月明かり



重たい雨雲が夜の空を包み込んで、影がいつもよりも闇に近かった。
ポケットから煙草を取り出し咥えて、しかし見知った気配を近くに感じて口から離した。
「?良いですよ吸っても」
かさりとも言わせず枯れ葉の上に降り立った青年がことりと首を傾げる。
変化とはいえ、ベースは素の彼に年齢を5つほど足しただけのもの。
くそ、可愛い。
無意識がいちばんタチが悪い。
曇っていて良かった、とやや赤らんだ頬を隠すように背を向ける。

「や、いい」
トンと弾いて煙草をしまい、帰るか、と腰に引っ掛けていた狼の面をかけると隣の青年もそれに倣った。
軽い跳躍で枝から枝へ移り渡る。
「で、あったのかよ」
「はい、この辺りにしかないものですから、すみません」
「いいって。おかげで休ませてもらったし」
いまだ体力だけはついて行けないシカマルは、任務ついでに薬草を摘んで行くと言ったナルトにことわって
休ませてもらっていた。
解部と暗部の両立に、昼間は中忍の仕事もある。
ナルトといたいがための暗部の仕事も、ここ1週間まともに睡眠を取っていない体が悲鳴をあげ始めていた。
対してナルトはというと、あいかわらずの下忍任務に加え暗部の二束草鞋の生活だ。
シカマルの方が掛け持っている数が上多くても、内容と量からしたら比にならないことを
誰よりシカマルが知っている。
好きな者より体力がないなんて情けない話であるため、食事よりも昼寝を選ぶ俺が合間を見つけては
こっそり修行している、などと知ったらこいつどんな顔するかな、とこっそり伺う。

「今日は俺が報告書出しに行きますから、黒月は帰っていただいても良いですよ」
「却下だ。そんなことさせたら、お前はまたあのお姫さんに縋られて任務に行く破目になるんだろうが」
ナルトが断らないことを良いことに予定よりも任務が増えているのはここ最近の話でもない。
「俺は良いですよ、人より体力もチャクラもあるし・・・」
「そういう問題じゃない」
はあ、と溜め息をついてもきょとんと首を傾げる愛しい人は自分のことをよくわかっていない。
いや、ただしくは自分のことを気遣わなさ過ぎるのだ。
腹の中の狐の存在を受け入れ、自分は誰よりも働かなくてはいけなくて、頑張らなくてはいけなくて、
望んではいけなくて、楽しいと思ってはいけないと、そう思っている節がある。
もしくはただただ愛情を欲しているのか。
頑張れば、誰かのために働けば、望まずにいれば、我慢すれば、それがいつかもらえると思っている。


なあ、そんなのなら

俺が与えてやれるぜ?

誰よりも深くて暗くて逃げ場のない、

けれど絶対にお前を裏切らない

いっそ俺の影で閉じ込めてしまいたいと言ったら

どんな顔するかな



そんなことを思っていたらさっきまで横にいたナルトがいない。
振り返るとこちらを見つめて立っていた。
「どうしたよ?」
「・・・・・」
あぅ、と変な返事がした。
「・・・・・・」
・・・もしかすると、
「・・考えたくないが、俺もしかして声に出してたか・・・?」
じいとこちらを見たまま金髪がこっくり頷く。
はあ、と溜め息ひとつこぼしてナルトの方へ近づいたらびくりと震えてきゅうと服を掴む
幼いしぐさがまた愛しいと思ったりして。
「俺が与えてやる」
さっき声に出していたらしい言葉を再度与えて。
仮面を指に引っ掛けて持ち上げると不安気な目が見上げる。
月明かりが雲の隙間から時折漏れて、ゆらりと蒼が揺れた。
「お前が望む以上の愛情とその他諸々好きなだけ」
ナルトは答えない。
自分は答える資格がないとでも思っているのだろう。
「まあ、返事は要らねーよ」
これって押し売ってるんだぜ、と笑って。
ずっと考えていた。
こいつを堕とす言葉。
愛情に飢えて欲しがるくせに臆病な想い人には、いっそ逃げ出せないくらいの情愛を与えれば良いのだと。
出した結論がこれだ。
イノあたりが知ったら卑怯者だと殴られそうだがお前が手に入るのならそれでもいいや。
「・・・」
顔を真っ赤にしてナルトが俯く。
また声に出ていたようだが、まあいい。
「・・・せん・・」
「あ?」
掠れた声を耳が拾った。
「俺がいたって・・何の得にもなりません・・・」
「俺が喜ぶ」
「迷惑がかかります・・・・・」
「気になんねぇよ」
「・・ご両親だって・・・」
「お前がいたら跳ねて喜ぶぜ?」
「・・・でも・・・」

いまだ言い篭る金髪は、自分が一緒にいても良い、自身が納得できる理由を探してる。
なまじ頭が悪くないだけに押し問答に時間がかかってしまう。
本当にドベならばもっと楽だったかもな、とも思うが、この脆い部分を見せられて惚れたのは
自分なのだから仕方ない。
――――――――――――のだが、

「長い」
「え?」
何が、とつい顔をあげたナルトに、
「3秒以内に俺の手を取るか否か決めろ」
「・・・えっ・・」
利き手を差し出し息を吸うと、
「いーち」
「やっちょっ・・待ってください・・!」
「にーい」
「シカマ・・・」
ちらりと見えた可愛い人は、急に応えを請求されて上手く考えられないらしい。

もっと焦れ、笑いそうになるのを我慢して。

「さー・・」
「やっ・・・」
ぎゅうと両腕でシカマルの腕に縋りつく。
それを見てにやりと笑うシカマルに涙目で抗議を試みる。
「う、嘘吐きっ・・・へ、返事いらないって、さっき・・・」
言ったではないか。
「返事は要らないから行動で応えてもらおうかと思って」
しれっと悪気のない様子に口が塞がらない。
こうでもしないとお前の本音なんて見れないし。
うぅ、と困った声。
「ちなみに返品は不可だ」
クーリングオフなんて親切なサービスうちにはないぜと追い討ちをかける。
「一生ものなんから、大事に使えよ」
「・・使うだなんて・・・」
「気が引けるのならお前をくれよ。それなら平等だろ」
「は・・・?」
「俺はお前のものだ。だから代わりにお前を俺にくれ」
「そんなの・・・」
割に合いません・・・、と項垂れる金髪はどこまでも自分を過小評価する。
まあそこに付け込んでいるのは俺だがな。
だいたいこの条件、俺の一方的で身勝手なものなんだってわかってないだろ。
いまだ言い訳をするナルトだが、ずっとシカマルの腕を抱きしめて離さないのを見て、
もう大丈夫だろうと確信する。

ひとの体温、知ってしまったら捨てられないだろう?

空いた片腕でゆっくり髪を梳いてやると、おとなしくなった。
触ってもらって、良いのだろうかと上目遣い。
それにぐらりと理性がよろめきそうになり。
「・・・なんでもしますから・・良いですか・・?」
傍にいても良いですか?と覗き見られ。
ここで堕ちないやつがこの世にいるのか・・・?
このまま押し倒してしまいたいのを精神フル活動で押さえ込み、もちろんだ、となけなしの理性でやっと応える。
頑張ったぞと自分をおおいに褒めてやる。
「帰って寝よーぜ」
さっさと報告を済ませてしまえば3時間ほどは寝れる。
差し出した手を、今度はすんなり握り返して照れたように笑う。
・・・耐えろ俺。
溶けかけたなけなしの理性で笑い返す。


帰ったら一緒に寝てしまおう

いつの間にか雲が晴れてうっすら陽が射し、二人分の繋がった影が落ちた。








モドル