あたえるもの
ひたひたと近づいて来る足音。
傾く夕陽は目の前なので、自分の背にある影は見えないが。
隠すこともしない無邪気にさえ思える子供の気配は、
普段から命を狙われ感覚が鋭敏な自分にはうるさいほどだ。
もうこれで、何度目だろうか。
一向におさまらない里人からの暴力
減らない任務
安堵して眠れぬ夜
そして、
今のようにこの数日、毎日続く、嫌がらせ
まだ5歳を迎えたばかりの子供には、あまりに疲れる毎日。
温和な子供も、さすがに精神が擦り切れてきていた。
ここ最近に始まった、里の子供達からの嫌がらせだ。
行為自体は、普段、里人から受ける暴力と比べればたいしたことはない。
骨が折れるわけでも、血の池ができるほどの力で何かされるわけでもない。
ただ、とっていくのだ。
子供達の間で、自分から何かを奪うことが遊びの一環として流行っているらしいのだ。
それはお金であったり服のボタンであったりさまざまで、
さすがにクナイを奪われたときは、必死の演技で奪い返しはした。
子供は、小さく溜め息を落とした。
夕陽が子供の姿を茜色に染める。
金髪は今だけはオレンジ色に煌めいた。
後ろの気配が狭まる感覚に、金髪の子供、ナルトの眉が僅かに寄った。
里人から受ける暴力とはまた違う感情がナルトの内に生まれていた。
それがナルトを更に精神的に追い詰めるのだ。
持っているくせに
自分よりもずっと沢山のものを持っているくせに
家族のあたたかさも
灯りのついている家も
暴力をふるわれない日常も
安堵して眠れる部屋も
笑いかけてくれる友人も
転んだら引き上げてくれる手のひらも
後ろの気配との距離が2歩分ほどに縮まったとき、
ナルトの中で何かが音を立てて切れた。
「いい加減にしてください!!!!!」
***
遡ること30分前。
陽だまりの落ちる公園で、子供達が数人集まっていた。
近所の子供達がボールで遊んでおり、休憩しようとひとりが提案した。
喉も渇いたし、ジュースでも買いに行こうと駄菓子屋に行った帰り道。
目の前の、見知った顔に子供のひとりが声をかけた。
「あ、シカマルとチョウジ!」
「あー?」
呼ばれて振り返れば、ご近所さんだと、シカマルはさして興味もなさそうに、
チョウジは菓子を頬張りながら笑いかけた。
名家であるシカマルとチョウジは近所の子供達から遊びの誘いが絶えない。
親が仲良くしろと言っているのだということは、シカマルもチョウジも知っていた。
一緒に遊んでいてもなんだかよそよそいい態度や、どこか媚びるような視線をよこされれば、嫌でも気付く。
シカマルはもとより面倒が嫌いだし、チョウジも彼らといるよりは、
シカマルと一緒に過ごす方が楽だし楽しかったので面識があるといった程度だ。
思ったとおり、一緒に遊ばないかと誘われた。
めんどくせーしいいわ、と言ってしまえば、彼らはそれ以上誘わない。
もとより、彼らも社交辞令だとわかって言っているのだから良心も痛まない。
シカマルとチョウジは帰宅するところで、じゃあ公園まで一緒に行こうとなった。
それくらいなら付き合うか、と特に考えず頷いた。
最近見ているアニメの話や、もうすぐ始まるアカデミーのこと、家の手伝いが嫌だとか、
何気ない話をつらつらと歩きながら喋っていて、最近子供達の間で流行っている遊びがあるという話になった。
「うずまきナルトって知ってるか?」
「……や、知らね」
子供のひとりに問われ、シカマルは答えた。
本当は、名前だけなら聞いたことがある。
里の嫌われ者で、同い年。
その程度の情報だけなら聞いていたが、よくは知らない、だからそう答えた。
「そいつのさ、持ってる物を、気付かれないようにとって来んの!」
「……はぁ?」
はしゃぎ笑う子供達に、シカマルは理解できずに眉を寄せた。
何が楽しいのかが全くわからない。
「あいつさ、忍者になるとか言ってるけど、全然気づかねーの!で、すっげー後になってからめちゃめちゃ慌てて探してさ!」
「そうそう、必死な顔でさ〜」
「反応面白ぇーよな!」
笑う子供達に、シカマルは更に表情を険しくした。
「それって、いじめだろ……」
シカマルの呟きに、子供達は一瞬止まって、笑った。
「あいつはいいんだよ」
「親もあいつには何にも言わねーし」
「むしろ俺、あいつに何かしたら逆に褒められるもんねー」
けらけらと、無邪気に笑う。
それはシカマルの目には異常に映った。
自分がおかしいのか?
深いところまで思考を落とし始めたシカマルに、チョウジがぽんと背中を叩いた。
「シカマルが正しいと思うよ」
大丈夫、そう笑った幼馴染は強い味方であった。
「あっ噂をすればだな!」
上げられた大声に、シカマルとチョウジも視線を向けると、数十メートル先に、夕陽に煌めく金髪を見つけた。
小柄なからだが、伸びた影を連れて歩いていた。
(ちっせぇ……)
もしかしたら、イノよりも小さいかもしれない。
あれで自分と同じ年齢とは。
オレンジのパーカーの袖から、時折見える腕は、折れてしまえそうなくらいに細く頼りない。
店の前を通るたびに、大人達から何やら怒鳴られている。
何かした訳ではなさそうだが、大人達は過剰なまでの反応で、小さな子供を追い払っているように見えた。
子供はそれに対して泣きもせず、怒りもせず、ただ黙ってまっすぐに歩いている。
ひとりの大人が突然店から出て来て、柄杓に汲んだ水を子供に引っ掛け怒鳴った。
子供は数秒だけ歩みを止めたが、その大人に視線を向けることもなく、濡れた顔を拭うこともなく再び歩き始めた。
いつもは笑顔の里人達が、鬼のような形相で小さな金髪の子供を睨む様子は、恐ろしく見えた。
「なんか……怖い、ね……」
目の前の異様な光景に、チョウジがそう漏らし、シカマルも苦い顔で頷いた。
足を止めてしまった2人の背を、子供達が押した。
「行こーぜ!」
「は?どこに…」
公園は逆方向だろうと言うシカマルに、子供達は金髪の子供を指差した。
「お前らもやってみろよ、面白いから」
「そうだなー…そうだ、あいつの髪、とって来いよ」
「はぁ?やらねーよそんなの」
「そうだよ、やめなよ!」
絶対楽しくなんかねーだろ、抗議するシカマルとチョウジの声は全く子供達には届かず。
知らない内に、金髪の子供との距離はあと数歩ほどになっていた。
間近で見ても、やっぱり小さいからだに、なんだか泣きそうになってしまった。
(こいつ、ちゃんと食ってんのかよ……)
細い首、片手で折れそうだと思った。
庇護欲さえ生まれるのに、ひどいことなどできない。
思案に暮れていたシカマルの背を、子供のひとりが強く押した。
「っわ…と…!」
よろめきながらも、更に縮まった距離。
刹那、金髪の子供が振り返った。
「いい加減にしてください!!!!!」
濡れた蒼の瞳。
涙によって紅潮した頬。
悔しそうに歪められた眉。
逆光になって見えないはずのナルトの表情は、影を支配する一族であるシカマルの目にははっきりと見えた。
シカマルを見て、驚いたように目を見開いた様子だって見える。
「あ……ごめ…」
不安そうに揺れた蒼に、目が離せないでいたシカマルの後ろから、子供達のはしゃぐ声が起こった。
「してくださいーだって」
「いつもの”だってばよ”はどーしたんだよ!」
「あれぇ、男のくせに泣いてんの?」
からかう言葉に、ナルトは更に頬を紅くさせて俯き、シカマルをふりきるように走り出した。
「待っ…」
伸ばした腕は空をきり、どうしようもない空虚感を覚えた。
「くそっ…」
追ってやる。
どうしてか、そう決心した。
後のことを考えず動くなど、したことがなかったが、自分でもわからない感情が背を押した。
自分の背から、よく知る幼馴染の声が響いた。
「おばさんには遅くなるって言っとくねー」
辺りはとうとう闇に包まれ、森の中は木々が擦れる音が響いていた。
本宅のある死の森に入って、ようやくナルトは足を止めた。
走って紅潮した頬を、風で冷えた涙がぼろぼろと伝う。
「う…」
何度も涙を拭った袖口はすっかり濡れてしまって重たくなっていた。
涙が止まらないのは、悲しいからではない。
先ほど自分をからかった子供達に指摘された演技の失敗を恥じたのだ。
「悔しぃ…」
できると思っていた。
暴力だって無視だって、どれほどからかわれたって本当の自分を見せる気などなかったのに。
つい超えてしまった沸点に気付かず、溢れ出た感情を抑えることもできず、曝け出してしまった。
それがひどく悔しい。
夜になって気温が下がる。
日の射さない森の中は、街よりも寒い気がした。
(……帰らなきゃ)
今夜も暗部の任務が待っている。
さっさと気持ちを切り替えて任務に向かおう。
懸命に動いていれば、こんな気持ちなど霧散する。
呼吸を整え、神経を研ぎ澄まし、
「……!」
気付く。
ばっと視線を向けた先には、僅かに木々の間を照らす月明かりが、小さなからだを照らしだしていた。
髪を高く結った子供は、息を整えながら、こちらをじいと凝視する。
自分の失態ばかりに気を取られ、追って来た気配に気付けずにいた自分に、ナルトは再度落ち込んだ。
(なんてことでしょう…)
さっき怒鳴りつけてしまった子供だ。
(確か、シカクの家の…嫡男、シカマル……)
よく夜の任務で組むことのある同僚の息子だ。
遠目では見たこともあったが、ちゃんと会ったのはさっきが初めてだ。
いつもからかう子供達のひとりだろうと、正確に気配を探らなかったために間違えてひどいことを言ってしまった。
それに腹を立てて、自分のあとを追って来たのだろうか。
ナルトは、表のナルト″としてどういう行動が正しいか、思考を巡らせた。
(表のナルト″はドベだが前向きで正直……かん違いしたことを素直に謝っても問題はない)
つらつらと考えていた時間は僅か数秒。
自分でも気付かないうちに傾けられた首。
長く伸びた前髪がぱらりと落ち、その隙間からきらりと蒼がのぞく。
息を整え終わったはずのシカマルは、その蒼に見惚れた。
シカマルは自分でもこの場にいる不自然さを充分に理解していた。
何でここにいるのだと問われたら、何故か追ってしまった、そんな犬みたいな言い訳できるはずがない。
「……お前、どうして追って来たんだってば?」
予想通りのナルトの問いに、シカマルは詰まった。
(何故かって…そんなの、)
手を伸ばして、みたかった。
(どう、して)
触れて、みたかった。
(何、に……)
目の前の、こいつ、に。
うわっと呻いて何故か頭を抱えたシカマルを、ナルトは不思議そうに見つめた。
(何か…言いたいけど、上手く言えない…そんな感じでしょうか?)
圧倒的にシカマルより落ち着いているナルトは、自分から動かなければ自体は進まなそうだと考えた。
「…お前、シカマルって言うんだろ」
「え……」
自己紹介もしていないのに呼ばれた名前に驚いて、シカマルは顔を上げた。
顔には、どうして知ってるんだ?″と書いてあり、ナルトは困ったように笑った。
「奈良家の子供だろ?有名だし、俺だって名前と顔くらいは知ってるってばよ。
お前だって俺のこと、どうせ噂で知ってんだろ…?」
「…ああ」
どうせろくでもない噂だ、とナルトは自嘲気味に笑った。
「さっきはごめん」
頭を下げたナルトに、シカマルは意味がわからず首を傾げた。
「は?何が?」
「さっき、俺、お前に怒鳴っただろ。シカマルに対して言った訳じゃないんだ」
「あぁ…や、気にしてねぇよ。それにあいつらと一緒にあの時いたのは事実だし、
成り行きとはいえ、結局お前に嫌な思いさせちまった訳だし……」
シカマルの様子に、今度はナルトが首を捻った。
「…俺に怒って…追って来たんじゃないなら…何で来たんだってば…?」
シカマルの真意がわからず、訝し気にナルトは蒼を細めた。
「それは……」
それ以上は口を噤んでしまったシカマルに、ナルトは手を伸ばせば触れ合えるほどの距離まで近づいた。
「別に無理に何か言わなくてもいいってばよ。だから、ほら」
そう言って目を閉じると、
「一発殴れ」
「は、あ?」
なんで?意味がわからずますます首を傾げるシカマルに、片目を開ける。
「けじめだってば。やっぱり思い違いをしたのは俺だし、だからこれで」
許してくれと再び目を閉じた。
「いやいや、それほどのことじゃねーし!」
かぶりを振ってみても、目を閉じているナルトには見えるはずもなく。
金髪の子供は譲ろうとはしない。
く、と細い顎を上げ、晒された白い肌を月明かりが発光させる。
睫毛まで金で、いつまでも眺めていられる気さえする。
頬に濡れた痕跡を見つけて、胸が痛む。
心ない悪戯に傷ついた痕だ。
走ったせいで紅く色づいた唇から目が離せない…のは。
胸が苦しい、のは。
理由は、
明白だ。
自分は、この金髪の子供に惚れてしまった。
(……俺が?)
は、と歪んだ笑みが漏れる。
(ありえねぇ…)
これでも自分のことは理解していると思っていた。
あくまで慎重に、面倒なことはしないし、する気もない。
恋なんて面倒なこと、自分が振り回されることなど、一生来ないと思っていた。
ましてや、一目惚れなど。
しかし目の前の金髪の子供を見ていると、なんだか変な気分になる。
きらきらと光る金の髪にも、抜けるような白い肌にも、紅く染まった頬にも、
触れたくて仕方ない。
自分の手に、あの柔らかそうな頬がすり寄ってきたなら、どれほどの幸福感を得られるのだろう。
あの紅い唇に触れられたら、どれほどの。
思うが早いか、自分でも知らぬ間に、頬に手を添えていた。
紅く染まった頬は、思いがけず、冷たかった。
その感触に、いつ殴られるのだろうかと身構えていたナルトが、わずかに肩を揺らす。
「……んっ…?」
一瞬感じた温度に驚くが、痛みはなく、ナルトは目を開けた。
「な、に…?」
「……!」
ハテナマークの浮かぶナルトの目の前には、自分以上にハテナマークが浮かんでいるシカマルの姿があった。
そしてどんどん紅く染まる顔。
「わ、り…」
「別に、大丈夫…だけど…今の、なに?」
痛みも衝撃もない、ただ、唇に何か触れただけ。
本当にわからない、と無垢な蒼がシカマルを覗き込む。
「い…嫌じゃ、なかった…か?」
嫌?再び首を傾げるナルトに、
「もっかい…して、いいか」
特に不快も感じないこの行為に何の意味があるのかはわからないが、ナルトは頷いた。
シカマルは、まるでこの行為の意味をわかっていないナルトに良心が痛みながらも、
今を逃せば二度とこんなチャンスが来るかどうかなんてわからない、そう自分に言い聞かせ、望みを叶えることにした。
先ほどと同じように瞼を閉じたナルトの頬に手のひらを這わせ、片手は後ろから後頭部へ添わす。
薄く開いた唇に押し当てるように自分のそれを這わせると、慣れない感触にナルトは思わず瞼を開けた。
「んっ…んん…!?」
焦点が合わないほどに近く、漆黒の双眸と視線がぶつかり、蒼を揺らす。
驚いて開いた唇からのぞいた真っ赤な舌に、自分の舌を押し当て擦り上げると、
ナルトのからだが大きく揺れて、いつの間にか自分の上着の裾を引っ張る姿に眩暈を覚えた。
舌先を吸い上げて、隙間なく唇を食むと、袖を引っ張っていた力が緩み始める。
(これは、な…に……?)
瞼が閉じそうになる。
眠気にも似た、心地良い感覚に酔いながら、ナルトはぼんやりと失いそうになる思考を繋ぎとめる。
(これは何?)
ここまで自分に触れてきた者など、今までいなくて。
(嫌じゃ…ない…のでしょう…か)
こんなにぴったりとからだをくっつけて。
頬と後頭部には手のひらが添えられて、ずっと口内を舐められている。
逃げる舌を追いかけて捕らえては、離したくないとばかりに吸い上げられる。
隙間なく塞がれた口内は、なぜか満たされた気分にさえ思われて、間違えるなと思考の底で叱咤した。
だってこれは、シカマルを疑った罰なのだから。
そう思い、再び瞼を閉じると、
ふと、行為が急に止まった。
「……?」
ほんの少し空いた距離に、思わず瞼を開けると、睨むような漆黒の双眸が。
「違うからな」
「なに、が……?」
不安そうに見上げるナルトを、射るような視線。
「これは、俺が、好きで、やったことなんだ。まあ、随分勝手なことしてんだけど……」
後半は歯切れ悪く、少し困ったような顔をして、
「要するに、罰だとか、そういう意味じゃない」
「……じゃあ、どういう意味?」
「それ、は……ひ…」
「ひ?」
顔を赤らめる漆黒の子供を、金髪の子供は不思議そうに見つめる。
しばらく黙りこんでしまったシカマルを、ナルトは辛抱強く待った。
そして小さく聞こえた言葉。
「ひとめ…ぼれ?」
初めて聞く単語に首を捻ったナルトに、シカマルはがっくりと肩を落としながらも、少しばかりほっとした顔をした。
そして、そうだよ悪いかと呟いて、抱きしめられた。
胸が押し当てられて少し苦しい。
けれど、
(なんででしょう……)
心地良いとは、こういう感覚なのだろうかと。
「まあ、ゆっくり…考えてくれよ」
「…?わかったってばよ」
何を考えるのかもよくわからないまま、ただただ与えられる心地良い圧迫感を感じたい欲に負けてしまった。
そのまましばらく、互いに口数も少ないまま抱き合っていた。
「…ということがあったのですが、」
「………」
ここは広大な敷地を誇る旧家のひとつ、奈良家の屋根の上。
夜の任務帰りにたまたま近道として屋根伝いに帰宅していた緋月の姿のナルトを、
家主であるシカクが目ざとく見つけ、少し寄って行けと酒の相手をさせていた、最中であった。
「聞いてます?」
「………」
何故か今日一日で起きたできごとを話しているうちに動かなくなったシカクに、
「…だからですね」
「いや、もういい」
再度説明しようとして断られた。
ほろ酔いであった良い気分はどこへやら。
すっかり酔いの覚めたシカクは、姿は青年であるが中身は同年代よりも無垢で無知識なナルトに
はあ、と深く溜め息ひとつ。
「なんか…うちの息子が…悪かったな……」
なんだか生娘に手をつけたようで良心が痛む。
「…?別に謝られるようなことは何もされていませんが?」
「や、してんだよ…」
「そうなのですか?」
どのことを指しているのだろうと考えるナルトに、シカクは苦笑をひとつ送った。
「で、どうだったよ?」
「え?」
唐突な主語のないフリに、ナルトは首をことりと傾げる。
「抱きしめられて、口づけられて、どう思った?」
問われて、しばし考えてみる。
「痛くないと思いました」
「………」
あまりと言えばあまりの答えに、シカクは苦い顔をした。
不幸な環境の中で育ったナルトには、恋だとか愛だとか、存在すら知らないのだ。
「こりゃ手強いぞシカマル…」
何も知らないナルトに想いを伝え理解してもらうのは、至難の業だとシカクは悟った。
「え?」
「や、なんでもねぇ。まあ…ゆっくり考えてみてやってくれや」
「はあ……」
シカクにまでシカマルと同じことを言われてしまって、ナルトはとりあえず考えてみることにする。
そう、とりあえず。
今夜眠る前に、彼のことを思い出してみようか。
モドル