全ては・・・
「あら〜お帰りなさい、ナルちゃんv」
久しぶりねぇ、と眼中にも入れなかった息子の影に隠れるようにして佇んでいた金髪を手繰り寄せて
ヨシノはぎゅうと抱きしめた。
シカマルとナルトは二十歳を迎えていた。
シカマルは大人びた雰囲気を馴染ませ、ナルトより頭ひとつ背が伸びていた。
だらけた態度を取らなければ、なかなかに見目の良い青年に育っていた。
ナルトはと言うと、普段の食生活と暗部であるがために睡眠を蔑ろにしていたためか
本人の望むほどの身長は望めず、しかししなやかな体躯はひとの目を惹くほど。
伸びた金髪は肩まで伸びて、さらさらと流れていた。
昔は鮮やかなオレンジを身に纏っていたナルトは、今は黒ばかり。
なぜ?と問うたら紅い顔で、なんとなく、と答えるばかりだ。
表向きは砂の里までの使いと偽って、その実、暗部での長期任務についていた2人。
本日やっとの帰還だ。
不穏分子の抹殺と言う、そこまで長くかからないと踏んでいた任務は、人手が足らないと言う
理由からシカマルとナルトの2人のみで行われたため一ヶ月もかかってしまった。
抹殺、と言う任務自体はそこまで時間を取られるものではなかったのだが、
下調べから策謀、準備まで全て自分達のみでしなければならなかったため長期任務となってしまった。
かなり大きな組織であったため、それなりに時間を費やしたが、普通20人は必要なところ
2人で済んでしまえば経済的にも楽だと踏んだ綱手に舌打ちしたものだったが。
(でもまあ・・・)
そのおかげで一ヶ月まるまる愛しい恋人の隣を占領できたのだから、シカマルにとっては
なかなか有意義な日々だったと言える。
それはナルトにとっても同じだ。
「ってこら、いつまでひっついてんだよ」
離れろ、と視線だけ放った。
「何よ〜、ケチな旦那ねぇ」
口を尖らせて、ねぇ?と相槌を求めるヨシノは可愛いと、ナルトは思う。
「あ、そうそう!ご近所様から美味しそうなお菓子のセットいただいたの〜
ナルちゃん好きでしょ?あがってあがって」
洋菓子などシカマルの家では殆ど消費されないため、今までは秋道家に流れていたのだが、
ナルトが時折やって来るようになってからは、ナルトと話したいがための口実用に取ってあるのだ。
遠慮の言葉を口にする前にナルトの背を押して茶の間に押し込むヨシノにひとつ息をついて、
すっかりおいていかれたシカマルものんびりと後を追った。
「わぁ・・・」
豪勢な柄の描かれた缶を開けてナルトが感嘆する。
かわいらしくひとつひとつにラッピングが施され、しかし甘いものに興味を惹かれない
シカマルは、同封されていた商品説明の書かれたカードを暇つぶしに眺める。
ナルトの、どれなら食べて良いですか?と書かれた顔に笑って、全部食え、と缶ごと手渡す。
「どうせうちにあっても減らねぇし、なんだったら持って帰れ」
その言葉に目を輝かせて、ありがとうございますと嬉しそうに笑うナルトに親子共々頬が緩む。
「ちょっと見ない間に、また可愛くなったんじゃない?」
可愛い可愛いと連呼する母に、確かにそうかもしれない、と頷く。
九尾の残した爪痕は深いものだが、それでも時代は流れるもので。
ナルトに対する里の仕打ちも、僅かずつではあるが減って来ているのを感じる。
これから生まれてくる者達や、他の里から流れて来た者達は、九尾の恐怖を知らない。
故にナルトの本来の魅力に気付けるのだ。
ライバルが増えるためシカマルには面白くない出来事ではあるが、ナルトが過ごしやすく
なるのであれば些細な感情にすぎない。
「ナル、これメープルシロップが入ってるんだってさ」
先日パンケーキに浸るくらいメープルシロップをかけていたことを思い出し、教えてやると
じゃあそれにします、と嬉しそうにケーキを受け取った。
始終笑顔のナルトに、ケーキにさえも嫉妬を覚える自分は悪い病気なのかもしれないと本気で考えた。
「食べる姿も可愛いわぁ〜、ほんと何でうちの子なんて選んでもらえたのかしら〜」
本人もとい息子を前にして真顔で呟くヨシノは、本当に実の母親なんだろうかと心配にさえなった。
「ナルちゃん、小さい頃に好きだったひととかはいないの?」
ヨシノの思いがけない問いに、シカマルの方が早く反応した。
好きだったやつだと?
そんなの、いるわけない。
だって、聞いたことない。
そうだろ?と、そう相槌を求めて金髪を振り返ると食べていたケーキを租借するのも忘れ
ヨシノを凝視する金髪に、何かひやりとするものが背を伝った。
しだいに、紅く染まって行く肌に、絶望感にも似た感情が湧き出した。
今は自分に向けられている恋情が、かつて昔であったとしても他の者に注がれていたなど。
考えたくもない。
居心地が悪くなって、黙ったまま自室にあがった。
後ろで自分を呼ぶ声を聞いたが、聞こえないふりをした。
「シカマル・・・?」
ノックが聞こえて、カチャリとドアが開いた。
黙って自室に向かってしまったシカマルを追って来たナルトは、何か気の障ることを
してしまったのだろうかと窺うように見つめた。
そんな顔しないでくれ。
不安に彩られた表情は、全て自分のせいだと言うのに。
駄目なんだ。
お前のこととなると、どれほど小さく些細な触れ合いでさえも嫉妬の対象となる。
「誰だよ」
思いの他、温度のない自分の声に内心驚く。
ナルトは突然の、何の脈絡もない問いにきょとんと首を傾げた。
「好きだった、やつって」
言葉にしたら余計胸の奥が重くなった。
どうして聞いてしまうのだと自分を叱咤したところで、最後まで突き止めたい性格を
持って生まれたのだから仕方ない。
ナルトは、ああ、とさっき話していたことかとようやく理解した。
「あの・・・」
口を開きかけた瞬間、いつの間にか視界が真っ暗であった。
シカマルの影だ。
急な暗闇に目がまだ慣れておらず、しかし馴染みのある感覚に目を閉じた。
見ることはできないが、自分を痛いほどに抱きしめているのがシカマルであることは分かっている。
「駄目だからな」
「え・・・?」
耳元で低い声を聞いた。
「お前は俺のなんだから」
「・・・シカ」
今も、この先もずっと。
できることならば、過去も全て。
お前のからだも心も歩んできた時間も全部欲しい。
あんたってほんと欲がないわー、と昔に幼馴染から言われたことを思い出す。
今の自分を彼女が見たら、どう思うのだろうか。
口元が苦笑で歪んだ。
「誰だ・・・?」
「?何のことです・・・?」
お前が昔好きだったと言う人物。
さっきの素振りからして、それは間違いなくいると思う。
聞きたくはないのに、確かめたくて仕方ない。
「・・・さっきヨシノさんと話していたこと、です・・・?」
返事の代わりに抱く力を強めれば、見えないけれどナルトが微かに笑んだ気配がした。
「それ、あなたのことですよ」
「・・・は・・・?」
くすりと笑われ、軽く胸を押し戻されれば、闇に慣れた目が蒼を捉えた。
「恋愛感情で俺が好きになったのはあなただけです」
知っていたでしょう?と小首を傾げられて。
「ヨシノさんに問われて、そう言えばずっとあなたのことが好きで好きで、
それは今でも変わらないんだなあ、と思って」
その時の表情を思い出す。
上気した頬も、愛しそうに過去を眺めていた仕草も全て自分に向けられていたものだったとは。
「思わなかった・・・」
ぼそりと小さく呟いた台詞を、ナルトは聞き取れなかったらしく不思議そうに見つめられた。
自分に嫉妬していれば世話はない。
悪かった、と包んでいた影を取り払い、再度包み込むようにナルトを抱きしめる。
「わり・・・みっともねぇな」
お前のこととなると、感情が抑えられない。
優しく髪をすいてやれば、微笑む金髪。
「俺は、嬉しいですけど・・・?」
自分などに妬いてくれるあなたが、とても。
ただ覚えていて欲しい。
自分は昔も今もこれからも全て、あなたのもので。
そしてそれはいつだってあなたを中心にまわっているのだと。
モドル