「サクラちゃん笑うってば!」
泣いてる私にナルトが言った。
「顔だけでも笑顔になったら、気持ちが後からついてくるってばよ」
君の傍に【5】
石で作られた冷たい床。
小さな窓には格子がかっちりはまっていて、重たい雨雲がその隙間から見えた。
(最悪だわ・・・)
雨が降ったことで、気温が一気に落ちた。
どこかは知れないが、敵地の中。
腫れた頬が鈍く痛む。
(ああもう、お嫁に行けないじゃない・・!)
腹正しいことこの上ないが、情けないという気持ちが強い。
数時間前。
負傷者が増えてきて、からだが動かせない者達を救うために医療班から数名借り出されたのだ。
以前は商店街であったはずの場所は、既に赤い炎が舞い上がって家屋を次々と飲み込んで行った。
里人達は、仲間達が非難させており見あたらなあったが、負傷者は敵味方関係なくそこいらに転がっていた。
その彼らの治療に当たっていた際に、新しくやってきた敵の部隊がまだ若いサクラに目をつけたのだ。
手土産ができたとにやりと笑って、襲い掛かった。
抵抗はしたが、いかんせん人数が物を言い、気付かないうちに後ろに回られた敵にあっさり捕まってしまった。
どのくらい気を失ってしまっていたのか。
外は雨で、正確な時刻はわからなかった。
重い瞼をこじ開けると、周りには数人の年頃の女性がサクラを囲むように見守っていた。
「良かった、あまりにも動かないから死んでしまったかと・・・」
無事が確認できて気が抜けたのか、ぐすぐすと泣き始めた女性達。
(私だけじゃあなかったんだ・・・)
そりゃそうよね、と痛むからだを起こす。
激しく抵抗したため、あちらこちらを痛めつけられた。
おそらく夜の共にと攫って来たのだろうが、サクラの他にも女はいるため扱いはひどいものだ。
そしてサクラには医療忍者としてのスキルもある。
使い道はいくらでもあるのだろう。
見渡すと、自分と同じ年頃から20代の女性ばかり。
皆泣き腫らして目が真っ赤に染まっていて。
町で見たことがある者もいた。
(私がしっかりしなきゃ・・・)
今ここにいる女達だけで10人ほど。
綱手直伝の力技で、自分ひとりくらいならば逃げられるかもしれないが、これだけの人数を
抱えての脱出は成功率があまりにも低い。
そしてもし他にも捕らえられている者達がいるとしたら、自分だけでは手に余る。
「・・他にも捕まっているの・・・?」
そう問えば、暗い眼でいないと首を振る女達。
自分のように派手に抵抗を見せなかった彼女達は、腕のみを縄で拘束されただけで、目隠しさえもなかったそうだ。
彼女達いわく、ここはまだ木の葉の敷地らしい。
どこかの廃墟を根城にしているのだそうだ。
どうやって、彼女達を守ろう?
助けることができる?
必死で考えるが、こういう時に自分にできることが少な過ぎて悲しくなる。
シカマルのように戦略が練れる訳でもなく、カカシのように器用に窮地を抜けられる術がある訳でもない。
自分の無力さが浮き立って、そして額宛をしているサクラに、僅かばかりの望みを乗せた視線を向ける彼女達。
――――サクラちゃん笑うってば!
泣いてる私にナルトが言った。
――――顔だけでも笑顔になったら、気持ちが後からついてくるってばよ
いつだったかナルトが言った。
その時自分がなぜ泣いていたのかさえ思い出せないが。
――――俺はいつもそうしてんの!
そう言って笑ったひまわりのような笑顔は、カラ元気でも眩しいと思った。
にこり、とひきつる顔をなんとか整えて彼女達に振り向く。
大丈夫だと笑った自分を見て、彼女達の表情が和らいだ。
ああ、ほんの少しでも自分のできることがある。
ねえ、ナルト。
ぴくり、と肩が揺れた。
名を、呼ばれた気がした。
(誰・・・?)
胸が騒ぐ。
敵を殲滅に動きながら、降りしきる雨の中、霞んだ地平線を見つめた。
「ナルちゃん!!」
「シズネさん・・?」
思いがけない人物に目を見開く。
蒼い炎で後始末をしながら、首を傾げる。
医療班の彼女が戦地へ来るとは。
「サクラちゃんが・・・!」
シズネが半泣きで告げた。
全力で里内を走る影がひとつ。
狐面を被り、金の髪をなびかせまるで金色の風が吹くように。
数名の気配を感じ、今までよりも更に気配を殺して民家へと潜る。
逃げそびれた里人達を物色しては、気に入った女を狩っているらしい。
下賎な行動に眉を顰めつつも、しかし優先するのは捕らえられた女達の救出。
そして、
(サクラちゃん・・・!!)
適当な民家に侵入し、そっと気配を漏らす。
それに惹かれるように戸を蹴り倒し侵入してきた忍。
それにびくりと大げさに震えて見上げるのは、簡易な服に身を包んだ金髪の少女。
物陰に隠れ、身を震わせてみる。
「ほお、最後の掘り出しモンだな・・・」
暗い笑みで舐めるように値踏みする忍に、密やかに冷たく笑うと、おとなしく身を任せた。
軽々と担ぎ上げられ、夜に近付いた空を走る。
近付いてきた敵の根城にあたりをつける。
(確かこの先には・・・)
時折、夜の任務で通ったことのある道。
確か廃墟になっていた大きな建物があったはずだ。
これだけの人数だから、まず間違いないだろう。
ただの里人だと思っているのだろう、腕のみ縄で縛られているだけで、たいしたボディチェックもなく。
後でな、と背を押され入れられた牢には10人ほどの女性達が捕らえられていた。
牢には鍵がかかっており、それで事足りると思っているのか見張りもいなかった。
(好都合ですが杜撰な・・・)
なかば呆れるように息をつく。
「き、ちょうさん・・・?」
「サクラさ・・・」
目的の声に安堵したのも束の間、サクラの姿に言葉が止まる。
「なんてひどい・・・」
赤黒く腫れた頬に、至る箇所が変色していて。
隠し持っていた暗器で縄を切り、サクラに近付く。
じっとして、と手のひらをかざしてそっと肌に触れると淡い光がほんわり広がる。
和らいでいく痛みにサクラの表情も穏やかになった。
「遅くなってすみません」
「そんな・・私こそ捕まったりして・・・」
すみません、と頭を垂れるサクラの顔をあげさせ、にこりと笑む。
初めて見た狐面の奥にあったもの。
たっぷりと長い金髪を腰まで揺らせて、長い前髪から覗く目は待ち望んだ蒼で。
素材が同じだからじゃない。
これは、
ナルト・・・
声にはならず唇だけが漏らした言葉を、ナルトは拾った。
変化では忍だとばれると考えたナルトは、忍び込んだ民家で服を拝借した。
だから顔は素顔のままで、知るひとが見ればいくら性別や雰囲気が違えども、ナルトだと気付くだろう。
サクラには、ばれる覚悟で来たのだ。
自分の機密よりひとの命の方が重いに決まっている。
「今から皆さんを里までお連れします。サクラさん、手伝って頂けますか?」
「っ・・はい」
そうだ、今重要なのは里に彼女達を帰してあげることだ。
ナルトの言葉に気を引き締めたサクラに薄く笑む。
「・・・では、手筈通りに」
こくりと頷くサクラと女性達。
辺りはすっかり暗くなり。
いつの間にか雨もあがっていた。
そして丁度良いタイミングで敵の忍がやって来た。
「女達、皆外へ出ろ」
愉しそうに笑う敵の忍に女達が震える。
目的は明らかだ。
「あ、あのっ・・・」
やや上ずりながら震える声で。
「私がお相手しますから・・・」
「はあ?お前ひとりで相手できんのかよ?」
く、と笑って。
「ですから、彼女達には・・・」
どうか、と懇願する蒼に敵の忍は意外にあっさり受け入れた。
「まあいい、どうせ今夜は長の相手だけだからな・・・」
まあおこぼれくらいはあるかもな、とねっとりとした視線でナルトのからだを見つめる。
頭を下げたナルトは心の中で舌を出す。
さっさと出ろ、と促され、心話でサクラにメッセージを送る。
(皆さんをお願いしますね)
やや強張った表情のサクラに苦笑して、
(笑ってサクラちゃん)
驚いたようにこちらを見つめるサクラに。
(笑ってたら、気持ちが後からついて来るから)
私、いつもそうしてるの。
「・・っ・・・ナ・・・!!」
本当の名を唇を噛んで押し殺し。
見えなくなった金髪を合図に、滲んだ涙を拭ってサクラは動いた。
モドル