―――すみません。今日は今から任務へ向かうので会えません。終わったら顔を見せに行きます。

―――そうか、わかった。気をつけて行って来いよ。



最近そんな式のやりとりが増えた気がする。






手をつなぐ







「なんだ、今日は休みか?」
早く帰宅した父がサンダルを放り投げながらそう言った。
「ただいまくらい言えよ・・・今日はたまたまだ」
そう、今日は珍しく解部の仕事が普段より少なかったのだ。
「へーえ、とうとう首切られたかと思った」
「なんで」
「意味はない。冗談だろ〜」
真面目に取り過ぎ、つまらん息子よ、と口を尖らせてみても全然かわいくはないと眉を寄せる。
「そう言えば最近ナルト来ねぇな〜、喧嘩してんのか?愛想つかされてんのか?」
「あいつとなんて喧嘩になんねぇだろ」
表のナルトは別として、自分の気持ちを押し付けることなどしないナルトとは、喧嘩などになるはずもなく。
「じゃあそろそろお前に愛想が尽きたんだな〜。ちゃんと優しくしてやってんのか?」
「・・・・・」
お前彼氏としての甲斐性とか無さそうだし、と本気で心配する父に苦い顔をしつつも茶を出してやる。
すぐに言い返すかと思ったら、数秒何か考え込む仕草を見せる息子に首を傾げつつ、答えを待ってやる。
「・・・下忍任務が終わったら迎えに行ってやると言っても丁寧に断られるし、暗部の任務前の迎えも
よく断られることが多い・・・」
最近は特に多い気がする。
「はあ・・・要するにアレだな。仏頂面のお前を連れて歩くのが恥ずかしいとか、」
ぴくりと俯いたままシカマルの肩が揺れる。
「夜にも顔合わすのに昼間まで見たくないとか、」
顔色が明らかに悪くなる。
「他の男と仲良く手でも繋いで帰ってるのかもなあ・・・」
面白いくらいに青くなって行く顔色。
息子がこれほどまでに表情を崩すことを見たことがあったろうか。
一応手で隠しつつも苦笑するが、シカマルはそれどころではないらしい。
今頃何通り目の予想を展開しているのだろうな、と眺めつつ。
「まあ、それはないだろうな。不思議なことにあいつお前にベタ惚れだから」
「・・・・・・」
お、浮上した。
面白ぇな〜と人の悪い表情でにやりと笑う。
このくそ親父が、と怒気と一緒に吐き出しながら、しかしそれではナルトは誰と過ごしているのだろうと。

珍しく百面相しているシカマルを眺めながら、ふとカレンダーを見上げる。
そしてだんだんと表情が険しくなって行く父に気付く。
「・・・なあ、ナルトが断る回数、最近になって増えてるんじゃあないか・・・?」
「え?」
確かに、最近は特に多いがそれがどうしたのだろうと伺い見る。
「増えてるんだな?」
「あ・・・あ、確かにそうだけど」
肯定すると表情が沈むシカクに、嫌な胸騒ぎを覚える。
「なんだよ・・・」
「・・・まさか今でもあんなことが・・・」
いや、有り得ることなのに何故気付いてやれなかったのだと眉を寄せるシカク。
「シカマル、今すぐナルトの気配を追え!」
「はあ?」
急に声を荒げたシカクを訝し気に見る。
「もうすぐ10月10日だぞ」
「・・・・・・」
ナルの誕生日だ。
そして、
「“あの日”が近いからだ」
「・・・っ・・!!」
シカクの言葉に顔色を変え、これだけのキーワードで理解したらしいシカマルが瞬身で消える。
それを見送り、はあ、と重い溜め息をつく。
適当に放られていた煙草に手を伸ばし銜え火を燻らす。
自分もナルトの元へ行きたいが、きっとシカマルだけの方が良い。
「まだまだ腐ってんなこの里も・・・」
呟いた言葉は紫煙と共に消えた。





全神経を研ぎ澄ませ、里中の気配を調べ上げて行く。
自分の求める気配であるなら、掠りでもすればすぐにわかる。
数秒もせぬ内にそれに行き着く。
微弱な気配に胸の奥がざわつくが、今はいち早くその場に駆けつけたい。
気配を追って、地を蹴った。




その頃、どんどん近付いて来る見知った気配に表情を曇らせる子供がひとり。
(とうとう気付かれてしまいましたか・・・)
聡い恋人に内心舌打ちをする。
あとものの数十秒でここに来てしまうだろうし、ごまかそうにも“あの日”が近付くにつれて
特にひどくなる暴行に、九尾の治癒が追いつかず動けないでいた。
それでもいつもは幻術を使って傷を隠し、このまま暗部の任務へ出向いて行き、それが終わる頃には
治癒が追いついてシカマルに会いに行っていたのだが。
式を飛ばす回数からナルトのごまかしを割り出したのかもしれない。




ざ、と音を立てて降り立つ影がひとつ。
見上げずともわかる愛しい気配。
しかし今は怒りに揺れているのがわかる。
「ナル・・・」
珍しく肩で息するシカマルに、ひどく急いで来てくれたことに気付く。
惨状はひどいもので、座り込み木に凭れかかるナルトの足元は血溜まりが広がっていた。
本人は少々バツの悪そうな表情で、利き腕を押さえてシカマルを見返す。
眩しいくらいのオレンジの上下は泥と血で染まり、未だ傷が塞がらないのか
額からは血が頬を伝って顎から落ちていた。
黙ったままナルトのケガの具合を調べ上げて行くシカマルの表情が見事に歪む。
脱がせた上着から覗く細身のからだは、至るところが赤黒く変色しており、
しかし少しずつ色が戻って行くのが見て取れる。
血で濡れた額宛をそっと外してやり、傷を覆うように置いた手のひらで医療忍術で治癒して行く。
和らぐ痛みとシカマルが傍にいる安心感からか、ナルトのからだから強張りが解けて行く。
一番外傷がひどい利き腕に触れようとすると、
「すみません・・・今・・骨がくっつきそうなので・・・」
やんわりと静止される。
わかった、と短く答えると、他の傷の手当てをして行く。
「・・・お前が式を使って暗部の任務前に会わないときは・・・こういうことがあったときか?」
傷を癒しつつ視線を投げてくるシカマルに、これ以上の嘘は無理だろうと、正直に頷く。
「下忍任務の帰り、迎えに行くことを断るのも、俺に迷惑をかけないため、か・・・?」
こくり。
名家でもある奈良家の次期当主でもあるシカマル、及びこんな自分に優しくしてくれる彼の両親を
巻き込まないためだ。
自分と一緒にいるだけで彼らまで悪く言われることになるのは、ナルトにとって避けねばならない事態だ。
そして今シカマルは考えているだろう。
いずれは奈良家を背負って当主となる身、狐憑きの自分などと共にいれば一族全てに被害が出ることを。
そうならないためには、自分との決別を選ばねばならない。
そっとナルトは目を伏せる。

いつかこういう日が来ると思っていた。

離れたくないがためにずっと黙って隠していたのだ。

このことを知れば傍にいてくれるはずがない。

甘い夢を見ていたのだと思えば良い。

こんなにも優しくしてもらったのだから。

もらえた思い出だけで充分だと、思わなくては。



しばらく黙り込んでいたシカマルが口を開いた。
「・・・ごめんな」
「え・・・?」
突然の謝罪に、きょとんと首を傾げる。
「気付いてやれずにいた俺の責任だ」
もっと早く気付くこともできたのにお前に甘んじてしまった自分の責任だと。
「無傷なお前しか見ていなくて気付かなかった。12年も経っているからもう落ち着いたのだとばかり思って・・・」
解部に来る報告書や情報にナルトの暴行が残る訳がないのに。
“あの事件”で大切な者を失くしたものは多く、それは今でも人々の心を蝕んでいるのだろう。
しかしその劣情を、この小さな子供ひとりに向けることは決して正しことではないのだ。
「そんな・・・!」
違う、と必死で首を振るナルトを宥め、
「俺がただ自分のために隠していたんです・・・!このことを知れば、シカ・・・いなくなるから・・・っ」
溢れた涙。
「なんで俺がいなくなるんだよ・・・」
すっかり傷が癒えたナルトのからだを抱きしめてやる。
「どうせお前のことだから、家柄とかそう言うこと考えているんだろうけど正直俺はそんなのどうでも良い」
紅く染まった目と頬に口付ける。
「お前が一番大事だ。どんなものよりどんな奴より。お前は俺のだって知らしめてやりたい」

この輝く金髪も

澄んだ蒼も

折れそうな細いからだも心だって全て


「シカ・・・それ、は・・・」
「・・・お前は俺のだろ・・・?」
髪をすく優しい手のひらとは裏腹に追い詰めるような言葉にひとつ頷く。
「だったら問題ないな?」
せっかくある権力は使わなければな、と妖しく笑うシカマルに不安を抱きながらも嬉しくて手を伸ばす。
「二度とお前をこんな目には合わせない」
抱きしめられる体温に安堵して、全てを委ねる。
治癒に力を使い果たしたのか、安心感からかシカマルの腕の中で意識を飛ばした子供を大事そうに抱え
その場から消えた。


どう調べ上げたのか、シカマルの情報網は恐ろしく。
翌日にはここ数日でナルトに暴行を加えた者達が皆闇討ちにあったと風の噂で聞いた。
そして彼らは皆誰にやられたかわからないと証言している。
そのことをシカマルに話すと、天罰でも下ったんだろうとひと笑いされて終わらされてしまった。

今では下忍任務が終わると同時に迎えにあがる甲斐甲斐しいシカマルの姿がある。
















モドル