい」
呆れた声で、コップを置いてナルトに近付く。
水分によって色濃くなった金髪からはぽたぽたと雫が、
昼間着ていたような簡易な着物にどんどんと染みて行く。
見れば廊下にも水滴が水玉模様を作っていた。
「ちゃんと拭けって」
風邪引くだろ、と嗜めつつ洗面所からタオルを引っ手繰って乱暴に拭う。
「ぅ・・・」
微かに呻いたナルトに、痛かったかと手を止める。
「わり・・・痛かったか?」
覗き込むと、月色の髪から覗く蒼。
そのままじいと見つめられる。
「・・・ナル・・?」
ここへ来て初めて目を合わせてくれた。
気のせいか、さっきよりも目に光があるような。
「わかるのか・・・?」
そっと頬に手をやると、不思議そうに見つめて猫のようにシカマルの手に頬を寄せた。
どこかうっとりと、目を閉じて。
それに異常な心音を奏でているのはシカマルだ。
なんだこのかわいい生き物。
思わず濡れた紅に唇を寄せそうになったが、そこはなけなしの理性で押し止め。
「ほら、こっち来い・・・髪乾かしてやるから」
差し出すと、その手とシカマルの顔を交互に見つめ、そっと手のひらを乗せた。
その後、ナルトを寝室に連れて行きベッドに寝かしつけ、自分は居間のソファを
ベッド代わりにして目を閉じた。
朝を通り越して昼近くに目が覚めると、自室のベッドで寝ていたはずのナルトが
シカマルの眠るソファにしな垂れかかるようにして眠っていた。
それからというもの、シカマルが起きるといつの間にかナルトが横に寄り添って眠ってる
という光景が頻繁に見られた。
食事を作っていても気付くと後ろにそっと立ってじいと見つめている。
4日を過ぎる頃には知らぬ間に服の裾を握られていることもしばしば。
何か喋る訳ではないのだが、それでも姿が見られる位置に必ずいた。
思った以上に懐かれている感を受けたが、肝心のキーワードは見つけ出せずにいた。
同期の下忍の名前や、思い出せる限りの記憶を話し聞かせたり、しかしナルトが以前のような
笑顔を見せることはなかった。
「今日で最後だな」
今日は晴れだな、くらいの口調でイルカが告げた。
結局何の結果も出せずにいた。
「今日は任務ないから、あとで伝えておいてやってくれ」
それだけ言うと、いつものように瞬身で消えた。
「はぁ・・・」
明日の夜にイルカが来るまでに答えを見つけなければ、ナルトと過ごしたこの1週間の記憶は
全くの別物に塗り替えられ、イルカのことだからナルトは死んだという暗示つきで帰されるのだろう。
これまでのようにナルトの死に疑問さえ持たなくなるかもしれない。
指先が震えた。
ぺたぺた。
ナルトが風呂からあがったらしい。
今日は少し暑かったせいか、いつもは任務帰りの明け方に入るのに夕食を済ませるやいなや風呂に向かった。
あいかわらず髪はそのまま、時折着物は肌蹴ていたりもするが、
まあ服をちゃんと着ているだけマシだろうか。
「またお前は・・・」
嗜めつつも手には既にタオルを準備しているあたり、シカマルも甘かった。
「今日は任務ないから、大人しく寝ろな」
「任務・・・ない・・・」
「ああ、ゆっくり休めよ」
気持ちよさそうにドライヤーとシカマルの手櫛で髪を乾かしてもらいながらこっくり頷く。
すっかり乾かし終えると、ナルトを自室へ連れて行く。
タオルケットをかけてやり、頭を撫でるととろりと瞼が下がり始める。
しだいに規則正しい寝息が聞こえた。
「ナル・・・」
お前は何を望んでいるんだ・・・?
望むままを与えてやりたいのに。
自分もナルトのベッドに腰掛け髪を梳いてやる。
あと1日。
「もしかしたら・・・もう会えなくなるかもしれないんだよな・・・」
そうなれば、この髪も今は見えぬ蒼い目も白い肌も、忘れて消えてしまうのか。
それならば。
「ほんとは・・・お前が正気になったら言おうと思ってたんだけど」
眠ってるあいだに言うなんて卑怯だわー!と、幼馴染の彼女の声が聞こえた気がした。
けど・・・
「お前が好きだよ」
あの夜から。
いや、気付かぬ内に、もっと前からかもしれない。
月を見上げるたびに思い出す太陽のようなお前。
誰よりも心を占めていた。
あの夜お前が現れなかったらいつ気付いたかわからない。
馬鹿と罵ってくれても良い。
こんな気持ち、今更気付くなどとは愚か者だと。
高く上った月が嘲笑っている気さえする。
自嘲気味に笑って、立ち上がろうとすると、違和感が。
じいと見つめる一対の、蒼。
「・・・っ・・?!」
顔に熱が溜まる。
背に嫌な汗が。
いつの間にか見開かれた蒼が、いつものと違う色に見えて、焦る。
聞かれたか・・・!?
いや、さっきまでぐっすり寝てた!!!
そのはずだ。
そうであってくれ。
いや、伝えたかったのは本心だが、対応できる余裕がないんだ、と心の中で山ほど言い訳をして。
「シ、カ・・・?」
決定打。
暗転。
今のがキーワードだったらしい。
同じように顔を紅く染めて、ナルトが起き上がる。
きょろりと部屋を見渡して、状況を掴もうと思考を再開させているようだ。
「ナ、ル・・・」
「・・・ずっと・・・ゆめを見てると・・思ってた」
ぽつりぽつりと語り始める。
「イルカせんせの声や・・・シカマルの声が・・遠くで聞こえてた・・・・・」
視線を合わせられて、肩が震えた。
どくんと鼓動が聞こえた。
「おぼろげだけど、大体覚えてる・・・いっぱい・・迷惑かけてしまって・・ごめんなさい」
三つ指ついて頭を垂れるナルトを起こした。
「謝んな・・」
一瞬迷って、ナルトの背に腕をまわし抱きしめる。
「ごめんな」
「・・・?」
なぜ?シカマルが謝るの?
「お前、そんなになるまで・・・気付いてやれなくてごめん。あの夜の、ことも」
あの夜・・・?
目覚め始めた思考で記憶を手繰る。
「あ・・・」
蘇る記憶。
目覚めるまで感じていた暖かい腕とからだの温度は今だって鮮明に思い出せる。
「あれは、私が・・・!」
「いやまあ、食ったのは俺だし・・・」
シカマルの言葉に顔の温度が一気に上昇し、
そして気付く。
からだを隠すようにタオルケットを被り、シカマルの腕から逃げる。
「もう知ってるっての」
笑ってからだを覆っているものを剥ぎ、再び抱きしめる。
「それはあの夜に気付いた」
確信はなかったが、それは今は黙っておこう。
「お前が男であろうと女であろうと暗部であろうと好きだから」
「・・・っ・・シカマ・・・」
耳元で囁かれて肩が跳ねる。
いつになく饒舌なシカマルを凝視する。
「え・・・あ、んぶのことも・・・」
知ってるの?
「ああ、教えてもらったから。なあ、イルカせんせー」
「なんだ、気付いてたのか」
窓辺に姿を現したイルカは僅かに驚く。
気配ちゃんと消したつもりだったんだけど、と。
「一週間もあれば覚えるさ」
イルカの現れる気配は感覚が覚えてしまった。
「・・シカマル、お前鍛えてやるから暗部に入らないか?いや、入れ」
何で命令口調だよ、といやに真剣な目のイルカにたじろぎつつ、
「ヤです。めんどくせぇ」
「久々に聞いたなその台詞」
「言ってる暇なかったもんで」
「・・・いいのかー?お前好きなコよりも弱いってどうなんだ?」
ぐ、と詰まるシカマル。
「ナルトは基本単独任務が多いけど、たまには他のやつと組むこともあるなあ」
「・・・・・・」
総隊長の立場を利用して、相手は自分か女性としか組ませたことはないがな。
「“黄蝶”と組みたいってやつは腐るほどいるんだよなあ」
「・・・・・・」
これは事実で直接火影に頼み込んでいる者もいるそうだが、誰が組ますか。
「パートナーになったら夜は必然会えるなあ」
「・・・っ・・・あーもー、やる!やってやる!!」
「あ、そう?じゃ明日さっそく登録しまきゃな〜」
よし、これで過労で倒れる暗部が減る!
シカマルの死角でガッツポーズをとり、
口笛を吹く勢いで上機嫌のイルカがナルトの元へ。
「すっかり戻ったようだな」
「うん・・・迷惑かけてごめんなさい」
「子供は迷惑かけるもんだ、気にするな」
幼子にするように頭を撫でる。
「じゃあ俺はこのこと火影様に伝えてくるから。心配なさってたから明日には顔見せてやれよ?」
「はい是非お詫びに伺いますと伝えてください」
わかった、と頷き窓辺に足をかけて振り返る。
「あ、そうそう。俺の合格点が出るまではナルトとは組まさないからな〜」
「はぁ!?」
言いたいことだけ言ってイルカは消えた。
「シカマル・・・」
「なんだ?」
「あの、断っても良いんですよ・・・暗部・・・シカマルそういうの、めんどくさいでしょう・・・?」
「・・や、お前のことにめんどくせぇなんて思わねぇよ。てか何で敬語なんだよ」
「あ・・・私、普段は、こうなんです」
すみません、と謝るナルト。
「こっちの方が良いってば?」
下忍時の口調で不安そうに首を傾げるナルトに、
「いや、素のままの方が良いな」
その言葉に微かに頬を染めて笑んだ金髪のなんと愛らしいことか。
俺の選択は間違っていなかった。
こいつの傍にいられるなら何だってできる。
「シカマル」
もう夜遅いこともあり、ナルト宅に泊まることにしたシカマル。
ソファで良いと断ったが、結局ナルトのベッドに二人して寝転がっていた。
眠れるかどうか不安だ・・・と思案していると名を呼ばれた。
「どうした・・?」
「さわって良いですか・・・?」
「は・・・」
触るってどこを?何を?
一人焦るシカマルをよそに、手を、と顔を紅くしたナルト。
手かよ。
残念なようなほっとしたような。
「手くらいいくらでも」
差し出すとそっと自分のそれを重ねて。
「朝までこうしていても良いですか・・?」
うっとりと笑って。
頷くと安心したように眠る金髪に笑んでシカマルも目を閉じた。
朝になってちゃんと離せるだろうか、と苦笑して。
ねえ
さわっても良い?
わたしのいちばん
いとしいひと
***
<おまけ:翌日の朝>
「ところでイルカ先生の合格点ってどれくらいなんだ・・?」
アカデミーでは努力点もつけてくれる良心的な教師だったが。
「あんまり存じませんが、隊長クラスくらいあれば大丈夫ではないでしょうか」
・・・隊長って、暗部の隊の?
さらりと告げるナルトに嫌な汗が流れた。
「大丈夫ですよ、イルカ先生は教えるのお上手ですから。あの若さで総隊長ですもの」
「・・・・・・は・・?」
「聞いてませんか?」
「・・・全然・・」
どこまでも底の見えないイルカに苦笑いつつ、まあ頑張って合格すればナルトの親同然の
イルカに認めてもらえるということだ。
「ま、頑張るさ」
「居眠りはダメですよ」
ふふ、とナルトが笑って。
つられてシカマルも笑った。
モドル