望むもの【1】
昔からずっとずっと好きだった
金髪の愛しい子は最近どこか
消えてしまいそうで怖くなる
「忍の皆様、御苦労様でございました」
恭しく頭を下げたのは、今回の合同任務であった大名の娘の護衛を依頼した婦人であった。
娘の母である婦人は、別荘のある木の葉のはずれから、自宅までの護衛を頼んだのだ。
その任務には、7班と10班があたり、引率者としてカカシと中忍になったシカマルが選ばれた。
中忍になったばかりのシカマルが主にリーダーを務め、カカシはサポートと言ったところだ。
半日かけての合同任務は、特に問題もなく、滞りなく終了した。
表向きでは。
実は途中、大名親子を狙う刺客がいたのだが、誰にも気づかれない内にナルトが片付けたのを、シカマルは気付いていた。
ナルトよりは反応が遅れたが、刺客に気付いて対処しようとした際、
既にナルトが影分身を残し、殲滅に向かったのがわかったため、黙っていることにしたのだ。
いまだ下忍であるナルトが、実は暗部であることをシカマルは知っていた。
猪突猛進、何も考えていないような行動を見せる反面、その行動が結果的に良い方向に向くことが多く。
その違和感を元にナルトのことを、里人から受ける酷い暴力の意味から九尾の秘密も調べて知った。
父親のシカクを酒に酔わせ、言葉巧みに導き、ナルトの暗部名も知り得た。
その暗部名は裏では結構有名で、暗部総隊長に次ぐ強さだと言われており、
10年ほど前から存在していることから、ナルトはわずか5歳の頃には暗部として動いていたことに驚愕した。
それを知ってから、シカクを道連れに修行修行の毎日を送ってきたことは、恥ずかしいから秘密だ。
(好きな奴より弱いって、格好つかないっての…)
努力したものの、まだまだナルトに敵うレベルではなく。
それでも何かで手助けをしたいと思って、戦略部で働くようになって2年弱。
黒月と名乗り、見た目は元の姿に10ほど年齢を足して変化している。
数回、黒月の姿で、緋月の姿のナルトと会ったことがある。
面をつけていたから顔はよくわからないが、煌めく金を黒に、蒼を茶色に染めて敬語で話すナルトは、
表とはまるで違う動作で、表情で。
ああ、これが本当のナルトなんだって、感じたときは最高に嬉しかった。
静かに緩やかに穏やかに、丁寧で慎重な動作で、けれど不思議そうにことりと首を傾ける様は表と同じだった。
そんなナルトの様子が、ここ最近おかしい。
表でも、ぼんやりと考え事をしているようで、その姿が、ひどく儚い。
手を伸ばして触れたら、すぅと消えてしまいそうな。
どこか諦めているような表情を、するときがある。
その理由がなんとなく予想できて、シカマルは焦りを覚えていた。
九尾襲来事件から15年の月日が流れてもなお、終わらない暴力と暴言。
いまだにナルトを化け物、狐めと蔑む言葉を吐く里人に、愛想が尽きたのかもしれない。
裏での暗部一本にしたって良いのだ。
もしも表の存在に意味がないとナルトが考えているのなら、
緋月としての存在が確立している今、ナルトがナルトとして下忍を遂行する意味はない。
そうだとしたら。
ナルトを超えるほどの力をつけてから、などと悠長なことは言っていられない。
(どうすっかな…)
ナルトが自分を嫌っているとは思えないが、恋愛感情で好きかどうかと言うと自信はない。
そもそも自分は男だし、対象としても外れている可能性の方が高いのだから。
しかし、話をするのであれば、早い段階でしないともう時間がない気がする。
今日の合同任務も、いつものような騒がしさはあまり見られなかったし、
密かに溜め息をついている姿を頻繁に見ている。
(あとで甘栗庵にでも誘ってみるか…)
表のキャラクター上、奢ってやると言えば乗ってくるのがナルトだから、
きっと断られることはないだろう。
となれば、さっさと招集をかけて解散だ。
各自持ち場にいたメンバーに、シカマルからは招集をかけた。
「皆、お疲れ。報告書は俺から出しておくし、ここで解散するぞー」
了解、と各々から声がかかり、各自解散しようと動いた時、
「あ、お待ちください」
シカマルの解散の声を割って入ったのは、ここまで護衛していた娘。
「皆様お疲れでしょう?お茶をご用意いたしましたので、良かったらぜひ」
照れたようにシカマルを見つめる姿に、皆がにやにやと微笑ましく見守る中、
シカマルは隠すこともなく眉を寄せた。
「や、お構いなく」
きっぱりと断るシカマルに、
「でも、もう用意してしまいましたから…」
どうぞ、と腕をシカマルのそれに絡ませる姿に、吐き気がした。
任務中も、何かと熱っぽい視線を向けてきていたことを思い出し、息をつく。
これがあの金髪であったのなら、また違う感情でもって見られたのに。
ねぇ?と見上げる娘に、他の仲間達がにやにやとこちらを面白そうに見物する姿に
腹が立ってしょうがない。
「いいじゃない、お言葉に甘えましょうよ」
イノの言葉に、仕方なく誘いを受けることになった。
皆がぞろぞろと、屋敷内へ入って行く。
しかしナルトは、その場を動かず言った。
「俺はいいや。帰るってばよ」
疲れたし、と苦笑して背を向けるナルトを呼び止めた。
「は?待てよ、ナルト」
「シカマル様」
そして、シカマルを止めたのは大名の娘。
「ご用事がおありなら、残念ですけど仕方ありませんわ」
ねぇ?とにっこり微笑む娘の瞳に、明らかな嘲りの色を認め、シカマルは辟易した。
それに気付き目を伏せたナルトを、抱きしめてやりたいと思った。
「それなら俺も帰る。皆は甘えて休んで行けよ」
他のメンバーに声をかけ、シカマルは娘の腕を払う。
その行動に焦ったのは娘だ。
「そんな…そう仰らずに休んで行ってくださいませ」
せっかくご用意いたしましたのに、と縋る娘にシカマルは眉間を寄せた。
「何で俺の時は引きとめるんだよ」
ナルトの時はしなかったくせに、と漆黒の双眸が冷ややかに細められる。
険呑な雰囲気に耐えかねて、ナルトが助け舟を出す。
「えっと、俺、やっぱり休んで行こっかな」
にこりと、唇を引きあげて。
作った笑顔に、シカマルは眉を顰めたが、娘は引きとめる材料ができて大喜びだ。
「さあ、どうぞこちらへ」
現金な様子でシカマルの腕を引っ張り、奥へと誘う。
その様子にうんざりしながらも、足を進める。
後ろで何かぽそりと漏らしたナルトの独り言に、シカマルが振り向く。
「何か言ったか?」
「何でもないってばよー…」
溜め息をつくナルトに、心中穏やかでいられず。
やはり後でちゃんと話をしようと決意した。
通された部屋は大広間で、大名夫人と娘を上座に、彼女らの取り巻きらしき者達が談笑していた。
用意された座席には既にシカマルとナルト以外のメンバー達が、下女達に給仕を受けている。
シカマルは大名夫人と娘の前の席、カカシの隣へと案内され、ナルトは仲間達の傍に腰を下ろす。
(なんで俺、こんな席なんだよ…)
だいぶ離されたナルトとの距離に、寂しさを感じながら、
とにかくさっさと終われば良いと思った。
お茶と菓子が運ばれ、夫人からの労いの言葉と共に、さながらお茶会のようなものが開かれた。
最後に座ったナルトにも、下女のひとりが茶を注ぎに腰を下ろし、ひとつ会釈して下がって行った。
ふと気になって、ナルトの方に振り返ると、
暖められた器を両手でそっと持ち上げて口元に運ぶ姿。
無意識なのか、伏せられた目が麗しいと思わせる様に、見とれてしまった。
すると、茶器に口を付けたナルトが一瞬だけ、びくりと肩を震わせた。
目を見開き、すぐに何か耐えるように蒼を細めたのを、シカマルは見逃さなかった。
「…っ…」
ゆっくりとした動作で茶器を床に置き、何事もなかったような表情を貼りつけたように見えた。
まさか、と嫌な予感が胸をざわつかせる。
娘が何やら話しかけてきていたが、何も耳を通らない。
意識は全てナルトだけに向いていた。
談笑に夢中の仲間達は、一番後ろに座ったナルトの様子がおかしいことに気付くこともない。
無意識に立ち上がり、ナルトの傍まで寄る。
「おい」
かけた声に、ナルトは肩を揺らした。
それは演技には見えず、この距離で自分に気付かないほどに、ぼんやりしていたか、または何かに集中していたか。
嫌な予感が的中したようで、胸を抉られたような感覚だ。
見上げたナルトの顔は、紙のように真っ白で、額に汗を滲ませている。
「大丈夫か?顔色、すっげー悪いぞ」
シカマルの言葉に、返事をしようとして僅かに見えた口内は、ありえないほど真っ赤であった。
「おい!なんだそれ…!」
「っ…あ゛…」
しまった、と言う顔をされ、逃げようと後ずさるナルトの顎を掴み、無理矢理に口を開かせた。
「これ、どうしたんだよ…!」
真っ赤に染まった口内に、シカマルの眼光が鋭くなった。
周りでお茶を楽しんでいた仲間達も、シカマルの声に異変に気付き、こちらへどうしたのかと寄って来る。
ナルトは、ばれてしまったことを悔いているように、視線をシカマルから外した。
シカマルは辺りを見回し、ナルトの飲みかけの茶器を見つけ拾い上げると匂いを確かめたが、色も匂いも普通の茶であった。
少し舐めてみようと口に運ぼうとすると、ナルトが慌ててその茶器を手で払った。
その行為で、やはり毒か何か盛られたのだと確信した。
パリンと軽い音を立てて割れた茶器に、その場にいた皆がシカマルとナルトに意識を向ける。
シカマルは流れた液体を僅かだけ指先につけてこすると、ぬるりと指先の表面が溶けたことを確認し、
「何だよ、これ…!」
怒りで全身が震えた。
もしかすると仲間全員が同じ物を飲まされたかと危惧するが、既に口をつけていたところを見ると、
どうやらナルトのみを狙ったようで。
その真意がわかるからこそ、余計に腹が立って仕方なかった。
拳を握り震わせるシカマルに、ナルトは唇だけで、大丈夫だと言った。
もうあと数分もしたら、九尾の治癒で完治するのだろう。
「大丈夫じゃねーだろ…!」
ぎ、と大名夫人と娘の方を睨み、
「仲間の茶の中に毒が。どういうことでしょうか」
詰め寄ったシカマルに、夫人はふんと鼻を鳴らした。
「あなたこそ、自分が何を言っているのか判っているの?」
「は…?」
さもおかしいと、扇子を口元に当てて高らかに笑う。
「そんな狐憑きの言うことを信じるなんて」
取り巻き達が、その言葉に賛同するように頷き合う。
「そもそも、わたくし達の仕業だという証拠はあるの?」
ふ、と目が弓なりにしなる。
「誰からも愛されない、憎まれてばかりの狐が、あなた達からの同情を得たくての自作自演だとは思わない?」
高く笑う夫人に、殺意が湧き上がる。
「名家旧家の子供達であるあなた方が、まさか狐の言うことなんて、信じないわよねぇ?」
勿論違うわよねぇ?と笑う夫人に、娘も笑う。
「まさか。ねぇ、シカマル様」
ナルトの肩を抱くシカマルの指が、ぴくりと動いた。
「皆様も、孤独で可哀想な狐を同情で仲間にしていらっしゃるだけなのでしょう?」
どうして今もなお、まだこんな輩が存在するのだろう。
ナルトは毒の入った茶を飲んでも黙っていた。
それは仲間から心配されないように。
それは仲間への蔑みをされないように。
それは、騒いだところで自分の言い分など信じてもらえないであろうことを、知っていたために。
そう思うと、なんだか泣きそうな気持ちになった。
俺なら、信じるのに。
たとえそれが嘘であったとしても、お前がそう望むのであれば、何だってしてやるのに。
腕の中の金髪の蒼がほんの少し揺らいだ。
「も…いってば、よ…」
ようやく声が出たナルトを、大丈夫かと仲間達が駆け寄る。
「俺、が…自分で、やったんだってば…」
ふ、と苦く笑うナルトに、シカマルが怒鳴った。
「違うだろ!!」
そんな庇い方などして欲しくないのに。
肩を抱いていたシカマルの腕をすり抜けて、
「もう、へいきだから」
笑った。
表向きでない、静かな笑みで。
その笑顔に、シカマルは確信した。
ナルトは自分を受け入れないこの世界を、手放そうとしている。
そして、シカマル達から遠く離れようと、している。
するりと仲間達の間を抜けて、窓枠に足をかけた。
「じゃあね」
さよなら
唇だけでそう言った。
ほんの少し見えた横顔、シカマルはしっかりと別れの言葉を聞いてしまった。
「させるかよ…!」
同じように窓枠に足をかけ、仲間達に振り返る。
「ナルトを追う!お前達は各自帰れ!」
既に解散はかけたため、後は自分が報告書を提出すれば良いだけだ。
駆け寄ったサクラが、お願いね、と背を押した。
今追わないと、金髪は戻って来ないと
皆が心の底で感じていた。
空には夜の帳
儚く淡く昇る月が
美しかった
モドル