朝起きたらからだがだるかった。

視界がぼやける。

久々に風邪を引いたようだ。



「・・・なんか・・・無性に」



あいつに会いたい







風邪








くしゅん。
「あらーナルトったら風邪?」
忍が体調管理もできないなんてダメよーと組み手をしながらイノが言う。
その言葉は決して蔑むものではなく、母親のようなあたたかいものを感じてナルトは少し嬉しくなる。
「違うってば。きっと誰か俺の噂してるんだってばよー」
俺ってば人気者だからさーと偉そうに言ってみたりして、ハイハイと軽くあしらわれる。
あー信じてないってば!と返せば、ナルトだしねーと冗談だとわかる半目で笑われ。
そんな他愛のないやりとりが楽しいと最近思うようになった。

「てっきりシカマルからうつされたんだと思ったわー」
「え?」
唐突に出た恋人の名に素で驚いた。
「あ、知らない?最近会ってないのー?」
「会ってない・・・てば」
腰に飛んで来た蹴りを左腕でかわし威力を粉砕すると、少し距離を開ける。
この5日ほどは、お互い単独任務が多くて会っていなかった。
イノの場合、父親同士が同じ隊で動くので、お互いの家庭事情まで筒抜けなのであろうと推測する。
シカマルとナルトが恋人になった翌日には、イノとチョウジにおめでとうと言われて固まった記憶は新しい。
そのうち暗部や九尾のことまで口を滑らすのではないかと心配は絶えない。
「なんか昨日から熱出して寝込んでるんだってー」
その言葉に顔には出さないよう努めたが、かなりショックを受けた。
・・・・・・知らされなかった。
知っていれば見舞いくらい行ったのに。
「小さい頃遊んでもらった恩もあるしお見舞い行こうと思うんだけど、あんたも一緒に行くでしょ?」
僅かに曇った表情を読み取って、イノが提案した。
なんだかんだキツイ言葉を吐いても、結局はナルトのことを弟のようにかわいがるイノは、
鋭敏にナルトの気持ちを悟り優しくしてくれる。
かくして任務帰りにイノとチョウジと昔教え子だったしなと言うことでアスマをおまけに見舞いに行くことになった。


「あらあら、みんなでお見舞い来てくれたの?」
ぱたぱたとスリッパの音を響かせて、ヨシノが出迎えてくれた。
「まあ、先生まで」
「いやあ、すみません。こいつらが見舞いに寄ると言ってたのを聞いて久しぶりに顔でも見ようかと」
「今ひどい顔してますけどどうぞ〜」
一人一人丁寧に招き入れ、最後に控えめに玄関の外にいるナルトを見つけると、苦笑して出迎えに出て行く。
「ナルちゃん来てくれたの?寒いでしょう、そんなところにいないで入って?」
きっとあなたの顔見たら風邪なんてすぐ治ると思うのよ、と破顔するヨシノはナルトの良き理解者でもある。
すみませんお邪魔しますと丁寧に頭を下げ玄関をくぐった。


「・・・あ゛・・・?」
喉をやられたのか、ややいつもより掠れた声。
薬が効いたようで、日が沈みかけているこの時間までずっと眠っていたらしい。
視界もずいぶん晴れて、からだを起こしてみると意外に楽に起き上がれた。
どたどたと、階下からする数人の足音を耳に拾って、眉を顰める。
親父達だろうか、と思ったが気配を探るとどうやら予想が外れたようだ。
(珍しい客が来たな・・・あ、)
ずっと渇望していた気配を発見して頬が緩んだ。
「シカマルー!!」
気持ち良いくらいの音を立ててドアが開き、久々に見る顔ぶれを珍しそうに見つめた。
「どうしたんだ、お前ら。久しぶりだなー・・・」
でっかくなったなー、と子供の成長の早さに驚きつつ招き入れた。
「そうよねー、昔はいっぱい遊んでもらったわよねー」
「そうだね。風邪引いて寝てるって聞いたからお見舞いに来たんだよ」
そうか悪ぃな、と笑って礼を述べると、アスマも入って来た。
「久しぶりだなー、風邪なんか引いてんなよ」
「うっせーな、とりあえず部屋で煙草吸うな」
灰皿なんてこの部屋にはねーんだよ、と換気も兼ねて窓を開け放した。
そしてそわそわとドアの方を気にするシカマルにイノがにやにやと笑った。
「感謝してよねー、私が連れて来てあげたんだから」
「今度お前が風邪引いたら良く効く風邪薬作ってやる」
何の話だ?と首を捻るアスマの後ろから、おずおずと顔を覗かせた金髪にシカマルの表情が緩む。
5日ぶりに見た愛しい子供は、アスマの隣にいるせいかひどく小さく見えた。
頼りな気な蒼が心配そうに揺れるのを見て、もうほぼ治ったと笑うと安心したかのように笑い返してくれた。
珍しい客に、部屋が狭く感じた。
「シカマル、大丈夫だってば・・・?」
「ああ。喉が少し腫れてるだけで、熱は殆ど下がった」
ほのかに甘い空気を察知して、水差しが空になっているのに気付いたイノがそれを理由にして下に下りて行った。
僕も持って来た果物切ってきてあげるねーとチョウジがイノの後を追う。
煙草の火を消して来る、と言ってアスマも一階に行ってしまった。
残されたナルトは、シカマルの枕元に腰を下ろす。
「来てくれたんだな」
下忍姿を見るのは滅多になく、いつもは黒一色の闇色に対し、鮮やかなオレンジに身を包む姿に
別人のような錯覚に陥る。
「ちゃんと子供に見える」
「は?」
そう言って笑うシカマルを不思議そうに首を傾げる。
「や、かわいいと思ってよ」
それに頬を紅くするのを見て満足そうに笑い、髪を撫ぜてやる。
そのまま口付けようとして、聞こえた足音にちっと舌打ちしつつ名残惜しそうに手を放す。
「お待たせー・・・あら、お邪魔だったかしら〜?」
「とってもな」
「そこまではっきり言い切られるとかえって清清しいよね」
水差しと飲み物をトレイに乗せて意地悪そうに笑うイノの横でチョウジも苦笑する。
「はいこれ。おばさんが喉に良いからって花梨酒あっためてくれたのー」
皆にはアルコール抜きね、とポットから注いで行く。
シカマルのコップに注ぎながら甲斐甲斐しく世話をするイノに、
「なんかこうやって見てるとお前ら恋人みたいだなー」
アスマの発した言葉で音を立ててその場が凍りついた。
シカマルとイノの表情が強張り、チョウジは珍しく自分を睨み、何やら理解できぬ殺気に助けを求めて
ナルトを見れば、何の表情も読み取れぬ顔。
「え・・・え?俺、何か悪いこと言ったか・・・?」
焦るアスマの首ねっこを掴み、先生サイテーと教え子から罵りを受けながらイノとチョウジが出て行った。

2人だけになった部屋は、とても広く感じた。

「お加減は・・・?」
そっと額に手を当てて、自分の手のひらより低い体温を感じてほっとする。
安心して、安心すると、無性に焦りのような腹が立つような、そんな暗い感情が沸き起こってきた。
病人になんて感情を向けているのかと自分を叱咤しつつも、つい口が開いてしまう。
「・・・・・イノから聞いたんですよ・・・」

あなたの口からではなく。
他人から聞きたくなどなかった。

少し俯いてそう述べるナルトを物珍しそうに見つめる。
「なんだお前・・・拗ねてんのか?」
「っ・・・拗ねてなんか・・・」
くく、と喉で笑うシカマルに噛み付くように身を乗り出したナルトの頭を引き寄せそのまま口を塞いだ。
目を見開いて、まだ熱っぽい舌を受け入れ、力の抜けるからだをシカマルが支える。
存分に堪能して、けれどまだ足りない気持ちを捻じ伏せて、息をさせるために引き離してやった。
「昨日急に熱が出た後、倒れるように寝続けたから知らせられなかった。心配させて悪かったな」
溶けた蒼が揺れて、ふるふると首を横に振るのを確認し、すっぽりと収まる小さなからだを抱き寄せる。
そのまま肩に頭を埋めて動かないシカマルを不思議そうに見つめる。
「どうかしましたか・・・?」
「・・・お前今日も夜任務か・・?」
「え?あ、はい・・・確か3件ほど」
記憶を手繰り、そう告げると僅かに強く抱く力が強まった気がした。
「・・・行くまで、傍にいてくんねぇ・・・?」
お前が足りないんだ、と耳元で囁かれ、驚いて思わず距離を取ろうとするナルトのからだを逆に引き寄せて。
「ダメか・・・?」
「・・・・・・いえ・・・」
どこか縋るような視線に負けて、傍にいると告げてしまった。
自分がいてはからだが休まらないのでは、と危惧していたナルトに、お前がいないと休まらないのだと言えば
耳まで紅く染めて泣き笑いのような笑顔を見せる子供に幸せだと感じる。 

ナルトは結局こんな弱気とも取れる発言の理由も聞かなかった。

病気になると気が弱くなると言うが、それは確かにそうかもしれないと金髪を見つめながら思う。
お前に会いたくて仕方なかったから。
風邪がうつったら困るけど、それでも会いたかった。
自分のことを心配してくれるのも、拗ねる素振りを見せるのも、こうやって膝を貸してくれるのも全てが。



愛しい。













モドル