ねえ

もし私が

普通に生まれて

普通に育って

普通にあなたと出会えていたら



もっと近くにいられただろうか




お別れ







「じゃあねナルト君」
はにかむように笑ったヒナタに手を振り返して彼女が視界から消えるまで見送った。

これであとひとり。

暗部の任務が立て込んでいて、意外に時間がかかってしまっていた。
あとは彼だけだ。

そっと心の内だけでお礼とお別れを言う。
それだけの自己満足だが、どうしても彼らに伝えたくて。
言葉にできなくても願うことはできる。
何の足しにもならないが、だからどうなのだと考えている時間も自分には残されていない。

夕日が沈んで辺りに彼を思い出させる闇が広がる。
ナルトはこの空がオレンジから黒に染まる時間帯が好きだった。
ちかっと山間に一瞬太陽が光り、一足先に空に映った一等星がより輝いていく。
伸びた影しばらく見つめ、踵を返して自宅へ走った。






月が高く上った頃、シカマルはぼんやりそれを眺めていた。
今日は任務も夕方には終わり、久々に両親と一緒に食卓を囲んで他愛ない会話をして早々に風呂に入った。
今はただ月を見ていた。
満月になりきれていない月が周りにきらきらと宝石のような星を引き連れて浮かんでいた。
あの控えめに輝く黄色は彼を思い出させる。

(・・・?)
・・・なんで月だよ?
あいつはどっちかってーと太陽だろ。
自分の思考に自身でツッコミを入れながら何でそう思ったのか、と考える。
読みかけの巻き物に再び目を落とし、しかし見知った気配を感じて窓に振り向くと、
「どうしたよ?」
ガラリと窓を開けて問うといつもの笑顔。
ああやっぱりこいつは太陽って感じだよなぁと。
「へへ・・・」
なんだか元気がない、か?
「何かあったのか?」
ナルト、と問うと彼にしては珍しく穏やかに笑った。
見慣れない笑顔に心臓が跳ねる。
よく見れば珍しいのは服装もで、いつものオレンジカラーのものではなく、夜のような真っ黒なフードを
すっぽり頭からかぶっていた。
「んー・・・入ってもいい?」
いつもはこんな承諾など得ないくせに、と訝しみながらも表情は変えずに招き入れた。
サンダルを脱いでベランダに律儀に並べ、膝下まであるズボンから伸びた足がいつもより細い気がした。
足どころか・・・
(なんかこいつ小っちゃくなってねぇ・・・?)
ベッドの上で、隣に座ったナルトはいつもより少し小さく感じた。
「つか、なんでずっとフードかぶってんだよ?」
ずっと気になっていたことをまず問うた。
「ぅん・・・」
はっきりしないナルトに、溜め息をついて、まあお茶でも持ってきてやるかと立ち上がると
慌てたように腕を掴まれた。
振り向いて見たナルトの必死な目に少しばかり驚いて。
「なんだよ?」
「あ、あの、さ・・・」
きょろきょろと落ち着かない目。
「おねがいが、あって・・・」
「俺にか?」
こくりと頷き。
「シカマルが、いいんだ・・・」
何が、と口を開きかけたら、ぱさりと落ちたフードの中から先ほど見ていた月の色みたいな髪が床まで流れた。
「・・何で、」
お色気の術?
それにしては以前見た姿と少し違うようだが・・・。
頬にはいつもの痣のような痕もなく、白い肌も大きな蒼もそれを縁取る長い睫毛も女の子の持つそれだった。
紅い唇に目がいって背中がぞくりと粟立った。
おいおい、変化しているとは言え男に欲情するな俺・・・。
若干熱があがった頬を手のひらで押さえる。
「俺さっ・・・お前が好きなんだ」
「はぁ?」
状況が飲み込めないシカマルの様子を否定されたと思ったのかナルトの濡れた蒼がゆらりと揺れた。
「や、違くて・・・」
いや、違わないだろ。
つい言い訳じみたことを言ってしまいそうで、思っていたよりも自分は冷静なやつではないと、
変なところで冷静に突っ込んでた。
「お、れ・・・ずっとずっと好きだった。小さい頃から・・・」
「ちょ、ちょっと待て・・・」
「俺、腹に化け物、いるし・・・里の皆にも嫌われてるし、だけどシカマル一緒に遊んでくれたってばね・・」
懐かしげに語るナルトに今日は魅入ってしまうのは何故なんだろう。
「うれしかった」
にこ、と嬉しそうに微笑んだのが可愛いなんて、何で思うんだ。
「こんな恋しても、どうにかなるなんて思って、ない・・けど、言っておきたくて・・・」
一生懸命伝えようとする姿に抱きしめてやりたい、なんて何で思うんだ。
「わがまま、ついでに、おねがい、が・・・あって・・・ね、」
「・・・なんだよ・・・」
そっとシカマルの耳元に唇を寄せて、
「・・・っ・・・?!」
囁いた言葉に驚いて、頬が紅く染まるのは仕方がないと言い訳したい。
「一生に一度のお願い、だ・・・おねがい」
「おね、がい・・・って・・・」
このために女の姿で来たのだとぼそぼそ言うナルトに、
あのなあ、もっと自分を大事にしろよと言いたかったが、これは男に対して言う言葉だったか?
「おねがい、シカマル・・・」
泣きそうに潤む蒼に理性がいとも簡単に溶けそうな自分が信じられない。
「好きなんだ・・・」
俺、こいつのことそんな気持ちで見たことなかった、けど・・・
「一回だけでいい、から・・・」
やばい。
可愛い。
「ね、ぇ・・・」
頭の芯がくらくらする。

「シカ、ぁ・・・」

泣きの入った声に理性を支えていた最後の糸が切れる音が耳の奥で聞こえた。



後悔すんなよ、とベッドに縫いつけて



声が枯れるまで、まともに言葉を紡げなくなるまで、今とは違う涙で目を紅く腫らさせるまで攻めた。



















空が白み始めた頃、隣で紅い目で見つめる蒼が一対。
「ごめん、ね・・・」
大事なものを抱くように、逃がさないとでも言うかのように巻きつく腕のあたたかさに涙が止まらない。
わがまま聞いてくれてありがとう。
するりと、起こさぬように注意して名残惜しい腕をすり抜けて。

もう会いません。
だからどうか許してください。

ずっとずっとあなたが好きでした


最後に思い出が欲しかった



だってあなた意外に誰かを好きになるなんてきっともうないと






あなた以上のひとなんていないもの







ここに訪れたときに羽織っていたパーカーに腕を通して朝靄に溶けるようにして音もなく消える。




腕の中にあったぬくもりが消えてシカマルは目を覚ましたが目当ての人物はすでに姿を消していた。

・・・起きたら、言おうと思ってたのに。









不誠実だけど、お前に惚れたと









       
次に会ったらきっと伝えよう



そうしたらあいつ








どんな顔するだろう



















モドル