思っているだけで


見ているだけで良かったのに



なんでこんなに






心が痛い









融雪恋歌【3】










「シーカーマールー!!!!!」
すたーんと小気味良い音を立てて、襖が開いた。
そして廊下に飛んで行った。
「なんだ、酔っ払いが」
そして今何時だと思っているんだろう、この父親は。
既に朝とも言える時間帯。
今日は猪鹿蝶の母親達で温泉に行くと言っていたから、飲みに出るとは思っていたが、
ここまでべろべろで帰ってくるとは。
溜め息をつきつつ読んでいた巻き物を置いてコップに水を注いでやる。
「おら、それ飲んでさっさと寝ろ」
「おー・・・」
生返事で廊下に寝そべるシカク。
ひんやりとしたフローリングが酒で火照った顔に気持ち良いのだろう、大の字でうつ伏せた
ままもぞもぞと涼を楽しんでいる。
「そんなところで寝るな」
「うるせぇな〜・・・母ちゃんみてぇ・・・」
せっかく旅行でいねぇのに、と不満そうに漏らす。

「こんな趣味が昼寝と将棋と読書で小うるさい姑のどこが良いんだ〜・・・」
「はあ?何言ってんだ?」
訝しげにシカクを見下ろすと、とろりと半分閉じかけの眼で睨んでくる。
「お前のことをだなぁ・・・好きだって言うやつがいるんだよ」
しかと聞け、と座りなおしお前もそこになおれと床を指差す。
無視すると余計うるさいのを知っているため、しぶしぶながらも言うとおり座る。

「かぁわいいやつなんだよ、可哀想な環境によぉ、あるんだけどな・・・」
「はぁ・・・」
「優しいし、お前が昔助けてくれたってそんなことずっと覚えてんだぜぇ・・・
好きになってすみませんなんて謝るしよぉ・・・」
昔助けた・・・?
何のことで誰のことでいつのことだと頭をひねるが、すぐには出てきそうもない。
「誰だよ一体」
「からだなんて他の同年代よりも小さくてよぉ・・・」
「無視かよ・・・」

適当に相槌打ってやり過ごすか、手刀で落とすかどちらにしようかと考えているうちに
ばたりと床に倒れて鼾をかき始めた父親に上着をかけてやり、最後にひとつ溜め息を漏らし
自室にあがった。





ボロ屋のアパートで鼻歌ひとつ。
うきうきと暗部服に腕を通すのはナルトだ。
今日はツーマンセルだからシカマルと組む。
ナルトは黒月がシカマルだと知っていた。
暗部に入隊して出会ったときすぐに気付いた。
シカマルはチャクラの質まで変えている訳ではない。
今まで正体がばれずにいられたのは、単独任務が多いのと、表での任務で組む者に暗部姿で
会うことがなかったためだろう。
火影はもちろん、シカマルをよく知る猪鹿蝶とナルト、そして表での正体を全て把握
している総隊長であるイルカは既に知っている。


―――安心して背を預けられた―――


初めて同じ任務をこなし、与えられた賞賛。
紅く染まった頬を手のひらで押さえ、うっとりと目を閉じる。
内心冷や汗を滲ませつつ、任務を終えた。
ずっと想っていたひとのため、少しの失敗も許されない、そう思って頑張った。

もっと頑張ろう。
彼の役に立てるように。
迷惑をかけないように。
足を引っ張ることだけはしたくない。

心が浮きたつ。
夜が待ち遠しい。
会いたいです。





「早いな、緋月」
「あ、はい、今日は、たまたま・・・」
ただ早く会いたくて一時間も前から火影室にいたとは言えない。
シカマルの中では、真面目なやつだと、緋月のプロフィールに加えられる。
「任務内容は既に緋月に伝えてある」
立て続けに5件入っているからさっさと任地へ行け、と綱手が促した。
「御意に。走りながらだが説明頼む」
ひらりと窓に足をかけ跳躍、一瞬考えてからシカマルに続いて緋月も窓から。
後ろで綱手が何やら叫んでいた。





ぱたぱたと雫が岩肌に水玉模様を増やす。
(失敗してしまった・・・)
本日最後の任務だからと気を抜いてしまったのだろうか。
揉み合った際に川に転がり落ちたとは、
(言えない・・・)
情けなさ過ぎる。
ざしゅりとクナイで喉元を切っ裂いて最後のひとりが派手な水飛沫を立てて倒れた。
月明かりで水が赤黒く濁って行くのが見える。
重くなった死体を川から引きずり出して岩場に放ると、いつも通り蒼い炎で後始末。
水分を含んでいても灰にまでする炎。
揺れていた水面にはすぐに元の流れを取り戻し、ゆらゆらと黄色い月が映し出された。
濡れたサンダルはすぐには乾かないが、服くらいならば風遁で乾かせる。
張り付いていた服を脱ぎ、ぎゅうと絞ると面白いほど水が流れ出てくる。
風遁を使いつつ、ばさりとはらえばすっかり乾いた上着。
ズボンはさすがに脱げないな、と仕方なく軽く絞っただけにして膝下まで折り曲げた。

「終わったか?」
びくりと振り向くと、向こうも後始末を終えたらしいシカマルが岩場から顔を覗かせていた。
「あ、はい・・・黒月は」
「こっちも終わった」
二手に分かれていたために、先に終えたシカマルの方が捜しに来てくれたのだろう。
シカマルの方に一歩踏み出すと、びちゃりとサンダルが水音を立てた。
「川に落ちたのか?」
く、と笑われてナルトは真っ赤になって俯いた。
面を被っていても耳が紅くなればさすがにわかる。
「ケガはないみたいだし良かったよ」
「・・はい」
しょんぼりと肩を落とす姿はまるで叱られた犬のよう。
「しょげるなよ」
そんなことくらいで、と胸ポケットから煙草を取り出し慣れた動作で炎を燻らす。
煙草吸うんだ・・・。
新たにシカマルの情報が加わる。
お前は?と振って煙草が一本差し出されたが、生憎喫煙とは無縁。
すみません、と丁重に断る。
そうか、と受けて躊躇いなく面を落としたシカマルにナルトが驚く。
「・・・先に、報告に戻ります」
基本、暗部仲間であってもお互いの顔は秘めておくものだ。
シカマルが何を思って面を外したかは知れないが、一応見ないように背を向けておく。
「いーよ、少し休んで一緒に帰ろうぜ」
ふぅと息と共に吐かれた白い煙がシカマルの頭上で消えていく。
「・・・はい」
どう接すればよいのかわからないまま、とりあえず俯いたままシカマルの傍に腰を下ろす。
「別にこっち向いても良いぜ?」
喉で笑いながらナルトの顔を覗き込む。
(わ・・・)
初めてこんなに近くで見た・・・
いつもはこっそり遠くから、たまたま見つけられたときだけ見ていた。
自分の立場は弁えている。
自分から、彼を見るために出向くことはできない。
闇色の目。
吸い込まれそうだ。
彼の目を見つめ続けていたら、きっと自分の蒼も彼と同じ色に染まってしまうと本気で思った。
「俺のことはどうせ親父達から聞いてるだろ?」
「・・・はい。シカマル、さんですね」
「急にサン付けんなよ、呼び捨ててくれ」
「わ、かりました・・・シカマル」
訂正したナルトに満足そうに笑うと、あー終わったーと足を投げ出し寝転がった。
下は岩場なのに痛くないのだろうかと危惧するナルト。
本人は全く気にはしていないようだが。

「お前、親父達と仲良いのか?」
「え?」
「あ、いや・・・」
話を振っておいて濁すシカマルに首を傾げながら、
「ええ、大変お世話になっています。俺なんかを食事にまで誘っていただいたりして」
本当に良い人たち。
知らず知らず笑みが漏れる。
「よくあのテンションについていけるよなぁ、俺は無理だ」
はあ、と溜め息を漏らすシカマル。
「そんな・・・いつも楽しませてもらっています」
「いや、お前、もっと怒っても良いと思うぞ。昨夜だって・・・まあ昨夜と言うか今朝と言うか、
明け方まで飲んだ暮れてよ、何かよくわかんねーこと口走ってるし」
本当に嫌そうに眉を寄せるシカマルに苦笑しながら、先を待つ。
「なんか・・・昔俺が助けたらしい奴が俺を好きだとかなんとか」
「――――――――――」
ざあ、と血の気の引く音が聞こえた。
チャクラがおおいに揺れたが任務が終わって休息状態に入っているシカマルは気付かない。
「聞くところによると、すんげー器量良しで性格良しだと。おかしいだろ?」
「・・・」
そんな良い物件が俺なんかを好くなんてありえない、と笑うシカマル。

・・・なぜ・・・

まさかシカクがあっさりそんなことを本人に告げるとは思っていなかった。
よかれと思ってしたことなのだろうが、頼んでいないと叫びたい。
ひっそりと、想うだけでも後ろめたさを感じているのに、シカクは一体どうしたいのか。

でも。
シカマルは誰のことなのかわかっていない様子だ。
それが救いだった。

(だって・・・)
好いてもらえる訳がない。
ただでさえ面倒がきらいな彼が、自分のような狐憑きと関わるはずもない。
こうやって、暗部の“緋月”として彼と共に任務を遂行する。
それがギリギリのラインであろう。
それだけで良いと、思っていた。

紫煙がゆっくり立ち上る。
シカマルは空を見上げたまま、


「本当、めんどくせーよ」


「・・・っ・・・」
背中から冷たいものが走り抜けた。
からだが強張る。
冷えた汗が伝った。
ひゅうと掠れた息が喉を抜ける。
(わかってたはずです・・・)
だからショックを受けるなんておかしい、予想していたことだ。

「わり、つまんねー話したな。出掛けまでずっと親父に言われてたからつい・・・」
何も喋らなくなったナルトに気付き、謝るシカマル。
いえ、と声は出ただろうか。

面をつけていて良かった。
歪んだ表情を見せずに済んだのは不幸中の幸いか。
「戻りましょうか」
声が震えなくて良かった。




帰り道、どこを通って帰ったのか覚えていない。
湯浴みを終えて、いつの間にかアパートの自室にいた。

ぱたり。
白いシーツに水玉ひとつ。

・・・雨?
そう本気で思った自分は、思っていたよりずっとショックを受けたらしい。
ぱたぱたと染みを作る水が自分の目から生まれているのにもしばらく気付かず。
「・・・っ・・ふ・・・」
片手で口を覆い、空いた手で印を組み結界を張る。
ぴんと張った空気。
それを感じて、

一晩中泣いた。













思っているだけで


見ているだけで良かったのに



なんでこんなに






心が痛い







モドル