かわいいまるで弟のようなあのこは
いつも見ていたあのひとを見なくなった
今どんな顔しているのか
わかってる?
融雪恋歌【4】
「ナルト、あんた見なくなったのね」
「ほぇ?」
唐突に寄こされたイノの言葉に素で聞き返した。
「何をだってばよ?」
「あら、とぼけるのねー」
つんと背を向けて歩き出すイノ。
今日は下忍任務が合同であったため、さきほど終わってまっすぐ帰宅しようとしたところ
イノにつかまってしまい、今は彼女オススメだと言う甘味屋へ向かっている。
サクラもヒナタも今日は都合がつかなかったらしく、そのためナルトにお鉢がまわって
来たということだ。
言わずもがな、チョウジは店にも着いていないにも関わらず、注文するメニューを決定していた。
「チョウジ・・・イノは何を言ってるってば・・・?」
こっそりと情報収集。
「ナルト、ほんとにわかってないの?」
「え・・・」
困ったような表情で見つめるチョウジに、何を?と再度問う。
「ナルト、最近鏡ちゃんと見た?」
「・・・」
「ひどい顔してるよ」
そう告げてさっさと甘味屋ののれんをくぐってしまった。
ひどい顔・・・?
ふと横にあった窓に映った自分の顔。
「・・・」
泣き腫らした目はようやく紅みが引いてきたが、暗く沈み疲れた顔。
元気がモットーの“ナルト”とはほど遠い。
「・・・・・・・」
先ほどの合同任務でやたらちらちらと視線を感じたのはこれか、と息をつく。
腫れ物を触るような態度におかしいと感じる余裕さえもなかったらしい。
「・・・!」
覚えた気配に慌てて通りに背を向ける。
建物の隙間に身を隠したかったが、下忍姿できれいに気配を消すことはできない。
自分の影に大人の影がひとつ重なり通り過ぎて行った。
振り向かない。
振り向けない。
見なくても誰だかわかるから。
―――――――あんた見なくなったのね―――――――――
「・・・・・・・」
ちがうよイノ。
見なくなったんじゃない。
見れなくなったんだ。
月が高く上がり長い影が落ちた。
「2番隊の燕です!黒月さんとご一緒できるなんて光栄です!!」
「・・・緋月は?」
やってきた目をきらきらと輝かせる暗部を一瞥し、火影に疑問を投げた。
ツーマンセルのときは、彼を指名すると告げたはずだ。
「・・・今日はそいつと行ってくれ。緋月は都合がつかない」
「今日で4度目ですが、どういうことですか」
緋月と共に任務したのは最初の2度だけ。
それから一切姿すら見ていない。
「知らんわ、お前が・・・何か気の障るようなことでも言ったんじゃあないか?」
「・・・・・・・」
呆れたように綱手が言い捨てる。
知らない、と答えたと言うことは、都合がつかない訳ではなく、緋月から断りを入れて
いるということだ。
あながち綱手の言う通りなのかもしれない。
2度目の任務で何かあったか・・・?
まさか川に落ちたことを笑ってしまったからとか?
出会いがしらから記憶を辿り始めたシカマルに、存在を忘れられていた暗部がおそるおそる
声をかけ、なかば引きずられるようにして火影室を出た。
いらいらする。
いや、何か・・・“焦る”?
自分の気持ちがわからない。
ごちゃごちゃとしていて整理のつかない心情に焦れる。
原因だけはわかっている。
黒髪の、狐面をつけたあいつだ。
会ったのは2度だけ。
ひとに頓着しない自分が初めて目で追った人物。
華奢なからだつきを裏切って、まるで舞うように戦う姿に見とれた。
どこか懐かしい気もしたのは、もしかすると本体と会ったことがあるのかもしれない。
きっとあれが変化した姿なのだろうことは、憶測だが自信がある。
薄茶の目が、動揺すると蒼に見えるときがあるからだ。
なぜ俺を避ける?
会いに来ない?
今誰といるんだよ
緋月
「黒月さん!!」
冷えた風がこめかみを通った。
面の端がパキンと割れた。
対峙していた敵の首を暗器で落とし、ついでに試作段階の術をひとつ投げるとゴォ、と
唸りをあげて蒼い炎が辺りを円形に走った。
飛べ、と手振りで指示し跳躍する。
燕が射程範囲を超えたのを確認してひとつ印を切ると、ラインだった円が波のように円内に
いた敵を全て飲み込み更に大きく炎があがった。
(・・・あいつの目みてぇ・・・)
蒼い炎。
静かでひんやりとしている色なのに触ると火傷する。
敵が全て灰になった頃、まるで炎などなかったかのうように蒼い炎が消えた。
地面に生えていた草花はそのまま残っており、煙さえ立てずに。
ああ
「そうか・・・」
いつの間にか
あの蒼い炎にあてられたんだ――――――――
心なし胸の内のうずきがおさまり、ぼんやりと月を見つめたまま立ちすくむ黒月。
「・・・・・・・・!!!」
愕然と、月を見つめたまま動かないシカマルに燕が駆け寄る。
「どうしました?」
「・・・悪い」
「え?」
「これ」
頼んだ、と任務報告書を渡され瞬身で消えたシカマル。
後には面で表情は見えないが、ぽかんと口を開けて立ちすくむ暗部が一名取り残された。
静まり返った町並みを、影がひとつ走る。
まるで追われている者のように、焦りをありありと滲ませて。
(馬鹿だ・・・)
何で気付かなかったのだろう。
あの蒼い目と、今頭上にある月のような色の髪を持つ人物。
俺は知っていたのに。
あの揺れた蒼い目を、俺は昔見たことがあるのに。
―――なんで?
お前はそう言ったな。
なんで自分など助けるのかと。
あの時の目。
お前だったんだな。
―――お前のことをだなぁ・・・好きだって言うやつがいるんだよ
―――可哀想な環境によぉ、あるんだけどな・・・
―――お前が昔助けてくれたってそんなことずっと覚えてんだぜぇ・・・
―――好きになってすみませんなんて謝るしよぉ・・・
今になって思い出すなんて、こんな気持ちを知るなんて、馬鹿だ。
里で有名な彼の家は、調べずとも知っている。
気配を探ると彼はちゃんと家にいるようだ。
影分身でなければ良いが。
対してアパートの自室でナルトはひとり焦っていた。
(なんで・・・?)
今ぐんぐんとすごいスピードでこちらへ向かっている気配に。
目的を持って動く気配に動揺が隠せない。
もしかするとただ方向が合っているだけかとも思ったが、今の時間帯からして暗部の任務
の帰りだろう。
それならば火影邸へ向かうはずだし、方向が全然違う。
迷いなくこちらへ近付いてくる気配に心臓がうるさく訴える。
2度目の任務以来、ツーマンセルを断っていたのに対して怒っているとか・・・?
でもシカマルは緋月がナルトだと気付いていなかったはずだ。
全くもって真意が見えないが、とにかく今は“ナルト”だ。
この時間帯は熟睡していなければならない。
動悸をなんとか落ち着けようと、とりあえずベッドに入ることにする。
ひたりと、窓の外に静かな気配が現れる。
夏場ということもあり、窓は開け放されていた。
深く息を吸い、コンコンと窓ガラスを小さく叩く。
「話がある」
中ではすうすうと規則正しい寝息が聞こえている。
「少しだけで良いから出て来てくれ」
隣室に届かないほどの静かな声で。
「手間はとらせない。・・・緋月」
寝息がぴたりと止まった。
ぱちりと瞼があがる。
子供らしく投げ出されていた足を整え、ゆっくりとベッドの上で窓にもたれるように。
「・・・何ですか」
緋月の声。
どくりと心臓が鳴った。
「俺のこと、シカク達から聞きましたか?」
窓枠に腰掛け、聞いてない、と首を振る。
「最近、お前に会ってなかった」
「・・そうですね」
「原因は、俺だろ」
めんどくせぇよ、と漏らしてしまった一言がお前を傷つけたのだろうと。
押し黙ったナルトにやっぱり、と眉を寄せる。
「おこがましいと思っています」
しばし沈黙があって、それを破ったのはナルトだった。
「好きになったって相手の迷惑にしかならないことくらいわかっています」
静かに言葉を紡ぐナルトだったが、爪の先は僅かに震えていた。
「あなたとの任務を断ってしまったのは謝ります。でも今の俺ではあなたの役に立てない。
精神的に安定したら、また組んでいただこうとも思っていましたが・・・」
正体を知られたからにはそれもかないませんね、と薄く笑った。
「悪かった」
「・・?」
突然の謝罪に首を傾げる。
「俺がお前を傷つけた」
「・・・違いますよ、俺が勝手に傷ついただけです」
「そんな言葉で終わらされたら困るんだよ。・・・後悔、してる」
シカマルの言葉にナルトが振り向く。
月に照らされて、金髪がきらきらと、まるで発光しているようだ。
目は、いつか緋月の姿で覗き見たあの蒼い目。
自分が追い求めていた目だ。
「お前いないといらいらするんだよ」
「え・・・?」
「お前ばかり思い出して」
都合の良い、夢だろうか?
「初めてひとに興味持ったんだ。さっきナルトと緋月が繋がって、焦った」
昔に出会っていたことに。
そんなささいな思い出を大事に胸にしまっていたお前に。
少々ぼんやりし過ぎていたようだ。
「さっきまでずっと腹の奥がぐるぐるしてて、でもお前に会ったらすっきりした」
「・・・」
自分もだ、と思わず腹をさする。
でも代わりに胸が苦しいのは仕方がないと思う。
「今更だけど、お前が好きだよ」
いつの間にか面を落としていて、夜色の目でまっすぐ見つめられる。
「・・・」
「は、ちょっ・・・緋月っ??」
蒼が揺れたと思ったら、ぼろぼろと大きな涙が溢れてきて。
驚きつつも、顔を両手で挟んで指で涙を拭っていく。
小っせぇ顔。
自分の片手で頭が掴めそうだ。
からだだって出来上がっていない柔らかい肌。
同年代の、しかも女であるイノよりも細いんじゃあないか?
まさか12の子供だったとは・・・。
自分でも泣いてることに今気付いたのか不思議そうに見つめてくる。
止まらない涙に手で拭うだけでは足らなくなって、少し躊躇ったあとに背を覆うように
抱きしめた。
「何で泣くんだよ・・・」
今更だと、怒ったのか?
「・・・・て・・」
微かに自分の胸から聞こえた声を、耳は正確に聞き取った。
嬉しくて
律儀で真面目な金髪は、今でも自分のことなどを想ってくれているのか。
心地の良い胸の圧迫感にうっとりと目を閉じて、抱きしめなおしてついでに頭も撫でてやる。
その感触が嬉しかったのか、頭を胸にこすり付けるような仕草を見せた。
「あー・・・」
畜生。
もっと早くに気付けば良かった。
かなり損をした気分になる。
「・・・シカ・・ル」
涙で濡れた、掠れた声。
腕の力を緩めてやると、ごそごそと動いて紅い目で上目遣い。
「・・・面倒・・なのでは、ないの、ですか・・・」
途切れ途切れに話す様に、まるで情事の最中のようだと思った自分に苦笑する。
「お前のことに関してはな」
シカマルの言葉に、嬉しそうに細められた蒼から溜まっていた涙が頬を伝って落ちた。
「お前の方こそ」
「え・・・んっ・・」
ぺろりと頬に残された涙の跡を辿るように舌を這わせ、
「こんな面倒な男に惚れられて」
そのまま目尻に口付けて。
「後でめんどくせぇって言っても手放せねーぞ」
それでも良いのか、と。
「俺・・・」
腹をさするように撫でる様子にシカマルが笑う。
「その腹の中の奴もひっくるめてお前が好きだよ」
驚いて目を見開いて、思わずシカマルの腕から逃れ後ずさる子供の足をすかさず掴み。
「だから逃げんな目を逸らすな。さっきも言ったがお前を手放す気が俺にない」
可哀想にな、と艶やかに笑ったシカマルに目を逸らせず。
そのまま唇を合わせられても。
「っ・・シ・・」
重ねられたのは一瞬で、それでも驚いたショックで涙が止まった。
「次のツーマンセルはちゃんと来いよ?」
言葉が上手く喉から出なかったので、こくりと深く頷く。
それを見て満足そうに微笑むと、静かに夜に溶けた。
オヤスミとナルトの耳にだけ響いて。
いつも見ていたあのひとが近くに立った
今自分がどんな顔しているのか
鏡は当分見れない
モドル