暗く閉ざされた空間に、幾重にも重なる吐息は重苦しく。
あまりの息苦しさに一度だけ深呼吸をしたが、思った以上に空気は薄かった。

集められた旧家・名家・権力者のもと開かれた密やかな会合。
殆どが見知った顔ぶれだ。
さすがにこの緊張感の中、普段の食欲は湧かなかった。
ちらりと視線だけ滑らせ見つめた先には、本来居るはずの幼馴染ではなく、彼の父親が席についている。
会合を開いた上層部に対し腕を組みつつ不遜な態度で、
しかしその彼から発せられる威圧感からか、誰も注意する者はいなかった。

「誰か、反対の者はいるかね?」
会合の発案者の言葉に、自分の反対側に座っていたもうひとりの幼馴染が眉を吊り上げた。
「大ありよ…!」
怒りの抑えられた声は、それでも神経が過敏になったこの場ではよく響いた。
しかし怒気を当てられた上層部は笑みを崩さない。
確固たる自信があるからだ。
この場にいる誰もが逆らえないことを理解しているから。
「…何か?」
「っ…いいえ…!」
吐き捨てるように放った声には、自分が泣きそうになるくらいの悔しさが込められている。
その表情を見て、上層部は自分達の勝利を確信し口元を歪めた。

「では、満場一致ということで」

誰も何も言わない。
何も言えない。

ずしりと腹に鉛でも入れられたかのような重苦しさの中、秘密の会合の終幕が下りた。





哀詩【1】









ふう、とひとつ息を込めれば、一枚の手紙は蝶の型をとって空に舞った。
闇夜に舞う蝶は、自分のチャクラを纏って、やや淡く光っているように見える。

想うひとのところまで届けてください。

任務続きの毎夜に、少し疲れたからだを木の幹にあずける。
火影への報告も済み、あとは自宅へ帰るだけなのだが、どうも足が進まないのは、
帰宅したところで自分を待っている者がいないからだ。
肩まで伸びた金髪が、風に攫われさらさらと流れる。
前髪の隙間から蒼が月光をはじいてきらりと光る。

シカマルは現在、長期の里外任務中。
あと3ヶ月は帰れないと聞いている。

寂しいと、ひとりは寂しいのだとわかってからは、なんだか我侭になってしまっている気がしてならない。
寂しい会いたい待ち遠しいと、つい伝えてしまう。
毎夜、任務帰りに送る式に込めて。

やはりこんなことは、図々しいことだろうか。
でも知って欲しくてたまらなくて。
迷惑かもしれないけれど止められない。
例えそれが、シカマルの方から願ったことだったとしても。

日頃から自分のことを顧みず、そしていつ殉職してもおかしくない忍という職業を考えて、
長期任務のため近くで見守ることのできないシカマルの妥協案でもある。
ひとことで良い、毎日必ず式を送って来いと。
そうでもしないと安心できないと苦く笑った。
そんな約束をして木の葉を離れて2ヶ月が経った。
少しだけ、ほんの少しだけ気がかりなことがナルトにはあった。

返事が、来なくなった。

全く来ない訳ではない。
毎日式を送れと言われたから、こちらからはちゃんと毎日届けている。
応えるように送られていた返事は、最初の数週間は毎日あったが、
日が経つにつれ、一日おき、二日おき、一週間になり、今は二週に一度あるかないか。

妙な、不安が生まれている。

何か気に障ることでも送ってしまっただろうか。
いや、任務が忙しくてそれどころではないのかも。
でも、ひとこと式を送るくらいはできるのではないだろうか。
もしかして、ひどい怪我でも負ったのではないだろうか。

挙げだしたらキリがなく、そして答えもシカマルがいない限りわからないのだ。

任務内容は、関係者以外知ることはできない。
式はシカマルのチャクラを追って飛んで行くから、それを追えば辿り着けないこともないが、
迷惑になるかもしれないと思うと気が進まなかった。

あと3ヶ月。
もしかしたら、それ以上。
待つしかない。
はあ、と小さく息をつくが、こんなんじゃ駄目だとぱしりと頬を両手で叩いた。
去年、やっと重い腰を上げて受けた中忍試験で素性を明かして以来、ナルトは素のままで過ごせるようになった。
理不尽な暴力も驚くほど減った。
全くないと言えば嘘になるが、環境は見違えるくらいに良くなったと思う。
今は近くにいないけれど、好きなひとがいて、愛していると言ってもらえて、大事な仲間がいて、自分はとても幸せだと感じる。
これ以上を望んではバチが当たる。
きっとシカマルは無事にちゃんと帰って来る。
心配することなんて、きっとない。

ふと見上げた先には、少し欠けた月が、ゆっくりと大きな雲に覆われて辺りは更に夜に溶けていった。
「……」
いつもは闇に包まれるこの感覚が、好きだった。
はずなのに…。



なぜだか、不安なの

早く早く帰って来て

大丈夫だって



言って





「しか、まる…」
思わず漏れた声は、自分でも疑うほど弱弱しく、夜に負けて消えていった。














モドル