起きているのはいや

色々なことを考えてしまうから


寝るのはいや




こわい夢を





見てしまうから




空虚










まだまだ夜更け、涼やかな虫の音が聞こえる死の森を、黒い影が走る。
足取りに迷いはなく、目的を持って向かっているのがわかる。
しばらく走って、途端に視界が開ける。
ぽっかり空いた空間に、一軒の家が静かに佇んでいる。
家の周りには、その家人が好むのかあらゆる草花が植えられており、夜風に靡いている。

足を緩めて木々から降り立ち、必要ないかと呟いて犬の面を落とす。
花壇の脇で止まり、幾つか印を組んで手をかざすとゆらりと空気が揺れた。
一歩進んで、先ほどと同じ印を組むと家を囲むように空気がぴんと張った。

「・・・おかしいな・・・」
いつもなら既に気配を察して出迎えてくれると言うのに。
まだ任務中かと考えたが、確か綱手はもう帰宅したと言っていた。
探ると彼女の気配を縁側あたりから感じる。
(眠っているのか・・・?)
それならば、と足音を消しそっとそちらに向かう。
開け放たれた窓から白く細い裸足が覗く。
「ナルト・・?」
呼びかけに反応はなく、ただイルカの声だけが反響する。
目的の人物は、いた。
ぼんやりと視線を宙に浮かせ、手足を投げ出し柱のひとつに背を預けて。
眠っている訳ではないようだ、閉じてしまいそうだが目は開いていて、
時折思い出したように瞬く。

「おい、どうした・・?」
何か様子のおかしいナルトの肩を揺さぶって顔を覗き込むが、その目に自分が
映ってはいなかった。
「何があった?任務中に毒でも受けたのか・・?」
何を聞いても反応はなく、しかし毒を受けた様子でもなく、薬でもないようだ。
くまなくからだ中を確認し、しかし原因が見つからないので余計心配が募った。
「ナルトっナルト!」
なかば叫ぶように呼びかけてもぴくりともしない。
ぐ、と息を詰めてすまん、と呟くとナルトの頬を叩いたが、それでも最初の様子と
変わらなかった。
「・・・ナル・・・」
力なく同じようにナルトの前に座り込む。

なぜこんなことになっている・・?
よく見れば細かったからだは更に痩せていて、夜しか外に出ないせいなのか
肌は青白いと言っても良いくらいだ。
演技とは言え、あの元気に走り回っていた太陽みたいな子供の面影が一欠けらも
残っていなかった。

「・・・お前、何持って・・・?」
気づかなかったが膝の上に置かれた両手に何かお握り締めていた。
折り目がいくつもついたそれを見て、イルカは目を伏せた。
くしゃりと頭を撫ぜて、せめて柔らかいベッドに行こうな、と笑って抱えると
思っていた以上の体重の軽さに泣きそうになる。
勝手知ったる足取りで迷いなく彼女の自室まで辿り着くと、抱えたままガチャリとノブを回す。
中は窓辺にベッドがあるだけの部屋。
開けっ放しの窓から入ってきた風がカーテンを揺らしていた。
降ろそうと思ったらベッドの上は何やら散らかっていて、よく見るとそれは彼女の握り締めている
ものと同じであった。

白いシーツの上に、懐かしい、今より一回りも違う彼らが笑っていたり怒っていたり。
枕元に散りばめられたそれらは、彼女が毎晩それらに埋まって眠るのだと想像させられる。

そっとベッドに降ろしてシーツをかけてやる。
「ごめんな・・」
もっと早くに顔を見にくれば良かった。
忙しさに感けて、大人びた彼女はそれでもまだ少女であることも忘れて、
今回のことだって大丈夫だと勝手な確信を抱いていた。

今までのように友達とも会えず、自分を違う名で名乗り、彼女は他の子よりもひとりであった。
精神的なストレスが溜まったのだろう。
瞼を閉じさせ、自分もベッドに腰掛け月に照らされた髪をすいてやる。

ケガをしているのなら、多少医療忍術も学んでいる自分でも対処できるが、
精神的な問題では管轄外だ。
影分身を一体出し火影のもとに報告に行かせ、ナルトの脇で髪をすいてやりながら
いつしか自分も眠りについた。


開けっ放しの窓から朝日が直に入り、眩しさにイルカは目を覚ました。
「ナル・・?」
いない・・・。
姿を消したナルトの気配を追うと、案外近いところにいた。
洗面所・・・顔でも洗いに来たのだろうと、扉を開けるとナルトは何やら鏡に向かい
呟いている。
「・・・は・・・黄蝶・・・・任務・・・帰ったら・・・・・花達に・・水・・」
僅かにチャクラの流れを感じて慌てたようにイルカが鏡との間に入り、ナルトを腕に閉じ込めた。
「バカがっ・・・」

ずっと毎日こんなことを・・?
これは暗示だ。
毎日自分に言い聞かせていたのだろう。

自分は“黄蝶”で“ナルト”は死んだ、
楽しかった思い出は思い出すと辛いけど捨てられなくて、
でも大丈夫、私は大丈夫だと自分に言い聞かせていた。
それが暗示だと気づいていなかったのかもしれなかった。

ぼんやりと生気のない目でぼんやりと空を見つめるナルトを抱きしめて、
イルカはひとり息をついた。






























モドル