哀詩【3】
ゆっくりと茜色の空が闇色に侵食されていく中を、小柄な影が駆け抜ける。
軽やかな足取りとは裏腹に、影の主の表情は重かった。
黄金色の髪も、闇に喰われて普段の輝きを見せてはいない。
表での上忍任務を終え、先ほど火影より、ずっとずっと待っていた恋人の帰還という朗報をもらい、
今は国の出入り口である門へと浮き立つ心を抑え向かっている。
…のだが。
急く足も、門が近付くにつれ少しずつ重くなり、目視しうる距離になると、とうとう止まってしまった。
―――自分は彼を迎えに行って良いのだろうか。
翳る表情、落ちる涙。
不確かで不吉な予感は当たりそうで言葉にして吐き出すことさえできない。
長期任務に出たシカマルは、半年を経てやっとの帰還。
シカマルが言い出した式を使っての連絡は、結局最初の2ヶ月だけで、それ以降は1度も返事が来なかった。
綱手から、大きな怪我をしたとも聞いていない。
詳しい任務内容は教えてはもらわなかったが、解部として向かった任務であれば、実戦とは考えにくい。
一方通行の言霊は、はたして封を解かれたかどうかもわからない。
(迷惑…だったのかも……)
――シカマルが約束させたやりとりなのに?
(忙しい、仕事だから……)
――式をひとつ送るほどの時間もない?
(もう、俺のことなんて……)
――――いらないの
俯いた蒼からは大粒の涙。
尽きることなく零れ落ちる雫は、地面に小さな水玉を作った。
ここ数ヶ月の間で、ナルトの精神はすっかり弱ってしまっていた。
シカマルのことだけではなく、最近は同期の仲間達とでさえ、何やら得体の知れない溝を感じる。
声をかければどこか余所余所しい態度を見せたり、すぐに離れて行ったり、視線だって合わない。
夜の任務で一緒になることも多い猪鹿蝶も、飲みに誘ってくれることもなくなり、困ったように笑って帰ってしまうことが多くなった。
親代わりであるイルカは、以前となんら変わることのない接し方をしてくれており、
相談もしてみたが、偶然ということもあるぞ?と穏やかに慰められてしまった。
シカマルが傍にいないことで、心が不安定になっているのではないかと。
(そう…なの、かな……)
不安からくる、ただの被害妄想なのだろうか。
(シカマルに会えば、大丈夫になるのかな…)
考えてみて、小さく首を振った。
違う。
きっと違うんだって、思う。
だって、駄目だって警鐘が鳴っている。
会ってはいけないって、本能が悲鳴のように叫んでいる。
涙で霞む視界の先に見える門。
行っては駄目だ。
これは自分に対する不幸の予感であり、きっと当たってしまうであろう。
そんな気がする。
そしてそれは、自分が一番悲しいと思う未来であるはずだ。
「やだ…」
いやだ。
いやなんだ。
誰か救って、未来を書き換えて。
どうしてこんな気持ちにさせるの。
なんでそれでも、足があなたのところへ向かってしまうの。
空は殆ど闇に食われて、今日は月も、星の明かりさえ見えない暗闇であった。
嘲笑うかのような黒が、輝きを失くした金髪を飲み込んでいった。
モドル