美しいひと【6】








響いた怒声に振り向けば、探し求めていた人物が、夕闇の中に浮かんでいた。







狐め、確かにそう耳に届いた。

緋月ことナルトを探しに、シカマルはナルトの本宅に向かったが、主人は不在であった。
表の顔はいまだ下忍という、年齢に比例しないステータスを持つ落ちこぼれ。
下忍任務に赴いていたのであれば、そろそろ終わった頃かもしれない。
表向きの家に向かうのであれば、本宅には戻らないと考えた。
彼が表で使っているらしいアパートの場所を調べ、商店街を通って向かおうとしていた、その時だった。

商店街の空気が、さっきの怒声によって急に重たくなった気がする。
熱を孕んだ風が肌をぴりぴりと刺すような。

声のした方へ走ると、里人達が一定の距離をとって見つめる人物がひとり、夕闇に佇んでいた。
深いオレンジに染まった髪は、きっと金髪なのだろう。
淡く発光しているかのような肌はきっと白くて、それは自分の知っているもので。
細くしなやかな肢体は、やはり自分が恋い慕う者のそれで。
探し求めていた人物が、手の届く距離にいた。

「ナル…」
ばしゃり。
伸ばした手は宙に浮いたまま、一瞬動けなくなった。
店先を歩いていたナルトに向かって、店の主人がバケツの水を放ったのだ。
防火用に用意していたのだろう水は、全て本来の目的とは別の用途で使われてしまった。
「二度と店の前を通るな化け狐が!!」
「そうだ、人間様の街で何をしているんだ!!」
「この人殺し!!!」
最初の店の主人を筆頭に、周りで傍観していた里人達は、火がついたように罵声をあげ始めた。
「ちょっ…」
あまりの扱いに、シカマルは思わず声を上げたが、里人達の罵声にかき消されてしまった。
この状況はまずいと、シカマルはナルトに駆け寄ろうとしたが、ひとの波に押されてなかなか前へ進めない。
「去れ!!」
ガツ、と鈍い音に、シカマルはさあっと血の引く音を聞いた。
誰かが石を投げたらしい、群衆の隙間から、ナルトの頬を伝ってぼたぼたと落ちる赤が見えた。
ひとりが始めると、皆が了承を得たように罪悪感もなく同じ行動をすることは、さきほどの罵声で学んでいる。
「やめろ!!」
溢れかえるひとの波をかきわけ、シカマルはナルトの前に躍り出た。
やっと出会えた恋しいひとは、全身ずぶ濡れで、血濡れで、シカマルの姿を蒼の瞳に映してまばたいた。
唇が小さく自分の名前を紡いだのを見て、目の前の人物が目的のひとなのだと確信した。

「行こう」
「え…」
戸惑うナルトの濡れた腕をとって、いまだ熱のさめない群衆の間を駆け抜ける。

商店街を抜け、住宅街に入り、ひと通りの少ない路地裏まで誘導した。
壁にナルトを押しつけ、逃げられないように両腕で顔を挟み込むように向き合った。
まだ頭ひとつ分くらい、ナルトの方が目線が高い。
流れていた血は、いつの間にか止まっていた。
ばっくりと開いていた傷口は、九尾の力によってみるみる間にふさがっていく。
ふと、先日、熱湯をかぶった割にたいした痕もなかったことを思い出した。
息を整えると、じっと睨みつけ、
「なんで逃げないんだよ!!」
抑えきれない声に、先ほどまでどんな罵声にもひどい仕打ちにも微動だにせず感受していたナルトが肩を揺らした。
「あんな理不尽な暴力、受けんじゃねーよ馬鹿…!」
自分がされたかのように苦しげに眉を寄せるシカマルに、ナルトは怒られているのに嬉しくなった。
優しさからくるものだと、わかったから。
「ごめん…」
だから素直に謝った。
ぽたりと前髪から水が滴った。
幾分か落ち着きを取り戻し、シカマルがはあ、と深く息をつく。
「馬鹿緋月…や、馬鹿ナルト」
「え…」
素性がばれていたとは思っていなかったらしいナルトが驚いて瞠目した。
その様子に小さく苦笑して、
「母さんから少し聞いた。金髪もその蒼い目も、綺麗だな」
思いがけない称賛に、ナルトは爪の先まで紅く染まった。
「話を、したいんだ」
「…は、い」
「今日、夜の任務は?」
「あ…ない、です…」
それは好都合だ、と以前ナルトからもらっていた琥珀色の式を取り出し、ナルトの腕を取ると、チャクラを流せば、
馴染みのある圧力の負荷がかかって、目を開ければもう見慣れた死の森にあるナルトの本宅。
「とりあえず、風呂だな」
ぐっしょりと濡れたナルトにひとつ苦笑して、ナルトの腕を引っ張った。


「あ、の…」

「あの…!」
「ん?」
しれっと上目使いで仰ぎ見るシカマルは、必死に脱がされまいとシャツの裾を抑えるナルトを
可愛いなと思ってしまった。
「なんだよ、自分で脱がないなら、脱がせてやるぜ?」
「いっいりません…!」
現在は脱衣所にて、汚れたシャツを脱がそうとするシカマルと脱がされまいとするナルトの攻防が続いている。
「だって、こんなの着てたら気持ち悪いだろ?」
水分を含んで、べったりと張り付くシャツをつまんで、なあ?と見上げれば。
眉をハの字にして頬を染めるナルト。
一瞬、力の緩んだ隙に、ばっとシャツを取り上げた。
次いでズボンのベルトに手をかけると、さすんがに本気で抵抗し始めたため、あとはただじっと見ていた。
「…見ないで、くれます……」
熱を孕んだ視線に耐えかねて懇願するナルトに、仕方ねぇなあと背を向け、自分も衣服に手をかけ始めた。
その行動に驚くのはナルトで、あっと言う間に全て脱ぎ去ったシカマルは、
呆けている隙にナルトの衣服を剥ぎ取った。
「ひ、あ、あの…!」
「一緒に入るぞー」
のんびりとした口調とは裏腹に、早々にナルトを風呂場へ押しこみ、自分も中へ入った。
浴槽も広く、大人5人はゆうに足を伸ばせるくらいだ。
「初めて入ったけど、広いな」
へえ、と感嘆の息を漏らし、シャワーのコックを捻り、温度を確かめると、
ナルトへしゃがむように指示した。
きょとんと不思議そうにしながらも、礼儀正しく床のタイルの上に正座したナルトに苦笑する。
「なに、シカ…わっぷ」
ナルトの頭からシャワーを流し、ナルトの頭を抱えるように湯をかけていく。
直に素肌をくっつけられ、これほどに過剰なスキンシップをとったことのないナルトにはかなり刺激が強過ぎた。
紅く染まる肌の理由は、シャワーの温度のせいによるものだけではない。
片手にシャワーのノズルを持って、空いた手でナルトの背を撫で上げると、びくびくとからだが跳ね上がる。
(可愛い…)
困ったように眉を寄せて、されるがままに目を閉じ時おり瞼を震わせる様は、ひどく劣情を煽られるものだったが、
そんなシカマルの様子は目を閉じたナルトにはわからない。
冷えたからだに熱が戻ったのを確認し、手を引いてナルトを湯船に招くと、自分も湯に身を沈めた。
どうせ一緒に風呂に入ることを拒まれると予想していたシカマルは、ちゃっかり先に湯を張っていた。

しっとりと濡れた金髪は蜂蜜色に染まって、色気を滲ましている。
膝を抱え、自宅であるのに所在なさげにシカマルの方をちらりと見る。
「あの…どう、して…」
「んー?」
濡れて頬に張り付く髪をかきあげ、困ったような表情で見やるナルトに返事する。
「俺のこと…ヨシノさんから、聞いたんですよね…?」
「あー…そうだよ」
「どこ、まで…」
「腹に九尾を宿して表向きは力を隠し実際は暗部をできるほどに実力のある下忍、てとこまで」
「………」
しれっと答えるシカマルに、それってほぼ全部ですと小さく漏らすナルトは、すでにどうしたら良いか
正確な判断をできる状態になかった。
しかしナルトの表情から心情を読み取ったシカマルは、
「どうして俺が今ここにいるか?」
代わりに答えるとナルトは頷いた。
「知っていて…なぜ、俺に近づくのですか…」
「…今までは、そんな奴がいなかった、か…?」
代弁するシカマルに、こくりと小さく頷く。
「言ってわかるかね…」


俺があんたを好きなんだって

狂おしいほど

触れたいんだって

抱きしめたいんだって

わかる?


ナルトの膝を割って正面に膝立ちになり、腕を伸ばして小さな蜂蜜色を抱きしめた。

「これが答え。わかるか?」
「わ、わかりません……」
「じゃーわかるまでこのままだな」
「そんな…」

本気で逃げようと思えば、ナルトの力を持ってすれば簡単なことなのに、
実行するという考えに及ばない蜂蜜を、シカマルは可愛いと思った。


「じゃあ聞くけど、」
するりと濡れた項を撫で上げて、頬に手のひらを滑らすと、紅く色づいた唇を指の腹でそっとラインを辿る。
「誰かを好きになったこと、ある?」
シカマルの質問に、自分を信頼してくれた3代目火影や、綱手、恩師でもあるイルカや猪鹿蝶を思い浮かべ、頷いた。
「それって、ちゃんと恋愛感情で?」
「え…ぅ」
少し不機嫌そうに問われ、ナルトは押し黙った。
その様子に、シカマルは小さく溜め息をつく。
「恋愛感情で“好き”と、友愛の“好き”の違いってわかる?」
「…いいえ」

そもそも、誰かを恋愛感情として好きになるなど、九尾を腹に持つ忌み子として生まれたナルトには、
もとより存在しない考えであった。
自分は一生、恋人も家族も持てないだろうと思っていたし、友人さえできなかった幼少期に既にそんな夢は捨てた。
だから、他の者より任務に全力を注げたのかもしれない。
自分を待っている者がいるわけでもない、生きていることを望まれるわけでもない。
いっそ任務で死ねたら、忍として本望だと。

「…俺はあんたのこと、恋愛感情で好きだよ」
殆どゼロの距離で吐露された告白に、ナルトは全身紅く染めた。
「ナルトは、俺のことどう思う?」
恋愛感情と友愛の違いがわからなくても良い、とシカマルは言った。
好きか嫌いかで言うならどっち?と問われる。
「…すき、です、よ…」
途切れながらも想いを伝えるナルトに、シカマルは嬉しそうに、そうか、と笑んだ。
その笑みに何故だかまた体温が上がって、くらりと視界が揺らいだ。
「ぁ…」
「ナル…?」
ずるり、と力なく湯に沈みかけたナルトを慌てて抱き上げ、大丈夫かと頬を叩いたが、反応はない。
単に湯とこの状況にのぼせただけのようだが、しまったとバツが悪そうにシカマルは顔を歪めた。
浴槽から引き上げ、ナルトを寝室へと運ぶことにした。


「ん、ぅ…」
さらりとしたシーツの感触を全身に感じ、ナルトは意識を浮上させた。
からだに溜まった熱が抜け、ずいぶん楽になった。
「…?」
ふと感じた違和感に、覚醒し始めた意識が状況を追う。
自分は何か温かいものを枕がわりにしていて、肌に直接感じるシーツの感触から、全裸でベッドにいるらしい。
そして自分の頭をタオルでゆったりと撫ぜられている。
外気に触れて冷えた髪を、タオルで拭いてくれていたのだと理解する。
「起きたか?」
「は、い…」
(あれ…さっきまで俺、お風呂…)
「風呂でのぼせて、気を失ったんだ」
ナルトの思考を読み取って、シカマルが説明する。
意識を失ったナルトをここまで運んでこれたのは、まぎれもなくこの少年である。
「すみませ…!重かったでしょう…」
「や、軽過ぎてびっくりしたくらいだぜ」
ちゃんと食ってんのか、と額を小突かれ、苦笑うと、自分が枕にしていたものが
シカマルの膝だと気付いて慌てて起き上がろうとして、再び戻された。
「いいから、これは俺が好きでしてるから」
「ぁ…う、だって、重い…」
「下忍なめんなよ、ナルトの頭ひとつ膝に乗せてたって折れたりしねぇよ」
「それは…そうですけど…」
下がった熱が戻りそうだ。
「あの、」
いまだにタオルを自分の髪に這わせるシカマルを見上げ、
「服…着たいんです…けど」
動いて良いですか、と頬を紅く染めて問えば、シカマルはにこりと笑って。
「ダメ」
「だっ…て…」
「ダメったらダメ」
「何で…」
問えばシカマルは持っていたタオルを離し、膝枕をしていた体勢を崩し、ナルトを押さえ込むように上に乗る。
「今夜はじっくりと教えるから。俺がナルトをどれだけ好きか」
「お…教えるって…」
どうやって、と戸惑うナルトの唇を、シカマルは自分のそれで塞いだ。
それはすぐに離れ、
「…嫌だったか?」
「や…じゃ、ないです…」
世間ではキスだ口づけだと呼ばれるこの行為を、自分が受けることになるなんて考えたこともなかったが、
唇に当たった柔らかな感触は不快ではなかった。
「じゃあ、これは?」
ふ、と軽く首筋に口づけられ、首を振る。
だんだんと唇は下へ下へと進む。
軽く吸い上げられる感覚に、腰の辺りから痺れたように力が抜ける。
「嫌だと思ったら言えよ」
「え…あ、んぁっ…!?」
ちゅう、と肌を吸われ、ぞくりと粟立った感覚に、自分の身に一体何が起きているのかわからない。
「シ、カ…シカマ、ル…待っ…て、」
常に刺激を与えられ、下がっていた熱が再び孕む。
開いた口が閉まらない。

(これ、って…)

世の中では、男女が営む、行為なのでは…?
ぼんやりと、浅い性知識を辿って考えるけれど、それも束の間。
肌を這う唇の感触に翻弄され、思考が遮られる。

蒼がだんだんと潤んで、深い色になっていく様に、シカマルの心は高揚する。
反射であがる嬌声で閉まらない口の奥にのぞいた赤に目が離せない。
「ほっせぇ腰…」
「ぅ…」
笑ってするりと腰を撫ぜられて、ナルトは更に頬を染めた。
鍛えてもさほど筋肉がつかず、自分より年下のシカマルの方がずっと逞しいからだに、ぐっと唇を噛んだ。
悔しそうに歪む表情に気付き、シカマルは、違う、と苦笑した。
「ばか、そんな意味で笑ったんじゃねぇよ」
馬鹿にされたと思ったナルトは訝し気にシカマルを見つめる。
「そそるって言ってんの」
「そ…?」
それこそどういう意味だと首を傾げたナルトの唇を再度塞ぎ、驚いて開いた隙間から舌を差し込んだ。
「んんっ…!?」
自分の舌を吸われ口内を味わうように舐め上げられ、溢れた唾液が頬をなぞって喉まで伝う。
「ん、ちょ…待っ…」
上顎を舐められ、腰にぞくりとしか感覚が走った。
「お…気持ち良かった?」
「ふ、ぇ…?」
ふと離された唇に名残惜しさを感じながらも、シカマルの言った言葉の意味を考える。
「ほら」
「うあっ…」
つ、と撫ぜられた下半身に視線を送り、な?と笑うシカマルに首を傾げながらも、
その視線の先を辿って絶句する。
散々シカマルにからだ中を弄られ、形を変えていた下半身に瞠目する。
「な、に…これ…」
「へ…何っ…て…」
自分のからだの変化を、不安そうに見つめるナルトに、まさか、と頬を引き攣らせ、
「まさか、自分でしたこと、も、ない…?」
「?自分で、何をするのですか…」
言葉の意味をはかりかねて、ナルトは更に不安そうに眉を下げた。
(おいおい嘘だろ…)
まさか自慰もしたことないなんて、考えてもみなかった。
(いや、しかし…)
幼い頃に性的虐待を受け、ましてやあの里人からの扱い、
ナルトに性知識を与える機会や人物などいたとは思えない。
一瞬、父親が悪ふざけ半分に教えているかもしれないとも思ったのだが、
例の性的虐待を発見した当人が、いくらあの父親だからって、そんな暴挙に出るはずもないのだ。
更に考えてみれば、こんな無理矢理自分の気持ちを押し付けるような行為に、
昔を思い出しナルトが辛い思い出を蘇らせるだけかもしれないのに、自分の気持ちを優先してしまった。
「大丈夫か?」
ふ、と小さく息をつき、今のところ自分のしている行為に対し拒絶の色を見せないナルトに問いかける。
「ぅ、と…大丈夫、です…」
躊躇いつつも、小さく頷くナルトに、
「悪い。あんなことがあったのに、ちょっと暴走しすぎた」
あんなこと、が何を指すのかわかったナルトは、いえ、と小さく首を振った。
反省の色を浮かべるシカマルに、
「正直、覚えてないんです」
そう言って笑う。
「何か、怖い思いをしたって、それはわかるんですけど…記憶には全然残ってなくて」
けれど時折、ふいに覆い被さられた時には、訳もわからずからだが震え出すことがある。
その時の恐怖は、からだだけが覚えている。
「俺、今ナルトに覆い被さってるけど、平気か?」
「ほんとですね…へいき、みたいです…」
自分でも不思議そうに、ナルトが笑う。
「…もう少し、触ってみて、くれませんか」
「え?」
思いがけない言葉に面食らう。
「あなたなら、大丈夫な気がするから…」

教えてくれるんでしょう?好きっていう感情を。

ことりと小首を傾げ、誘う唇に、まるで術にかかったように吸い寄せられ、ゆっくりと重ねた。





ああ、教えよう


好きだってことも

これが愛なんだってことも



それがどれだけ

大きく暖かいのかということも






モドル