「じゃあ、行ってきますね」

「おー、ケガすんなよ」

はい、とナルトが笑えば月でさえ霞んで見える

そんな自分は末期だな、と苦笑して



今日も愛しいひとを夜に送り出す






キス







最近、ナルトを暗部の任務に送り出すことが増えた。
ここはナルトの本宅で。
結界が張られているため玄関に鍵は取り付けられてもいない。
付き合うことになって、ここを教えてもらった。
鍵代わりの結界解除の印も教えてもらって、いつでも来れるようにここまでのトラップの場所も教えてもらって。
死の森の奥地に建てられたこの一軒家の辺りは、木々が開けて月の光でやや明るい。
ナルトの趣味で庭に植えられた花々が月の光を浴びて光って見える。
親には表向きのナルトのアパートに泊まっていると伝えてある。
自分が娘だと言うことを忘れてしまっているのか、両親共、男の家に泊まると言っても笑顔で送り出す。
まあ、ナルトに対して里人のような憎しみを向けたことがないだけでも両親を誇りには思っている。

手入れの行き届いた庭をぼんやりと眺めながら、ナルトの無事を祈り待つ。
ここにいるときは本当の姿でいることにしているため、いつも高く結っている髪は今は腰まで下りている。
風がさらさらと髪を撫ぜて行く。

植物を育てるのが好きなのだと言っていた。
食事もナルトのお手製で。
(しかも文句のつけようもないくらい美味いって・・・)
手伝おうとして皿を割っても真っ先に出た言葉は自分への労わりばかりで。
下忍と暗部の二束草鞋のくせに家には塵ひとつ落ちていないほど磨かれていて。
女と知っても女言葉を使えと強要することもない。
今更直せる気はしないが、ナルトが望むのなら努力しようと思っていた。
(自分はすげー丁寧言葉なのにな・・・気になんねーのかな・・)
どんな時間に来たって文句ひとつ言わず笑顔で出迎えてくれて。

文句のつけようもない彼氏様だ。
容姿だって整っているし、体躯は細身ではあるが現役暗部だけあって技量が半端ない。
緋月と言えば総隊長に次ぐ強さだと言われている存在だ。
今は可愛らしくあどけなさが残っているが、もう2,3年もすれば4代目のような精悍な顔立ちになるのだろう。
九尾のことがなければ、間違いなくひとの中心に立てるやつだと思う。

自分などのどこが好きなのだと聞いたら、優しいひとだからと綻ぶように笑ってくれた。
(俺のどこが・・・?)
ナルトのように笑顔を振りまくこともしないし、誰かを支えたいなんてナルトにしか思ったことはない。
ひどいやつだと自分で思う。
でも、だからと言って彼を手放すことなどできない。

やっぱり、俺はひどいやつだよ。


なんだか何をする気にも起きなくて、寝室に向かう。
ここに泊まるときはナルトのベッドで一緒に眠る。

でも、一緒にただ寝るだけだ。
恋人になってもう半年は過ぎると言うのに、何もしてこない。
世間の恋人のような甘い睦言を交わす訳でもなく、行為がある訳でもなく。
キスさえ、ない。

(まあ、確かに自分に魅力があるとは思えないしな・・・)
そんな気も起きないのかもしれない、そう思って落ち込みベッドに沈む。
(俺で良いのかよ・・・?)
ナルトの匂いを感じて目を閉じる。
(どう見たってあいつの方が可愛い)
でっかい蒼い目、睫毛だって長くて男のくせに肌もなめらかで。
どうしても自分と比べてしまう。
(からだだって、別にデブって訳じゃねーけど胸がある訳でもないしな・・・)
母も豊満な方ではないから、将来的にもあまり期待できない。
(やっぱ何もしてこないのは、俺に魅力がないから・・・)
はあ、溜め息が止まらない。

何かしてやりたいのに、
役に立ちたいのに、
自分で良いのだと言う確信が欲しいのに。

これだけたくさん優しくしてもらって、更に彼に求めるなんて欲張り過ぎなのだろうか。

でも欲しい。

お前が俺で良いのだと言う確信が、


欲しいよ。





深夜も過ぎて明け方近い頃、音も気配もなくそっと影がひとつ降り立った。
音を立てないように廊下を進んで、風呂場に向かい、血の匂いを洗い流す。
自身にケガはなかったが、返り血を少し浴びてしまった。
風呂からあがった頃にはもう空は白み始めていた。
自室に戻ると自分のベッドには艶やかな黒髪を躍らせて眠る愛しいひと。

自分などのどこを好きだなのだと聞いたら、全てだと言って笑ってくれた。
夜中まで待っていてくれたのだろうか、枕元には本が開かれたままになっていて。
思わず笑みが漏れる。
起こさぬように隣に同じように寝転がり、寝顔を見つめる。
黒曜石のような目は今は閉じられていて見えないのが残念だ。
寝顔はいつもよりあどけなく見える。
ぱらりと頬に落ちた横髪をそっと退けてやろうと掬い取った髪をしばらく見つめ、
これくらいなら許されるだろうかと密やかに口付けて。

「俺なんかで・・良いんですかね・・・・・」
溜め息のように小さく呟いた言葉。
ずっと考えていることだ。
シカマルの言葉を信じていない訳ではない。
ただ、自分に自信がないのだ。
こんな狐憑きなどと・・・。
触れてさえ良いのかどうか躊躇ってしまう。

「良いに決まってんだろ」

「・・・っ・・・」
眠っていると思っていた人物からの思いがけない声に、手にしていた髪がぱらりと落ちた。
「すみませ・・・」
「何で謝るんだよ・・・」
起こしてしまったこと?それとも、
「・・・するならちゃんとして欲しいんだけど?」
髪じゃなくてさ、と顔を紅くして言われて、ナルトは逆に青ざめた。
「すみません・・っ・・・」
「はあ、だから謝んなよ」
「・・・ぁ・・・」
気だるい動作で身を起こしながら、シカマルが苦笑する。
「あのさ、」
「・・・はい」
「俺に触んの嫌・・?」
「え?」
思いがけない問いにきょとんと首を傾げるナルト。
そんなこと思うはずもない。
それどころか、
「俺、はシカの方が嫌かと・・・思って・・・」
「はあ?何でそーなるんだよ、触られるの嫌ってレベルなら付き合いなんかしねぇだろ」
それはそうなんですけど、と俯いてしまうナルトの頬を両手で挟んで向き合う。
「お前と付き合ってさ、もう半年たつよな・・・?」
「ハイ」
「お前何もして来ねぇじゃん」
「・・・ハイ」
語尾がだんだん小さくなって行くナルトにもうひとつ溜め息をついて。

「・・・俺は、触って欲しい」
「・・シカ・・・」
「そりゃ、俺は目つき悪いし顔だってお前みたく可愛くないし胸がでかい訳でもないし」
「え、あの、シカ・・・?」
いつの間にかずるずると頬から手のひらは落ちていて、ナルトのシャツを握り締める。
「それでもお前、俺のこと好きだって言ってくれたじゃん・・・なのに何で触ってくれねぇの・・・?」
滅多に言わないシカマルの弱音に驚きながらも、そうさせているのは自分なのだと言うことが辛い。
戸惑いながらも、そっと腕をまわして抱きしめると、応えるように自分の背にも腕が回され。
そんな動作ひとつひとつが愛しい。
「すみません・・・俺、いつも不安で・・・今でもこの腕を払いのけられたら、とか・・・
シカがいなくなるんじゃないかって、怖くて・・・」
吐露するナルトの声は小さくて、それでもシカマルの耳にはちゃんと残っていった。
「そうだな・・・」
シカマルの言葉にびくりとナルトの肩が震えた。

里にずっと虐げられてきたナルトは、ひとの優しさでも怖いのだと、知っていたはずなのに忘れていた。
自分よりもずっと不安を感じていたのだと知る。

「今みたいに触っててくれねぇと、どっかに逃げるかもよ・・・?」

ナルトの腕に力が込められる。
まるで自分の大事なおもちゃを盗られないように守っているかのような仕草に苦笑した。
意地悪を言っている自覚はある。
しかしナルトにはこれくらいで良いのだと知った。
自分が彼以上に抱きしめるくらいがきっとちょうど良いのだ。

耳が胸に当たって心音が聞こえる。
(初めて聞いた・・・)
早い鼓動は自分も同じだ。
同じことで悩んで、同じ不安を抱いていたことさえ愛しい。

「なあ・・・ついでにキス」
「ハイ・・・へっ・・・?」
見上げると、見開いた蒼が自分を見ている。
「しろよ」
「・・・上手くないですよ・・・?」
「んなの期待してねぇって」
くすりと笑って。
月明かりでも紅く染まっているとわかるナルトを見て、逆に少し余裕がでてきたらしい。
一巡視線を彷徨わせて、少し躊躇いながらも背にあった腕をシカマルの頭にまわして。
きれいな蒼。
見れないのはもったいないけど、目は閉じてやる。
壊れ物を扱うようにそっと唇を合わせ、ぺろりとなぞるように舐められる。
それに驚いて思わず開いた唇の間のぬるりとした感触に背が震えた。
「んっ・・ん・・・ちょっ・・・!」
歯列をなぞられ丁寧に口内を舐めて行く舌に思わず身じろぐ。
「ふ・・・」
ぴちゃり、と濡れた音を耳が拾って首まで紅く染まる。
(ちょっと待て・・・)
上手く息ができなくなってきたシカマルに気付き唇を離したが、息をついだのを確認すると
再び重ねられ舌を絡めとられる。
それに焦ったのはシカマルだ。
(待て待て待て待て待て待て待て)
「ん、ふぅ・・・」
(ここまでやれとは言って、ねぇ・・・!)
最初だし、誕生日の祝いごとも知らぬナルトがこんな知識を持っているとは思わなかったため、
軽いバードキスくらいだと疑わなかった。
息も絶え絶え、顔にあがった熱で視界がぼやけてきた。
砕けそうになった腰は知らぬ間に回された腕がしっかり支えられていて、神経は全て唇に集められたかのように。
散々貪られて、ようやく離れた唇をつうと透明な糸が繋ぐ。
名残惜しそうに最後に唇をひと舐めされて。
(あ、完全腰砕けた・・・)
「シカっ・・・?」
くたりとそのまま重力に従ってベッドに沈んだシカマルを抱き起こし、心配そうに覗き込む蒼が
ぼんやりと見えた。
「・・の、馬鹿・・・」
「え・・・ぁ、やっぱり下手ですか・・・?」
しょんぼりと耳を垂れたように項垂れる様子に、天然過ぎだろ、と小さく漏らす。
「逆だよ逆・・・上手すぎ。何で経験してんだよ・・・て、まさか」
色任務とかしてねぇだろうな、と力の入らぬ目で睨むと慌てて首を振る。
「する訳ないでしょう、そんな任務俺なんかに来ませんよ。シカ以外に経験なんてありません!」
じゃあなんなんだよ、今のは・・・。
「ジライヤ先生の執筆本の校正をやっていたときに色々と・・・」
覚えちゃいまして、とシカマルの熱を取るためにかいがいしく水を手渡すナルト。
(あのくそジジィ、ナルトに何やらせてんだよ・・・)
しかし本の知識だけでここまでやれてしまうのはどうなのか。
こいつ絶対天然ホストだ。
「大丈夫ですか・・・?」
澄んだ蒼にひどく照れてしまう。
ナルトの唇も濡れていて、それが妖艶な色を出していた。
「・・・ぉぅ。・・・なぁ、寝るだろ?」
「・・・そうですね」
外はもう明るくなって来ていたが、表の任務までの僅かな時間は休んでおくべきだとナルトの服を引っ張って。
ナルトの腕を枕代わりに、胸に顔を埋めてやる。
その仕草にナルトが笑ったのを気配で感じた。
そう、こちらが強気で甘えるくらいがきっとちょうど良いのだ。

優しく髪をすいてくれる手も。
自分を見つめてくれる蒼も。
労わりの言葉を紡ぐ唇も。

全てが自分に向けてくれるものだと知れば、さきほどまでの不安は何だったのかと。



そして余裕のできた気持ちで、ナルトの不安を自分が取り除いてやるんだ。



















モドル