かわいいまるで弟のようなあのこは
いつも同じひとを目で追いかける
その気持ちが恋だって
気付いてる?
融雪恋歌【2】
午前2時。
丑三つ時とも呼ばれる静かな夜で、まだまだ騒がしい店が一軒。
0時を過ぎると、殆どが忍ばかりで席が埋まる飲み屋だ。
店の半分が個室で、内装もなかなか洒落ているとくのいちの間でも人気が高い。
その店の奥、短い廊下の下は池がはっており、その先には予約しなければ入れない
座敷がひとつ。
「ほらほら、ナル君も飲んで飲んで!」
「そうだそうだ、どうせイノイチのおごりだからなー」
「おごるのはナル君だけだよ!シカクは払ってもらうよ!?」
「なんだよ、ケチくせぇなー」
「ちょっと、二人とも飲み過ぎだよ〜・・」
酒の勢いが止まらない大人が二人、良い加減呆れ果てたチョウザが遠慮がちに食事を
とる小柄な少年に、ごめんねと謝る。
「そんな・・・誘っていただいただけで嬉しいです」
そう言って笑う少年に癒されつつ、先ほど届いたデザートをすすめる。
「ここは手作りシャーベットがおすすめだよ、柚子と桜とどっちが良い?」
半円を描いた涼やかな色に、ガラスの淵には砂糖が飾られていてきらきらと煌めいている。
「迷いますね・・・」
奥ゆかしい白黄色も、艶やかな桃色もどちらも美しい。
「じゃあ両方食べよう」
2個ずつあるんだしどっちの味も楽しめるね、と渡される。
「え、でも・・・」
「いいよいいよ、あの二人の言い合い待ってたらどうせ溶けてなくなっちゃうよ」
「ありがとうございます」
目の前のシャーベットをじいと眺め、どちらから食べようか迷う姿は愛らしい。
初めは、飲み屋ということもあって二十歳ほどの姿に変化していたが、一通り料理が
揃ったこともあり、本来の姿でそこにいるナルト。
今日は暗部も表も任務はなく、珍しく休日が重なったことをどこで知ったのか、
なかば拉致されつつ今に至る。
父でもある今は亡き4代目と友人であったよしみなのか、ことあるごとに自分を
気にかけてくれる猪鹿蝶を、ナルトはとても気に入っていた。
時々暗部でも隊を組んだりする。
取っ組み合いを始めたシカクとイノイチを、いつものことだと微笑ましく傍観。
喧嘩をしても仲の良い3人が羨ましいと、ナルトが笑う。
横を向いた際に見えた、上着で覆い隠された打撲のような痣が、赤黒く幾つか痕を残していた。
里人の、ナルトへの仕打ちは目に余るものがあり、けれど里人を不安にさせないため
暗部になれるほどの能力を持つ少年は、出来損ないを演じるためにケガが絶えない。
今日もアカデミーの帰りに里の大人に囲まれたらしく、彼は何も言わないが痛々しい痣が
白い肌に張り付いていた。
息子は自分に似て体格が良いから比べても仕方ないが、それでもイノイチの娘よりも
細い手足にチョウザは胸が痛んだ。
「ナル君、ちゃんと普段食事とってる?うちはナル君の食べる分くらいいつでもあるから
毎日でも来てくれたって良いんだよ?」
「ありがとうございます、とってます大丈夫です」
本気で心配してくれる数少ない大人、猪鹿蝶と3代目、あとはイルカくらいか。
イルカは暗部の総隊長ということもあり、表でも裏でも何かと世話になっている。
生き辛い里ではあるが、彼らがいるというだけで守る価値があるとナルトは思う。
「ナルト〜アカデミーはどうだぁ〜?」
かわいい子はいるか?としなだれかかるシカク。
「いるよね〜うちのイノちゃんが!」
「出た娘バカが!」
「なんだと!?うちのイノちゃんは世界一かわいい!シカクはわかってないー!!」
また始まる喧嘩にチョウザとナルトはシャーベットを持って非難する。
「そう言えば、昨日はシカマル君と組んだんだって?」
「あ、はい・・」
一瞬その名前にどきりと心臓が跳ねた。
「どうだっ「ナルトーうちの倅が迷惑かけたろー悪かったなー」
チョウザの言葉に割り込み、シカクがいつの間にか後ろから抱きつく。
「そんな・・・とても優秀ですよ、どの部署でも引く手あまたで・・・」
「あーまあ、頭はちいとばかし良いみたいだが・・・私生活が怠惰過ぎてな・・・」
休日は将棋さすか本を読むか昼寝するか。
「二十歳のくせに隠居生活満喫しているようなやつだ、信じられん」
そのうち盆栽とか買ってきたらどうしようと本気で悩むシカクに苦笑する。
「ちゃんと嫁もらえんのかね、あいつは・・・」
溜め息とともにグラスに残った酒をあおぐ。
「そんなの、ナル君がお嫁に来てくれるじゃない〜」
「っ・・・」
イノイチの発言にスプーンを咥えたまま固まるナルト。
「はあ?なんでナルトが嫁に来てくれるんだよ」
訝しげな顔をするシカクに、自慢げに胸を張るイノイチ。
「だってナル君シカマル君好きだもんねぇ〜?」
「!!!」
咥えていたスプーンが畳に落ちた。
「そうなのか?」
「あ、や・・・」
酒のせいで紅く染まった顔でシカクがこちらを見据える、シャーベットで冷えたはずの
からだから何故か汗が伝う。
早く否定しなければ。
ずっと好きだったなんて死んでも言ってはいけない。
せっかくこうして気にかけてもらって食事にも付き合ってくれる人たちに、
迷惑をかけるなんてことはあってはいけない。
「ちが「だってうちのイノちゃんが言ってたもん〜」
ナルトの言葉を遮ってイノイチが高らかに明言した。
イノが・・・?
彼女とそんな話したことなかったはずだとナルトは必死に記憶を辿る。
「ナル君がシカマル君のことよくじっと見てるって〜、あれは恋する乙女の目だわって、
うちのイノちゃんが言うんだもんー、女の子は感情に聡いからね〜」
「・・・」
そんなにあからさまに見つめていたのだろうか、とナルトは反省した。
無自覚だっただけに自己嫌悪に陥る。
「ナルト、ほんとか?」
真剣な眼差しを受けて、ぐ、と詰まる。
「ナ・・・」
「すみません!」
ざ、と音を立てて畳に額をつけ謝る。
その行動に3人共が固まった。
すっかり酔いが醒めた。
「自分の立場も弁えず・・・!」
声が震えて上手く言えたかもわからない。
ひたすら謝り続けるナルトにおろおろと戸惑う大人達。
「え、ちょ、そんな・・・」
「そうだよ、なんで謝るの?顔あげてよ」
「そ、そうだぞ、ほら」
なかば無理やり起こすと、すっかり青ざめた顔。
目には涙が溜まっており、いっそう深い海の色になっていた。
「大丈夫だよ、ナル君が心配するようなことはないんだから」
はい、と渡された濡れタオルを受け取って、目にあてる。
「・・すみませ・・・っ・・・」
優しくされて気が緩んだのか、堰を切ったように泣き出したナルトを、
やっと大人しくなった大人達が静かに慰め始めた。
「大丈夫か?」
泣き腫らして余計に紅く腫れた目を労わって、新しく濡れタオルを手渡すシカク。
「はい・・・すみません・・・」
人前で泣いてしまった恥ずかしさからか、頬も紅く染まってしまった。
「別にお前が誰を好きになろうと、それはお前の自由なんだから、だからその、なんだ・・・」
「そうだよ、うちの子達を好きだって言ってもらったら僕達嬉しいよ」
上手く表現できないシカクに付け足すようにチョウザが笑う。
「ありがとうございます・・・」
やっと涙が引いて薄く笑うナルトに、空気が少し緩んだ。
「しかしよー、あいつのどこが良いんだ?」
「え・・・」
「や、俺が言うのもなんだが、二十歳のからだしたじーさんだぞ?」
「そうそう、シカクに似てつり目だし」
「つり目は別に良いだろ」
漫才のようなやりとりに、ナルトが笑った。
「・・・5年ほど前に、一度助けていただきました」
ふわりと、控えめに笑むナルト。
「ふんふん、それで?」
「終わりです」
「え?それだけ?」
「そうです」
『・・・』
5年ほど前に、里人の暴行を受けている際に助けてもらったのだと言う。
ケガの手当てをしていただきました、と頬を染めるナルト。
「そんなヒナの刷り込みみたいに・・・」
可哀想なナル君、とイノイチの突っ込みにシカクとチョウザも無言で頷く。
不思議そうに見つめる3人に、当たり前のように接してもらったことが
嬉しかったのだとナルトが言う。
人として当たり前のことなのに、そんな思い出を大事そうに語るナルト。
それほどまでに里はこの小さな少年に厳しいのだと、実感させられる。
「・・・ナルト」
「・・はい」
ぎゅうと腕に抱きこんで。
「ありがとな」
きょとんと首を傾げるナルトに、
「うちの倅なんかを好きになってくれてありがとうってことだよ」
「・・・・・」
笑うシカクの顔に、シカマルの面影を見つける。
再び泣き出した子供に、必死で宥める大人が3人。
いつも同じひとを目で追いかける
その気持ちが恋だって
気付いてた
モドル