哀詩【8】








すいと渡された任務書類。
渡した本人である綱手はこちらを―――ナルトの方を見ようとはしなかった。
どこか痛みを堪えるような表情を、彼女は見せた。

胡乱気な態度に、首を傾げながらも任務内容に目を通し、
なるほど、これかとナルトは思った。

近頃身の周りを取り巻いていた異変。

任務地は木の葉の国境、
内容は、他国からの防衛。
期間は未定。

簡素な言葉が並べられた紙切れを蒼火で燃やし、御意と膝を着いた。
綱手は何か言いたげに視線を寄こしたが、気付かない振りをした。

「…厳重に用意を。裏門で空蝉という案内人が待っている。詳しい内容は、そいつから聞くといい」
「畏まりました」
では、と背を向けたとき、ナルト、と響いた綱手の声。
ゆっくりと振り返って見た彼女は、泣きそうだと思った。
「ナルト、私、は…!「綱手様」」
綱手の言葉を遮って、呼びかける。
普段は見せない、有無を言わせない空気を漂わせて。

「大丈夫」

綱手が目を見開いた。
思いがけない台詞だったのだろうか。
何故だかそれが可笑しく見えて、ナルトは笑んだ。

「あなたが、正しい」

だから大丈夫だ、と言えば、彼女はそれ以上何も言えず俯いてしまった。
「では、行って参りますね」
今度こそ背を向け、ドアの前で最後に綱手と向かい一礼し、溶けるように消えた。



死の森の奥、本宅の一室で、ナルトは任務に向かう準備をしていた。
暗部用の黒の上下に、磨きあげた武器を装備していく。
任務内容は詳しく聞いていないが、大体の察しはついた。
ここ数年、国を失くした忍が徒党を組み、至る所で暴挙を働いており、木の葉だけでなく砂の方でも手を焼いていると聞く。
忍としての腕も良いらしく、なかなか殲滅できずにいたのだ。
そろそろ、ナルトや暗部総隊長であるイルカあたりが動かねばならないのだろうなと考えていたところだった。
策謀班からの情報で、いよいよ木の葉に狙いを定めたようで、こちらも本腰を入れねばならくなった。
敵の忍の数はいまだはっきりしていないが、小さな国の人口くらいはあるのではないかと言われている。
言わば、戦争だ。

しかし、普段の任務がなくなる訳ではない。
雑用とも言える下忍任務はともかく、上忍が受け持つような任務だってある。
そちらをこなしつつも、戦の準備と対応をしなければならず、
木の葉の財産である貴重な忍の数を削ることはなるべく回避したい。
珍しい能力を持つ名家旧家なら、殊更。


恋人であったシカマルは影を操り薬剤に長けた奈良家の嫡男。
宝とも言えるその力を、里としてはどうしても残したいだろう。
そのためには、男であり忌み子であるナルトは邪魔でしかない。
子供を産めるでもなく、災いの象徴であるナルトが傍にいることは、里にとっては大問題だ。
ただでさえ、この戦でどれほどの忍を失うかわからない中、子孫の繁栄を邪魔する存在は即刻絶たねばならない。

そんな中、里の厄介者で、多大なチャクラと技量を持つ自分は、
里にとっては打ってつけの適材なのだろう。
できるだけ貢献させておいて、あわよくば、この戦で亡き者になれば良い。
無事に戻って来いと、綱手は言わなかったから、この予想はきっと事実なのだろう。

長期任務を渡し、その間にゆっくりとゆっくりと、それと気付かぬようにじわじわと術を施し、
シカマルの中のナルトを歪めていった。
どんなものかはわからないが、たとえば、愛情がそっくり憎悪に変わるような、そんな術を。

唯一、以前と変わらないイルカは、きっと今はまだ何も知らないのだろう。
知れたら一番厄介なのは、他でもない暗部を束ねるこの長なのだ。

(ああ、なんでか凄く頭が冴える…)
無心で武具の用意を進める様子を、どこか他人事のように見つめる。

ああ、そうか。
そして、俺はまんまと里の意思に嵌ってしまったのだ。

急によそよそしくなった同期の仲間達は、きっとこの運びを知っていた。
平気な振りができなくて、ナルトと長くいようとしなかった。

ふ、と笑ってしまう。

忍である自分達は常に死と背中合わせで、感情だって任務の際は消すように教育を受けている。
だから何でもないような顔なんて、皆ちゃんとできるはずなのに。

優しい、優しい仲間達だ。
誰ひとり平気な振りをしなかった。
自分に対して嘘をつかなかった。


肩にかけるショルダーバッグをひとつ手に取って、最後に長い廊下の先に向かう。
突き当たりは、窓がひとつ付いているだけの壁だが、ナルトが幾つか印を組むと、
水面のように揺らいで小さな引き出しの沢山ついた箪笥が現れた。
その内のひとつから、印の浮かんだ札束を取り出し、腰のケースに仕舞う。
九尾の力を持て余したり、余力のあるときに、この札にチャクラを溜めてとっておいたのだ。
こつこつと溜めては、使うことの少なかった札は数センチの厚みを持っていた。
起爆符にもなるし、チャクラの回復にもなる便利さだが、使うと意外に体力を削るのが難点のシロモノだ。

戦地に赴くには少々軽装ではあるが、長期戦になるのなら身軽な方が良い。
武器を背負って縁側から外へ。
咲き乱れている花達に水遁で最後の水遣りをして、いつものように家を鍵代わりの結界で囲む。
自分が消えれば結界も消えてしまうが、仕方ないだろう。


「行ってきます」


返事が返ってこないことはわかっていたけれど、言ってみた。

ひとつ苦く笑って、地を蹴った。



さあ、行こうか




終幕を引きに















モドル