少年時代なんて人生の数分の一だ。
そのときは一日が長くて早く大人になりたいと思うけど、それを知っていなれけば
結局は短くて後悔が増えて行くんだ。
そんな大事な貴重な時間だからこそ、僕らにはあえて口にしない約束がある。
新しい菓子袋の封を開けながら、言葉にはせずちらりと横にいる犬使いの友人に
視線を送れば、彼も同じことを思っていたのかちょっと苦い顔で笑った。

僕ら2人だけの約束。
いつかは消える、せつない、と言う言葉が良く似合う約束だ。







僕らの協定








「おっそーい!!!」

イノの怒声が響いた午前11時。
集合時間は午前8時。
「いつも通りだね」
「だな」
ぱりぱりとテンポを崩さず菓子袋に手を突っ込むチョウジを横目で見て、シカマルは
少々うんざりした表情で息をついた。
イノの怒りにではなく、朝から菓子を頬張る親友に対してのものだ。
ある意味すごい、と関心しながらも見ていて胸焼けを起こしそうなのも事実。
すぐに視線を空へと戻した。

ああ、あの山との境目らへん、あいつの眼の色みたいだ

頭の後ろで手を組んで、大きな木の幹に背を預けたままぼんやりと空を仰ぐ。
そろそろやってくるだろう想い人を浮かべながら佇む乙女な自分に気付き、
気色いか?とうんざりしながらもこればかりは仕方ないかと納得させる。

「なー、そろそろ迎えに行った方が良くねぇ?」
頭に愛犬を乗せたままじゃれていたキバが提案する。
「そうだなー、たぶんまた待ちぼうけくらっているんだろうしなぁ」
ふー、と紫煙を吐きながらアスマが頷く。
迎えに行くとして、問題は今未だ来ない7班がどこにいるのかだ。
気配を探ると、案外近くにあった3つの気配。
「第三演習場あたりね」
「了解!迎えに行ってきまーす」
紅の言葉に、じっとするのは苦手なのだとキバが率先して駆け出す。
「・・・俺も行くかな」
「じゃあ、僕もー」
その後をのんびりと追うシカマルとチョウジを残ったメンバーで送り出した。


「あの腰の重いシカマルも、友達に対しては違うのよねー」
「な、仲良しだもんね、あの4人・・・」
アカデミーに入る前からずっと一緒。
猪鹿蝶の親同士で集まって食事会をすることも少なくないが、それ以外はいつもあの4人は一緒だったと
イノはほんの少し寂しそうに見つめた。


「ナルトー!!!」
キャン、と主人の声に相槌するように吼えた赤丸が、目的の人物に向かって走って行く。
「あ、キバー??」
きょとんと首を傾げながらも、飛び込んで来た赤丸をしっかり抱き止めたナルト。
「よー」
「迎えに来たよー」
片手をポケットに突っ込んだまま、空いた方の手で軽く挨拶するシカマルと、その隣にはチョウジ。
そして7班の3人ははっと気付く。
「この展開は・・・」
「おー、今日は合同任務だぞー」
シカマルからのんびりと伝えられる腹正しい事実に、もう3時間は待ったんだからな!と
キバから責められるが、
「でも俺達だって5時間待ったんだってばよ・・・」
『・・・』
ナルトの言葉にしばらく返事ができず、7班じゃあなくて良かったな、と本気で思ったキバ達だった。
「とにかく行こーぜ、第七演習場で皆待ってるしよ」
同情の視線を送りつつ、7班のメンバーを促す。
未だナルトの腕に抱かれている赤丸に、来い、と手振りで伝えると居心地良いのか知らん顔をする相棒。
主人の気持ちを知ってか知らずか、そのまま胸をよじ登り、どうした?と首を傾げた
ナルトの唇をぺろりと舐めた。
『なっ・・・』
そこにいたナルト本人とサクラ以外の声が見事にハモった。
「ちょ、赤丸、くすぐった・・」
「っごめん!こら赤丸!!」
くすぐったいと身をよじるナルトからキバが赤丸をひったくった。
「あ、別に・・・そんな怒らなくても」
あまりの剣幕に少々びっくりしたらしいナルトがキバを宥める。
懐かれるのは嬉しいし、と笑顔を見せられてはキバもただ唸るだけ。
何も気付かないのはナルトだけだ。
キバがナルトの迷惑になるから、ではなくただただ自身の嫉妬心からくるものであったこと。
鈍いナルトには直接そのままの言葉で教えなければ理解してもらえなさそうだが、
誰が気付かせるものかと気付いた者達は視線を逸らすことでその場を濁した。

「あ」

唐突に、ナルトが声をあげた。
ぱあ、と綻んだ笑顔に見とれている間に駆け出したナルトに、どうした?と視線を向ければ
遠くに軽く手をあげた人物。
誰かがつまらなそうに、ち、と舌打ち。
「・・・“イルカせんせー”・・・」
ぼそりと漏れたその名は温度の低いものだったが、皆の気持ちを切実に表している。

「イルカせんせー!!休みってば?」
いつもの忍服ではなくラフな普段着姿のイルカ。
きゅっと腰に抱きつけば、お前は変わんないなー、と優しげに髪を撫ぜられる。
最近どうだ?などと他愛のない会話をしつつ、その裏では微量なチャクラを流して心話で語らう。

(・・・おい、お前の後ろの奴らの垂れ流す殺気が怖いんだけど)
(イルカ先生にも怖いものがあるのですか?)
(言葉のあやだっての)
(俺、何か皆の気に障ることしたのでしょうか・・・)
皆には背を向けたまま、表情は笑顔のまま、それでも蒼が泣きそうに揺れたのを見て
イルカは小さく溜め息をつく。
この小さな子供は気付いていない。
あの殺気がナルトではなくイルカに向けられているもので、それがナルトへの過ぎた愛情から成るものなのだと。
不安に揺れる蒼に教えてやりたい気も生まれたが、それでは自分に殺気を送る元教え子達に
都合の良い環境を作ってしまう。

・・・それは、つまらないな。

(直接聞いてみたら良いじゃないか。お前の考え過ぎだと思うけどな)
(そう、ですよね、そうします)
ではまた夜に任務受け取りに参ります、と心話が響き、ナルトは仲間の元へ走って行った。
その、普段は丁寧な対応で大人のように振舞うナルトの年相応な無邪気さの残る仕草に苦笑して。
戻って来たナルトを囲むようにしてこちらを睨んだ元教え子達に更に苦笑して。

そうそう、存分にもやもやとした気持ちを味わうが良いさ。

そんな鬱陶しい気持ちも、大事だったのだとその内気付いてしまうのだから。

「って、俺あんまり成長してないなー」

少々の意地悪をしてしまう自分に大人になれていないと困ったように笑って、イルカも火影邸へと歩き始めた。



「・・・お前もういい加減イルカ先生に抱きついたりすんのやめろ」
「?なんで?」
何故か不機嫌そうに眉を寄せるシカマルに、きょとんと首を傾げる姿は愛らしいものだ。
「将来火影になるって言ってる奴が、あーゆう小さな子供がやるようなことしてどーすんだっつうの」
もっともらしいことを言っているシカマルが私的な気持ちでもってそんなことを言っているのだと
誰しもが気付いたが、これでナルトがイルカに抱きつく場面を見ずに済むなら好都合だと頷く。
「そうそう、もっと大人っぽくなれって」
「俺ってばもう大人だもん!」
「どこがだよ」
えへんと胸を張る姿は、どう見たって背伸びしている子供にしか見えなかった。
キバが呆れたように息を吐いた。

ナルトはいまだ眉間に皺を寄せてこちらを見るシカマルに泣きそうな気持ちになる。
あの、と出た声は自分でも驚くほどに頼りなく震えた。
「俺、何かしちゃった・・・?」
いつもは太陽のように明るい雰囲気はなりを潜め、蒼が不安気に揺れた。
「何か気に障ること言ったなら謝るから・・・」
そんな顔すんなってば、と泣きそうな顔で。

そんな顔?俺今どんな顔してるんだ?
訝しげにぺたりと確かめるように手のひらで顔を覆う。
眉間に寄った皺に、ああこれかと息をつく。
今にもあの大きな蒼が揺らめいてビー玉みたいな涙が落ちそうだ。
別に、そんな顔をさせたかった訳ではなかったのに。

「俺はもとからこんな顔だっての。別に謝るようなことしてねーだろ?」
ポケットから腕を伸ばしてくしゃりと柔らかな金髪を撫ぜると、安心したのか弱弱しかった蒼に光が戻る。
猫みたいに目を細め、心地良さそうに身を預ける姿にシカマル以外の子供達は複雑な思いだ。
「なんで・・・」
ずるい、と声にはならなかった言葉は形にならなくとも皆同じ思い。
自分には決して向けてもらえない無防備な表情。
アカデミーの元担任と、あの黒髪の影使いだけ。

ナルトは触られると時折びくりと肩を揺らす。
表情が固まり、一瞬息を呑むように空気が止まる。

それが里人からの暴力から来ていることは知っているが、それでも。

それでも、それではイルカとシカマルだけは平気だなんて、ずるい。
それがたとえ本人さえ気付いていない無意識な行動なのだとしても。
敵わないだなんて認めたくない。

本人達が気付いてしまったら、この時折やるせなく泣き出したくもなる気持ちともサヨナラで、
それがとても惜しくてたまらない。
だって今は俺達同じ場所にいる同じ位置にいる、そうだろ?
相棒を頭に乗せたまま、菓子袋に手を入れて止まっていた友人を見やれば、
同じように小さく苦く笑った。

きっといつかは、あの金髪の横に並ぶのはあの影使いになるのだろうと心の奥で誰かが囁く。
元担任は今は彼と同じような位置にあるが、ナルトが彼らに向ける視線や仕草は微妙に違う。
あくまでイルカは親代わりなのだろうとナルト以外の者は感じていた。
今だってシカマルの行動ひとつひとつに一喜一憂して振り回されているナルトを見れば一目瞭然だ。
シカマルが積極的な行動を起こさない限り、この温く甘苦い世界が続く。
当人達の気持ちをお互いに気付き理解するまできっと。

だから言わない。
教えてなどやらない。

この甘苦い世界にまだいたいから。


「早く大人になりてぇ」
主人の言葉に不思議そうにクゥンと赤丸が鳴いた。
嘘ばっかり、と横で次の菓子に手を伸ばして笑った。




















モドル