空は漆黒
手には赤
毎日は
グレイ
融雪恋歌【1】
「たいくつだなぁ・・・」
溜め息と一緒にクナイを放って報告書を取り出しつつ後始末の炎をついでに投げる。
喉にまっすぐクナイを受けた最後のひとりが断末魔をあげる間もなく崩れ落ち、
今は蒼い炎で包まれている。
それも一瞬のこと、報告書をさらりと書き終える頃には、そこに誰かが存在したとは
思えないいつもの景色が戻っていた。
「・・・あっけないな・・・」
今日の任務はもう終わり。
報告書を提出したら、家に帰ってのんびり湯浴み、そのままベッドに入って寝てしまおう。
辺りをざっと確認して、闇に消えた。
つまらない
近頃特に思う。
ぼんやり雲を眺めたり、
将棋をさしたり、
昼寝したり?
それらは確かに自分の趣味とも言える行為なのに、
近頃それさえもする気が起きない。
「別に急ぐこともないな・・・」
ふいに何をこんなに急いで火影室に向かっているのか疑問に感じて速度を落とす。
平凡が一番
のんびりが良い
たゆたうように生きたいと
願っているのに
反面、何か起きてはくれまいかと期待している自分に笑ってしまう。
言葉を覚えるや否や、凄まじい勢いで知識を吸収し、何かを覚えることが愉しくて、
父との修行に暗号解読、果てには火影邸にまで侵入し暗号と禁術書を読み漁り。
10になる頃には暗部に入隊、入隊理由が暇つぶしに、と子供の素直な気持ちで
告げた時の3代目の表情は見物だった。
アカデミーと暗部の二束草鞋生活、それは中忍になっても上忍になっても変わらない。
そろそろ暗部一本でも良いかとも思うのだが、家柄上、表からいなくなることはできない。
もし辞めるにしても、減らすにしても暗部の方だろう。
それが嫌で今の生活を続けている。
ストレス発散になるし。
暗部の任務は壊滅や暗殺が多いだけに、気兼ねなく暴れられるのが楽だ。
生け捕りが一番めんどくせぇ・・・
「あ、」
さっきの奴殺しちゃまずかったんだ。
「・・・まぁ、良いか」
「良くないわ!!!」
「はいはい、スミマセン」
綱手の怒鳴り声に、なんとも反省の色のない返答。
「気ヲツケマス」
「気持ちが入っとらん・・・」
棒読みでの謝りに綱手は怒気も削がれソファに沈んだ。
「全くお前は・・・やればできるのになぜ時々うっかりミスしてくるんだ、シカマル」
「さぁ、年ですかね?」
「二十歳の小僧が何を言うか」
もういい、とぐったり項垂れる。
「あ、そうだった」
仰向いていた綱手が思い出したと巻き物をひとつ放り投げた。
「もうひと仕事頼む、急ぎなんだ」
「まあ良いですが・・・」
今日は比較楽な任務だったし良いか、と巻き物を広げる。
「・・・遂行は2人?誰っすか?」
カカシとかだったら嫌だなぁ、疲れるんだよな、いるだけで。
「緋月、ただいま戻りました」
ゆらりと空気を揺らして現れた黒髪の暗部に視線を投げる。
肩膝を床につけ、頭を垂れている。
ちらりと見えた面は狐面であった。
12年前のあの事件があったと言うのに狐面とは・・・。
どういう意図で?
久々に小さく沸いた疑問。
「よく戻った、顔をあげな」
許しを得て立ち上がり報告書を手渡す、それだけでなぜか絵になる。
顔は面で見えないが、かなりきれいな顔してんじゃないか?
涼やかな、男にしては高めの声。
どこか色っぽい、男のくせにくのいちのように色任務でもやっているのか?
そんな勝手な憶測を立てながらじいと眺める。
「戻ったばかりで悪いんだが、そこにいる黒月と一緒にコレも頼みたい」
自分にはない労いの言葉に息をつきつつ、振り向いた狐面に任務書を手渡す。
それにざっと目を通し、もう覚えたのかとこちらを伺い、頷いたのを見て灰にした。
「わかりました、すぐにでも。緋月と呼んでください、ええと・・・黒月?」
でしたよね、と小首を傾げる様に少々驚く。
暗部という仕事柄変化して任務している者は多い。
今の仕草で、50のオッサンとかだったら嫌だな、とこっそり思う。
「ああ。さっさと片そうぜ」
くいと窓を指差して促すと、さっさと窓に足をかけた自分の後ろで律儀にも礼をして
ついて来る緋月に更に驚く。
こんな丁寧な暗部いたのか。
音もなく地を走る2人の暗部。
自分よりひとまわりほど小さい小柄なからだ。
面からちらりと見えた薄茶の目はアーモンド形。
剥き出しの肩から伸びる白い腕には傷ひとつなく。
さきほど見た報告書は4枚、ランクは知れないが今夜だけで4つの任務をこなしている
にも関わらず、無傷で帰還とは。
華奢なからだつきとは裏腹に、強いのだろう。
まるで夜を思わせる静かで透明な気配も、そこら辺のとは違う、と横目で眺める。
“緋月”か・・・。
名前だけなら聞いたことあるな。
7,8年ほど前から現れた暗部で、任務の達成率がばか高く。
殆どを単独でこなし、滅多に他人とは組まないらしい。
本当は他言してはいけないのだが、父親と彼の友人達が飲んだ勢いで口をすべらし、
あの緋月と組んだことがあると散々自慢していたのを思い出す。
目の前を走る細身のからだ。
普段どんな色香の漂うくのいちを見ても何も思ったことなどないのに、なぜか目が行く。
・・・俺そっちの気があったのか・・・?
でもあの肌キレイだし、
すっぽり腕に収まりそうだし、
髪も柔らかそう。
そんなことばかり考える。
どうしたんだろう、俺。
「黒月」
呼ばれて背にぞくりとした感触が走る。
言いようのない高揚感。
何だ、これ?
「黒月・・・?」
返事を返さないシカマルに具合でも悪いのかと覗き込む。
「や、大丈夫だ」
既に目的地に到着しており、そっと茂みから向こうをのぞくと、闇夜に小さく焚き木が見えた。
「数は約20人」
どうしますか、と問う緋月に、
「じゃあ半分ずつな」
お前は東、と手振りで伝えて地を蹴った。
任務はあっけなく終わり、緋月が炎を放る。
2人で遂行するほどでもなかったな。
おそらくは既に数個の任務を完了させていた2人だから、保険のつもりだったのだろうが。
任務内容が殲滅だっただけに楽なものだ、と血を拭った刀をしまう。
それにしても、噂通り鮮やかな・・・。
ちらりと銀線をしまう緋月を見やる。
返り血どころかかすり傷ひとつ負わず、息も乱さず。
まるで舞うように。
それよりもあの背を預けられる安心感。
彼が強いことを聞いていたからかもしれないが、初めての経験に心が浮き立った。
「お疲れ様です」
「ああ、お疲れ」
面で隠れて見えないが、緋月が微笑んでいるのを感じ、珍しくシカマルも笑い返した。
「見事だな」
「?何がです?」
「かすり傷ひとつない」
ああ、と頷き、あなたもでしょうと肩を竦めた。
「安心して背を預けられた」
「え・・・」
珍しく素直に心の内を見せてしまった自分に驚きつつ、告げられた当人はもっと驚いたように
こちらを凝視している。
「お、恐れ入ります・・・」
嬉しそうに揺れた目が何故か蒼く見えた。
静かな蒼。
もしかすると、彼の目は本当は蒼いのかもしれない。
「ツーマンセル組まなきゃならないときは、お前を指名して良いか?」
「えっ・・・」
信じられない、とばかりに開かれる目。
そのでかい目、どこまで開くんだろう、とくつりと笑う。
「嫌ならいい」
「嫌だなんてそんなっ・・・」
慌てて否定する姿は必死でかわいい。
そう思った自分は本当に変態かもしれないと本気で思うが気にはならない。
「じゃあ決定な」
「え、あ、の・・・よろしくオネガイシマス・・・」
ふかぶかと頭を下げる小柄な暗部に苦笑して、手を伸ばすとおそるおそる重ねてくる。
思ったとおり柔らかい肌。
知らず知らず唇が弧を描く。
帰るか、と里を目指して再び夜に溶けた。
空は漆黒
手には温もり
これから始まる毎日は
フルカラー?
モドル