写真








「んっ」
ぐぅっと背を伸ばし、二日貫徹して仕上げた戦略書を隈のできた漆黒の双眸で見つめた。
(やっと帰れるぜ…)
既に陽は高く昇り、窓から差しこむ日差しが目に痛いくらいだ。
季節の変わり目のせいか、体調を崩す者が増え、そのしわ寄せがシカマルにきてしまった。
新婚なのに悪いな、とたいして悪びれもせずに戦略部の長は仕事をふってきたが、
こればかりは仕方ないと溜め息ひとつで引き受けた。
(新婚、ねぇ…)
ふ、と自分を待っているであろう人物を想い浮かべ、頬を緩める。

既に死亡とされていたナルトが生きていると実感できた一か月前。
まさか自分とナルトとの間に子供が産まれていたとは予想していなかったが、
二人を木の葉に連れ戻せたことは幸福としか言いようがない。

実子であるしいなの蒼と漆黒の瞳は、自分とナルトの象徴そのもの。
笑った顔がナルトそっくりで、思わず目を細めてしまう。
出会ったばかりの自分を父親だとすぐに受け入れたまっすぐさには驚いたが、
連れ帰って紹介したシカクとヨシノをあっと言う間に手中におさめた手腕はもう才能としか言えない。
今はとりあえず実家で一緒に住んでいる。
本当はナルトの本宅で暮らそうかと思っていたのだが、ヨシノがナルトとしいなを離さないのだ。
おかげで世間一般で想像されているような新婚らしい生活など露ほどもできていない。
まあ、幸せではないのかと問われれば、否、だけれども。

「さぁて帰るか」
まとめた書類を長のデスクに放り、身支度を整える。
そのとき、ふと目にとまったのは、隣のデスクに飾られた写真立て。
シンプルな木目の写真立ての中で、妻子であろう二人が笑っている。
今までは特に気にならなかった些細な1シーンだが、なんだかそれがちょっとうらやましく思ってしまった。

(そう言えば、まだ写真撮ってねーな…)

確か蔵の中に使っていないカメラがあった記憶を掘り出し、笑う。
帰ったら、話に出してみよう。


「ただい…「おかえりなさいー父さま!」おっと」
気配を読んでいたのか、玄関の戸を開けると同時に小さな影が腰めがけて突っ込んできた。
思いがけず、なかなか重たい衝撃に、なんだか懐かしい感覚だと変な気分になる。
昔はナルトによくされたよなぁ、と一瞬だけ思い出を引き出した。
サイドでくくられた茶髪を揺らし、シカマルの腰にしがみついたまま、
小さな体躯をくっと反らし見上げるのは、愛しい妻と自分の対の瞳。
「ただいま」
「二日ぶりですわね、お忙しいのですか?」
「あー、最近体調崩す奴が増えててな…その代わりだ。まあ、明日までは休みだぜ?」
「まあ。明日までなんて…今度しいながおばちゃまに頼んでもっとお休みいただいて参りますわ」
5代目火影を“おばちゃま”と呼ぶのは、世界中探してもこの子供だけだろうな、とシカマルは苦笑する。
「おー、期待してる」
しいなを抱え上げて、居間に向かうと、中からにっこり笑って顔を出す金髪。
「おかえりなさい」
「ん、ただいま」
微笑む金髪を手繰り寄せ、艶やかな髪を梳いて抱き寄せる。
「ごめんなさい、お迎えにもあがらずに…」
「別にいーって」
いつもなら玄関でしいなと共に迎えるのに、と少し項垂れるナルトに笑う。
自分が帰る場所にお前がいるだけで幸せなんだ、と耳打ちすれば、紅く染まる頬に気分も良くなる。

「あ、お帰りシカマル」
ひらひらと手を振り、しかし視線は上げずにヨシノが居間から声をかける。
「おー…何真剣に見てんだ?」
卓袱台には厚みのある冊子が何冊か積まれており、ヨシノは何故かそれに夢中らしい。
きゃあ、とか、いやあ、とかおかしな奇声を発する母に、何事だとナルトに視線を投げる。

「えっと、荷物の整理をしていて…まだ貼っていない写真をアルバムにおさめていたのですが…」
それをヨシノに見られ、アルバムを取り上げられているらしい。
「写真?俺も見たい」
「あっそれは駄目!私まだ見てないんだからっ」
年代を追って見ていたヨシノに、一番近い位置にあったアルバムをひったくられ、
ヨシノが既に見終わったのであろうアルバムを手渡される。
「ガキかよ…」
いまだはしゃぐヨシノを一瞥し、手渡されたアルバムを開く。
しいなは腕をすり抜け、座ったシカマルを背中からおぶさるようにしてじゃれてきた。
開いた最初のページには、全身が朱色の産まれたての赤ん坊が眠っている写真。
「しいなが産まれた日に撮りました」
懐かしいなと目を細めて、ナルトが横に座る。
「これがしいなですか…?」
なんだかかわいくない、と怪訝な表情をするしいなに、赤ん坊は最初は皆こんなもんだよ、と笑う。
ハイハイをして、つかまり立ちができるようになって、ひとりで立てるようになって。
しいなの成長記録だ。
基本はナルトが撮っているのだろうが、時折代わってもらったのか、ナルトのからだの一部分が入っていたりもする。
数冊に渡る成長記録を追っていくにつれ、シカマルの眉が寄る。
「…なぁ」
「はい?」
どこか不満気な顔をするシカマルを不思議そうに見つめ、ナルトが振り返る。
「お前は?」
「え?」
「お前の写真がない」
どこを見ても、ナルトの顔や全身が映る写真がない。
「えっと…私は写真、苦手で…」
ごめんなさい、と視線を下げる。
「…そうか。や、ちょっと残念だと思って、な」
残念?とシカマルを大きな蒼が見つめる。
「隣の席の奴がさぁ、家族の写真飾っててさ…今まで特になんとも思わなかったけど、
そういうのも良いよなぁって思って…と、そうだ、確か蔵ん中にカメラあったと思う。皆で撮ろうぜ」
「皆で…?」
「ああ。お前としいなと俺と…まあじじばばもおまけで」
「おまけって何よ!」
会話の途中でじろりと視線を上げたヨシノは、しかし名案だと言って蔵の方へ駆けて行った。
ナルトも手伝おうとヨシノの背を追う。

残ったのはシカマルと、シカマルの首に巻きつくしいな。
「父さま」
ぴらり、と目の前に差し出されたのは一枚の写真。
「何…ってこれ…」
思わず手にしていたアルバムを落とし、目の前の写真を掴む。
映っていたのは、ナルトの洗濯している姿。
背景からして、しいなと住んでいた村での家の庭と思われる。
首に巻きつきながら、しいなは、あのですね、と口を開いた。
「近所に写真を撮るのがお好きな方がいまして、しょっちゅう撮りに来られていたんですね。
あのとおり、母さまは自分のお写真撮らないので、しいながお願いして全部いただいたのですよ」
最近覚えたらしい影の術のひとつで、自分の影からごっそりと大量の写真とアルバムを取り出し、シカマルに笑う。
ネガまでしっかりともらっているあたり、末恐ろしい。
「しいなのスペシャル保存版、父さまに差し上げても良いです」
にっこりと差し出されたアルバムは喉から手が出るほど欲しいが、その笑顔の裏の意味を知ってシカマルも笑う。
「代わりに俺は何をしようか?」
「父さまの秘蔵の影術3つ、もしくは禁術1つ教えてください」
「のった」
数秒で交わされた契約に、双方がにやりと笑う。
「俺、改めてお前と血が繋がってるって実感した」
「しいなもです」
したたかに笑い合う大きな影と小さな影が手を取り合った。

ほどなくして、蔵から持ち出したカメラを片手にヨシノが満面の笑みで戻って来る。
さっそく撮りましょう!とカメラを構えるヨシノと、
そのヨシノにすっかり存在を忘れられていたシカクがちょうど帰宅し、ことのしだいを察して泣き崩れ。
そんな可哀想なシカクの手を引き、しいながご機嫌を取る。
慌しく隣家にシャッターを頼みに向かったヨシノに苦笑をひとつ。
皆が笑っている。


まるで映画の中にいるような気分だと、ナルトは思った。
ずっとずっと夢見ていた、
「…家族みたいです…」
漏れたひとりごとが聞こえていたようで、シカマルが笑った。
「もう俺達、家族なんですけど?」

そうだろう?

穏やかに細められた漆黒に、蒼は嬉しさを滲ませて微笑み返した。
そんなナルトの肩を抱いて、
「写真撮ったら、デスクに飾る」
「シカマル、そんなキャラでした…?」
意外だ、と目を丸くして見上げるナルトに、少しだけ頬を染めつつ眉を寄せる。
似合わないことを言っている自覚はある。
「そんなキャラに、お前がさせたんだよ」
わかれ、と視線を外したシカマルの耳が真っ赤に染まっている。
「…そうですか」
ふふ、と笑われ、なんだか無性に恥ずかしくて悔しい。
「くそ…あとで覚えてろよ」

ようやっと用意が整って、庭をバックにして、しいなを中心に皆が並ぶ。

両手にシカマルとナルトの手を握って、双方から引き継いだ瞳が見上げる。
「初めての家族写真ですね!しいな、今度かわいい写真立てを探しに行きたいです」
「おー、なんなら皆で行くか?明日は休みだしな」
「はい!」
するとシカマルの言葉にナルトが小首を傾げる。
「シカマル、明日はお休みなのですか?」
「おー、休みになった」
にやりと笑って、喜ぶ金髪の耳元に唇を寄せ、
「だから今日は可愛がってやれるぜ?」
途端、顔を真っ赤にさせたナルトをよそに、賄賂を贈る。
「しいな、今度、砂の国の暗号の解き方教えてやる」
「本当ですか!母さま、しいな今日はおばあちゃまと寝ますわね!」
ごゆっくり!と笑顔で振り返ったしいなに、ナルトは羞恥で倒れそうになった。
そんなタイミングで下りたシャッター音。

真っ赤な顔で怒るナルトと、悪びれもせず笑うシカマル。
振り返って笑うしいなと、少しだけ離れて苦笑うシカクとヨシノ。

そんな1コマをおさめた思い出は、
現在シカマルのデスクに飾られている。






モドル