哀詩【11】
キインと響いた金属音。
その数秒の間に塵と化すひとだったもの。
弾かれたクナイが地面に突き刺さり、弾いた主が音もなく着地した。
闇色の髪に茶色の瞳が、途切れた雲から顔を出した月によって照らし出される。
舞うように戦う姿に、その場にいた者達は呆けた表情で魅入られていた。
整った顔立ちとしなやかな体躯に、ざわりと胸の奥がざわついたのは、皆同じようで。
しかし、とすぐに思い直す。
――あれは狐ぞ
――自分達の家族を殺し、国を壊滅した元凶ぞ
――決して心を許すことは、ないのだ
浮き立った気分はなりを潜め、暗く淀んだ瞳で目の前の小柄な青年を見つめる。
殲滅後、しんと静まり返った空気を破ったのは、その場を取り仕切っていた長であった。
「何をしている!ここの任務は完了だ、帰還するぞ!」
長の声にはっと我に返り、隊の形をとって帰還していく隊員達。
同じように倣おうとした青年に、長は制止をかけた。
「お前は残って後始末だ。そいつらの額宛は回収しておけよ」
苛立ちを隠さぬ表情に、青年は特に何の表情も変えず、御意、と膝をついた。
その従順な姿を嘲るように笑い、長も跳躍した際、
「ふん…化け物が」
小さく吐き捨てられた言葉。
それは忍である自分には充分に聞こえる音量で。
それは、勿論長だって理解しているはずで。
残された青年、ナルトは小さく息をつき、倒した敵から額宛を回収し、蒼の炎をくべた。
数十秒で存在の欠片も残さぬ蒼をぼんやりと見据え、ゆっくりと腰を下ろす。
この任務について、5日ほどが経っていた。
使われていない古城を砦とし、いまだ相次ぐ敵の襲来から木の葉への潜入を未然に防ぐという任務。
砦についた途端、向けられたのは、もう慣れてしまった憎悪と嫌悪の視線。
自分は一番若い忍で、つまりはここにいる者達の大半は、九尾の襲来で何かしら傷を負っているのだ。
つまりは、九尾を腹に封印している自分は彼らにとって敵であり憎むべき対象なのだ。
何かに付けて罵倒され、傷を心身共に負わされる。
月の光を弾く金髪も目障りだと、
海のような蒼も憎いのだと、
ナルトという名前も呼ばれないまま、いつも使っていた緋月の姿に変化し、
元の色を変えても狐め化け物めと呼ばれる。
自分とは一体、何なのだろう―――
どれほど頑張ろうとも、努力しようとも報われることはない。
それでも自分は誓ったのだ。
自分の大事な者達の生きるこの木の葉を守ろうと。
敵の数もおおよそわかってきた。
それも、ナルトが自身のチャクラを最大限に利用して遠く遠くの敵の気配を読んだからで。
その報告さえすぐには信じてもらえなかった。
十数里も離れた敵陣にある数が、ここからわかる筈がないと。
しかし先日戻った策謀班から伝えられた数と、ナルトが報告した数は相違なかった。
苦虫を噛み潰したような表情を長はしたが、謝罪をもらえるはずもなく。
(まあ、期待などしていませんでしたが…)
もう色々と、諦めてしまった。
何をしたって褒めてなど、感謝などしてもらえない。
ただただ疎ましい、そんな存在。
(俺が、消えたら、いなくなったら…)
多くの人々が、幸せになるのだろう。
同期の仲間達やイルカあたりは、悲しんでくれるかもしれない。
けれど、
(仕方ない…で、済んでしまうかも)
それならそれで、いいや。
自分の死が、存在の消滅が、
誰かの幸せに繋がっているというのなら。
それだけで自分の命に意味があるような気がしてくる。
自分くらいは、自分は生まれてきて良かったのだと思ってやれなくては、動けなくなる。
意味のない空っぽのからだなんて、要らないのだから。
敵の数もわかった今、ナルトの中では密かに計画が立てられていた。
どうせ今回の任務を任されたあの長は、すぐに自分を前線へと配置するだろう。
…今日のように。
タイミングがきたその際は、ある申し立てをしようと思う。
抱いていた膝を解放し、重量のまま地に仰向けになると、満天の星空。
闇の中に浮かぶ月が、目の前に広がる。
暗い闇であるからこそ、月は輝いて見える。
まるで、シカマルと自分のようだ。
「どうしてるかなぁ…」
切れ長の黒を細めて、不機嫌にも見える難しい顔で解読でもしているだろうか。
軽口な父親に腹を立てて言い争い でもしているだろうか。
また仕事に追われて、徹夜で作業をしているだろうか。
そんなことをつらつらと考えていると、ふいに耳にヒヤリとした感覚。
不思議に思って手をやると、触れた指が濡れた。
「あれ…」
きょとんと瞬きし、ああ、自分は泣いているのかと他人事のように思う。
どうして涙が出たのかわからなかった。
哀しいのか、寂しいのか、悔しいのか。
麻痺した感情に、存外自分は心に傷を負っていたのかもしれない。
自分の気持ちがわからないなど、笑える話だ。
「さて、と」
そろそろ戻らねば、また長に酷く罵られてしまう。
腰につけていたケースから、一枚の札を取り出し唇で食んだ。
印を組み、深く息を吸うようにその札から流れてくるチャクラを飲み込んだ。
殆ど失っていたチャクラが戻っていくが、体力に負担がかかるのが難点な代物。
印を組み変え、薄い薄い念波を広範囲に広げて行く。
敵陣まで広げて、ひどく微弱な念波をゆっくりと流す。
おそらくシカマルに使ったであろう術と同じ要素のものだ。
ゆっくりとじわじわと、気にもとめない小さな念波を時間と回数をかけて注いで行く。
言葉を知らぬ子供に教えるようにじっくりと。
小さすぎる念波に、敵も気付いた様子はない。
これはあなたに危害を加えない
大丈夫だから身を任せて
まずはその程度の微弱な暗示。
ここに来て何度か同じ作業を繰り返す。
これは遠くない未来に必要な布石。
ねえシカマル
あなたの庇護を受けられない月は、見えなくなって、
きっと
消えてしまうのでしょうね
モドル