哀詩【6】








シカマルが帰還して2週間ほどが経った。

ナルトはぼんやりと、里が見渡せる火影岩の上で雲を見つめていた。
特に争いごともない、のどかな昼下がり。
珍しく、表の任務は休み。
裏の任務は待っているが、夜の帳が落ちるまでは特にすることもない。

いつもなら溜まっている家事に勤しんだり、奈良家で過ごしたりするのだが、独りを選んだ。
否、選ぶより他なかった、と言った方が正しかった。

シカマルが長期任務に行ってからというもの、自分を取り巻いていた環境が静に静に変化していった。
猪鹿蝶とは夜の任務さえ共に向かうことがなくなったし、会ってもどこかよそよそしい。
いつも何かに気をとられているようで、目もまともに合わせてもらえなくなった気がする。
同期の仲間達も同様で、自分は近頃誰とも会話という会話をしていないと思う。
街ではあいかわらず狐と罵られ、上忍となった今でもそれは消えることはない。
確かに昔に比べれば、見違えるほどに少なくなったが、九尾が残した傷跡の癒えていない里人は確かに存在するのだ。

今朝も何気なく歩いた街中で投げられた石、憎悪で濁った瞳。
思い出して、緩く唇を歪める。

まるで幼い頃に戻ったようではないか。

ただ違うのは、自分に向けられる憎悪の理由を知っていること。
同じなのは、助けてくれる者がいないこと。
ああ、イルカは今でも自分を助けてくれているなあと苦笑した。
でもそれは、昔と同じで、やはり彼以外に自分を助けてくれる者などいないことには変わりなく。

―――そう、
もう、いない。


くつりと笑った。

「は…」
何も面白くなんかない、けれど、笑ってしまおうか。
長年、表で培った演技は伊達ではないと。
いっそ、このどうしようもなく沈んで黒く塗りつぶされた気持ちが晴れるかもしれない。

「ふっ…は、…」

笑おうとして、失敗した。
喉が引き攣れた。

シカマルと再会して、愛される意味を知って、感じて得たものと引き換えに、
どれだけ傷ついていたって作れた笑顔ができなくなってしまった。
それほど、自分はとても甘やかされた世界に浸っていたのだと痛感する。
失敗した笑みの代わりに落ちたのは、大粒の涙。
頬を伝わず、重力のまま落下した。

(本当は、知っているんだ…)

今の状況を。
なぜこんなことになっているのかを、薄々は。
憶測の域は超えないが、自分の予想は当たっているだろうという確信がある。
シカマルの異変、周りの者達の態度の豹変。
唯一、今までと同じに接してくれるのがイルカだけである意味。

全ては、原点にあるのだろうこと。

そして、それに気付いて自分が一体どうしたいのか。
気持ちは心の奥底で決まっていて。
なのに今こうして動かずにぼんやりとしているのは、ただ辛い現実を受け入れることを先延ばしているに過ぎない。

手放したくない。

手放したく、なかったもの。

でもこれは、自分が持っていてはいけない、大事なもの。


本当は、この大事なものを手放さずにいられる術を持っていない訳ではない。
現状況を理解した今では、自分は選択することができた。
自分は今、手に入れた大事なものを、おおよそ見当のついている誰かに奪われようとしていて、
しかしこのまま奪われてしまった方が、大きな視点から考えれば、きっと吉であることを知ったのだ。
だから今ここで、踏み止まってしまったのだけれど。

一度だけ瞬いて、見上げた空は、とても美しかった。
太陽に照らされた里は、まばゆくて目が焼かれそうだった。
辛い思い出の方が多いけれど、この里は嫌いじゃない。

大好きなひとが生きる場所だから。



返して、あげよう



自分という縛り付けるものから、あなたを



俺の大事な大事なあなたを



空に向かって握り締めていた掌を、そっと開く。



青い青い空には、無数に流れる白い雲



ああ、―――返そう、

雲のように自由にたゆたうことのできる、あなたに












モドル