目の前にあなたがいて
笑ってて
これは
ゆめ?
君を護る<5>
「かあさまー」
台所からしいなが顔を出した。
「お湯は沸いたんですが、湯のみが全然足りませんのー」
もともとは二人暮らしなのだから当たり前で、しいなが困ったように訴える。
「村長さんのおうちなら沢山あると思うので、頼みに行ってきます!」
「ありがとう、しいな」
進んで何かと手伝ってくれる娘に悪いなと思いつつ、しかし今は離れてくれるのはありがたい。
「かあさま、泣いたのですか?」
「え?」
「目が紅いです。まさかあのお客人が何か・・・?」
母の容姿の良さに言い寄る者も少なくない。
何か嫌なことを言われたのだろうかと推測を立てる。
途端、敵意を表すしいなを慌てて宥める。
「違うのですよ、しいな。彼らは・・・」
「?」
「彼らは私の大事な友人達なのですよ」
「あの子は?」
この家で一番広い広間を開け放し、庭に繋がった縁側からキバが訊ねた。
皆思い思いにくつろいでいる。
「お使いに行ってもらいました」
「ひとりでか?赤丸っお前も一緒に行け」
ワォンと一声鳴いてしいなの匂いを辿り走って行く赤丸を見届けて。
「で、話してくれるか?」
シカマルが自分の隣を空けて、そこに座れと促した。
ささやかな独占欲が見え隠れしているシカマルに、鈍感なナルト以外が少し呆れた表情をした。
伏せ目がちであったナルトがゆっくり顔をあげる。
そして今までのことを全て隠さず話した。
性が女であったこと、
九尾の襲来事件、
幼少から受けていた里人からの暴力、
そのために修行を積み暗部として生きてきたこと、
里人を不安にさせないため、無害で力のない者だと演技していたこと、
上層部からの処刑命令が下されそうであったために死亡したことにしたこと。
「そんな・・・」
「あのジジィ達ひでぇ・・・」
次々と明かされる里の事実に、皆眉間に皺が寄る。
「皆を騙していたことは謝ります。ずっと心残りだった・・・」
床に額がつくくらいに頭を垂れて謝るナルトを皆で抱き起こす。
「もーいいって」
「そうだよ、そうしなきゃいけなかったんでしょ?」
穏やかに笑ってチョウジが、ね?と他の者にも同意を求めた。
「そうよー!とにかくあんたが生きてて私達嬉しいんだからねー!!」
「おう!ヒナタ達だって聞いたら喜ぶって!!」
皆が笑顔だった。
これはゆめ?
ナルトは涙で歪んだ目の前の光景に、幻だろうかと瞬いた。
再び目を開けても消えない現実に、今日一番の笑顔が表れる。
ようやく穏やかになった空気に、
「ところでさー、あの子誰の子?」
キバの一言で再び空気が重くなった。
なんとなく、聞きづらかったことだが実は一番聞きたかった答えではあったため、皆ナルトを伺い見る。
ナルトは迷っていた。
父親が誰であるかは言わなくても良いことだ。
シカマルだと告白すれば、優しい彼は認知してくれるだろうが、それで彼を縛り付けたくはなかった。
自分のわがままで抱いてもらっただけだ。
そこまで甘える気はなかった。
皆の知らない人だと言っておく方が良い、と。
「あの子は・・」
「その前にお前に言っておきたかったことがあるんだが」
ナルトの言葉を遮って、シカマルがこちらを見据えた。
きょとんと首を傾げるナルトに、
「ずっとお前を捜してた」
「・・シカ・・?」
「“あの日”以来、お前のことが気になって」
“あの日”が何を指すかナルトには分かって首まで紅くした。
「なんでかずっと生きてるって思って、捜した・・・」
それが嘘ではないことを、今のシカマルの顔を見れば分かる。
「お前が好きなんだ」
耳まで紅くしたシカマルの言葉を、確かに拾って。
「今でも・・・俺と一緒に里に戻らないか・・?今は“黄蝶”なんだろ?」
“黄蝶”としてなら命を狙われる心配はなくなるはずだ。
里ではナルトはもう故人とされているから。
「・・嬉しいお話ですが、できません・・・」
ふるふると首を横に振り、悲しそうに俯くナルトに何故だと問う。
「私のことがバレることがあれば、しいなの身も危なくなる。実験に使われるかもしれないし
殺されるかもしれない。何よりあなたにこれ以上の迷惑をかけられない・・」
「・・俺のことは嫌いか?」
「そんなことを言っているのではありません。今でも私は・・・」
あなたが好きです
言葉にできなくても伝わっただろう。
ナルトの言葉に嬉しそうに笑って抱き締める。
「なら俺と来い。たぶんお前より弱ぇーけど、守るから・・・一緒に帰ろう」
もう良いんじゃあないか?
あいつを頼ってやりな
綱手の言葉が蘇る。
受けても、良いのだろうか?
頷いても?
そっと顔を窺うと、不安そうに揺れている漆黒の目。
彼を不安にさせているのが、こんな悲しい表情をさせているのが自分だと知って心が揺れる。
「良い・・のですか・・・?」
「決まってるだろ」
まっすぐ見つめるシカマルに。
返事代わりに背に腕をまわして抱き締めた。
「・・ちょっとー」
不満そうなイノの声に我に返ってシカマルから離れる。
ち、と舌打ちが傍で聞こえたが聞かなかったことにしようと目を逸らす。
「何2人で勝手に話進めてんのよー!」
「つか・・いつの間にそんな・・」
関係に?と急な展開についていけない忍犬使いがひとり。
「てことは・・・あの子の父親って・・」
カラン。
「!」
遮るように庭の鳴子が鳴った。
どうやら森の仕掛けに何かかかったようだが、今の軽い音からすると上手く避けたようだ。
野生動物なら良いが、と気配を探って。
ナルトの顔色が変わる。
「・・侵入者ですね・・6・・7・・8人」
ナルトの言葉に他の者も気配を探ると、確かに8つの気配を感じた。
民間人ではない・・どこかの忍の気配にナルトの表情が強張る。
この村では銀が採掘されるため、それを目当てに泥棒はよく入るが、今まで忍が来ることはなかった。
「この気配からして上忍から暗部レベル・・・失礼ですが今回の任務は?」
リーダーを務めたシカマルに問う。
「人数が要るだけの、巻き物奪還だが・・・一人も逃さなかったはずだ」
くいとチョウジの背負っていたリュックを指差し応える。
「・・策謀が甘かったのと、情報が漏れていたようですね。シカマル達がこの村で休むことを
知って来たのでしょう」
しかし向かっている先はこちらではないようだ。
近付く先は、村長の家の方角であった。
ナルトと引き合わすためにナルトの家を指定したことを知らない彼らは、客人をこの村で泊めるとしたら
一番大きな村長の家だと思ったのだろう。
そして気付く。
「しいな・・・!」
「行くぞ!!」
血相を変え飛び出したナルトを追った。
「村長さん、ありがとうございます」
「いやいや、このくらい。しいなちゃんひとりで持てるかね?」
初老の村長と呼ばれた老人が、腰を曲げたまま湯のみを箱に入れて風呂敷に包んで問う。
「へいきですわ・・・あら」
しいなの横で静かにしていた赤丸が、すっと足を折り曲げ頭を差し出す。
「手伝ってくれるの?」
ぺろりと頬を舐めて、そうだと示す。
「ふふ、なんて賢いわんちゃんでしょう」
主人からは受けない賞賛に嬉しそうに一鳴きした赤丸の頭を撫ぜていたとき、
突如感じた気配に屋根を見上げると。
「村長よ、」
黒い仮面をつけて、全身黒の忍姿が8人。
肌を焼かれるような殺気に赤丸がしいなを守るようにして唸る。
「隊長、あの忍犬・・・」
「ああ、やはりここにいるらしいな」
にやりと笑ったのを、仮面をつけていても感じた。
「ここに木の葉の忍が来ているだろう」
「はあ?」
何のことやらわからない、と村長が首を傾げる。
それもそのはず、しいなは客人が来たとしか伝えておらず、その客人が忍とは知らないのだ。
「とぼけやがって・・・しかし確かにここではないようだな」
気配を探り、こちらに凄いスピードで向かってくる気配に訂正を入れる。
「あちらから来たか・・不運だったな、お前達には先に死んでもらう」
言うが早いか、黒服の忍のひとりが腰の刀を抜いて襲い掛かった。
それに応戦して赤丸が飛び出す。
上手く懐へ入り、首筋に噛み付くが、その赤丸に対し、待機していた2人が同じように得物を手にして
襲い掛かる。
そして更に違う2人がしいなと村長の方へ。
「ひっ・・・」
村長の息を詰めた声が響いたが、振り下ろされるはずの刀は宙で止まっていた。
「!!?」
村長を襲った者だけでなく、
「なん、だ・・?!」
からだが動かない。
宙に縫いとめられたかのようにびくともしない。
「で、できた・・・」
発せられた声は子供のもので。
幼い声がその地に響く。
「影縛り・・・」
一度見た術が成功するかどうかは五分五分であったが、この人数の動きを一度に止める術を、
これ以外に思いつかなかったのだ。
(術は成功した・・・けど・・)
チャクラは母譲りで多い方だがこの人数相手にいつまで保てるかどうか。
しかも赤丸と村長の影も縛ってしまったようで、この隙に赤丸が敵をどうにかすることもできなくなっていた。
赤丸の影だけどうしたら外せるのかがわからない。
「このくそガキっ・・・!!」
ぎぎ、と無理矢理術を解除しようと動き始める敵。
(かあさま・・・!)
「しいな!!」
「か・・・かあさま・・」
望んだ母の声に涙が出そうになった。
ナルトも、しいなの仕掛けた術に目を見開いて。
「よく頑張りました、目を閉じていなさい」
言うとおり目をきゅっと閉じると、数瞬で敵であった気配が霧散した。
「もう解いて良いぞ・・?」
背後に現れた気配にびくりとするが、何故か安堵できる声に耳を傾ける。
「どうしたら・・・」
「こうやるんだ」
解き方のわからないしいなの印を組んだままの手を包み、声の主が印を組み替えて行く。
幾つか組み替えると、ふ、とからだから力が抜けた。
術が解けたことを肌で感じる。
そっと目を開き見上げると、自分と同じ漆黒の目。
「・・・とうさま・・?」
思わず声に出た言葉に、声の主は嬉しそうに笑ったように見えた。
そして母を捜すと、敵を蒼い炎で焼き消し、指に絡まる銀線を一振りして血を払っていた。
蒼い炎を背にして佇む母の姿を美しい、と心から思った。
それから一週間後、ナルトはしいなと、迎えに来たシカマルと三人で木の葉に戻った。
過去をしいなに告白したとき、意外にもあっさり受け入れたのだ。
しいなにとっては母が一番であり、その母が幸せなら良いのだと。
本能的にか、シカマルのことも好いてくれたようだ。
奈良家にも快く受け入れられ、かつての仲間と担任にも会いに行った。
そこにはいつも大好きなシカマルと娘がいて。
目の前にあなたがいて
笑ってて
これが現実だということが
嬉しい
モドル