「・・・やまないね」
「そうだな」
「いつやむのかな・・・」
「さあ」
雨
ぽつり。
鼻の頭に小さな水滴が落ちた。
「げ」
見上げるといつの間にか空を覆っていた黒い雨雲。
こりゃ結構大降りになるな。
ひどくならないうちに帰ってしまおうと、帰路を急いだ。
失せ物探しの任務は午前中には終わってしまったからと、本屋になど寄らなければ良かっただろうか。
濡れないように購入した本を服の中にしまって、街中を駆ける。
角を曲がったところで、見知った姿を発見した。
「・・ナル・・・?」
3分前にぱらぱらと降り始めた雨は、今は滝のような雨脚になっていた。
突然の雨に傘を持っていなかったのだろう、いつもはきらきらと眩しい金髪が
蜂蜜色に染まっていた。
急ぐ様子もなく、まるで雨など降っていないかのように歩くナルト。
どこかぼんやりしているようにも見える。
「ナルト!」
「・・・シカ、マル・・・」
呼びかけにもまるで夢現のように見上げるナルトになぜか不安を感じる。
「どうした・・?」
「・・何が・・・?」
見上げる蒼い目。
いつもは感じない憂いを含んで、意外に長かった前髪の間から覗いていた。
それになぜかどきりと心臓が跳ねた。
突如、辺りに光が満ちた。
暗く彩度の落ちた景色に一瞬色が戻る。
雷が、鳴った。
「わ、近ぇな・・・」
「・・・・・・」
雷の鳴った方向を見てシカマルが呟き、ナルトもじいと同じ方向を見つめる。
「お前も早く帰れよ!」
「ん・・・」
じゃあ、とナルトに背を向けて走り出す。
が、なんとなく。
気になって振り返ると、ナルトはさして急がず歩いていた。
なんだよ、
何やってんだ?
風邪引くだろ。
気になる。
そう思ったら最後、からだはナルトのいる方へ動いてしまった。
面倒は嫌いだが、どんなことでも気になったらとことん調べて理解したいという欲求には勝てない。
戻ってきたシカマルをきょとんと見上げ、首を傾げるナルトの手を引っ掴み。
降りしきる雨の中を、自分より小さく冷えた手を握って走り抜けた。
「おら、これで拭いとけ」
ばさりと大きなバスタオルを放られ、不思議そうに見つめてくる。
「あの、シカマル」
「ちょっと待て。今風呂沸かしてるから」
「俺、帰るってば」
だからこれはシカマルが使えば良い、とタオルを押し戻す。
「はあ?この大雨の中を?」
帰るだって?
外はうるさいほどの雨音で飾られて、まだ夕方にもなっていない時刻なのにも関わらず夜に近いほど暗い。
怪訝に見返せば、既にすたすたと玄関に向かっている金髪を、反射的に追いかけさっきのように腕を引っ掴む。
「何か大事な用でもあんのか?」
まさかこの大雨の中、修行するとか言わないだろうな。
問うと首を横に振って、
「どうせもう濡れてるし・・・帰って自分家でシャワー浴びるから・・・」
「その間に風邪引くっての。どうせ通り雨だし止むまで俺ん家にいたら良いだろ。
ついでに服、乾燥機にかけといてやるから。服も俺の貸す」
珍しく他人の世話などしている自分もおかしいが、それ以上に普段図々しい態度を取るナルトが遠慮する
ことの方が妙に思える。
そういえば、元気ないか?
いつもは元気に跳ねている金髪がしおらしげに下に下りているせいだろうか。
今は果てしなく頼りない存在に感じてしまう。
「なんかあったのか・・・?いつものお前らしくないぞ」
ぴくりと、シカマルの言葉に小さくだがからだが反応した。
「ちょっと・・・疲れた・・・だけ、てば」
に、と笑ったつもりなのだろうか。
ただ唇の両端を横に持っていっただけの、作り笑い。
どこか辛そうに見える表情に、不安になった。
このまま帰してはいけないと、そんな気がした。
「ナルト・・・?」
濡れた髪の先からぽたぽたと水滴が床を濡らして行く。
「・・・あ〜・・・とにかく!床も濡れるし、風呂場へ行け!」
「っ・・・」
掴まれていた腕を引っ張られて蹈鞴を踏んだナルトにかまわず、風呂場に連れて行った。
脱衣所に放り込まれ、ここまで来てようやく観念したのかナルトは諦めたように小さく息を吐いた。
「ほら、さっさと脱いで入れ」
言いながら自分も上着に手をかけ、ばさりと洗濯機に放り込む。
その様子を零れそうに見開いた蒼でもって、
「え・・・」
「なんだよ」
上半身はすっかり脱ぎ終えて、まだ上着すら脱いでいないナルトを見て眉間に皺が寄る。
「まさか、一緒に入るつもり・・・てばよ・・?」
「?そうだけど?あー、大丈夫、俺とお前が入れるくらいには広いからよ」
「・・・・・」
そう言って、残りを手早く脱ぎ捨てて腰にタオルを巻いてさっさと入って行くシカマル。
「・・そう言う意味じゃないんですけど・・・・・・」
思わず漏れた独り言は、素のものであった。
これがナルト本来の話し方。
腹の中の九尾のため表立って強くなれないナルトは、実は下忍と二束草鞋で暗部の任務も受け持つ。
仕方ない、と頬を紅くしながらも自分もおとなしく脱ぎ始めるナルト。
薄っぺらい腹が露わになって、九尾の封印式がうっすら浮かぶ。
小さく溜め息をついて、腹に手をやり印を幾つかくみ上げると、すうと式は消えて行った。
一介の下忍に見られる訳にはいかない。
「えらく時間かかって・・・ぅ・・・」
「?ふつーだってばよ」
急に言葉を詰まらせたシカマルに眉を寄せ、シャワー借りるってばよ、と手を伸ばす。
一方シカマルは既に湯船に浸かっていた。
紅く染まった顔を冷やそうとバスタブの淵に火照った顔を引っ付ける。
(なんなんだ・・・)
おかしい。
なんで、
なんで、
(ナルトの裸見て照れてんだよ・・・)
同じ男だろ。
そう思って、再度シャワーを浴びるナルトに目をやる。
焼けていない白い肌が、シャワーの熱でピンクに染まって行く。
いつもふわふわと跳ねる金髪は、今はおとなしく下を向いていて。
唇を少し開け、シャワーの水圧に目を閉じるさまはどこか色っぽくて。
訂正。
同じじゃない。
たとえばこれがキバであったらこんなこと思わない。
チョウジでも・・・もっと思うわけない。
きゅっと蛇口を閉めてぽたぽたと雫を落としながら、足先から身を湯に浸して行く。
ナルトが入れるスペースを空けてやって。
雨で冷えていたからだに熱が戻って行くのを感じてナルトはほっと息をついた。
「あったかい・・・」
そう呟いた唇が紅くて、眩暈を覚えた。
・・こんなの犯罪だ。
それともさっき雨に打たれて熱でもあんのかな俺・・・。
ちらりと横目でナルトを確認。
湯の温かさに目を閉じて気持ちよさそうに薄く笑っている。
・・・睫毛長ぇ。
睫毛に小さく宝石みたいに雫が散らばっていて。
僅かに湯から出ている肩が細くて。
髪から首筋を伝う水滴が色っぽくて。
(・・・堕ちた)
ナルトという深みに。
自分の思い描いていた穏やかな人生設計が大幅に変更しそうだ。
「シカマル・・・どうしたってば?」
すっかり黙り込んだシカマルを不思議そうに、大きな蒼い目がまっすぐに。
うわ、こっち見んなよ。
自分の顔はきっと紅く染まっているはずだから。
しかしナルトはそれを風呂に入っているためだと思ったようだ。
「や、何でもねー・・お前こそ今日はどうしたんだよ」
「え・・・」
「さっき“疲れた”とか何とか言ってたじゃねーか」
「・・・・・・」
そう指摘されて俯いてしまう。
「何か悩んでんなら・・相談くらい乗るぜ?」
「・・・ありがとうございます・・」
蒼が揺れて嬉しそうに微笑んで、それがいつものひまわりみたいな笑顔ではなくて。
でもそんなことより、
「は?」
「あ・・・」
しまったと口元を押さえたナルトを凝視する。
つい出てしまった本来の口調にナルトはシカマルの様子を伺う。
と、急に大笑いされた。
「くくっナニ?なんで敬語なわけ?」
面白ぇヤツーと大いに笑われて。
「・・・・・・」
それに拗ねたようにぷうと頬を子供のようにふくらまして。
「もー大丈夫だからほっといてくれってばよ」
「・・それは無理だな」
きょとんと首をかしげるナルトに、考えなくて良い、と笑って。
「まあ、何かあったらまた風呂でも入りに来いや」
「何で風呂・・?」
ますますもってわからない。
「なんか、入ると全部湯の中に落としていけるって言うか、さっぱりするだろ」
「・・・」
しばし考え、そうだってばね、と相槌を打って。
その反応にシカマルは気を良くして笑った。
「・・シカマルなんか今日は変だってばよ」
「ああ、自分でもそう思う」
本当にそう思う。
お前がかわいく見えるんだから。
外はまだ雨が続いていた。
「・・・やまないね」
「そうだな」
「いつやむのかな・・・」
「さあ・・・晴れて欲しいか?」
窓の外を眺めていた金髪がゆっくり振り向いた。
「・・・そうでもない」
その答えにシカマルは笑みを深くした。
モドル