何をしたら良いのか
何をしたいのか
わからなくなる
だんだんと毎日が
霞んでいった
雨
ぽつり。
鼻の頭に小さな水滴が落ちた。
見上げるといつの間にか空を覆っていた黒い雨雲。
きっと一刻もせぬうちにひどい雨脚になるだろうが、急ぐ気になれなかった。
濡れたって良い。
むしろ雨で自分と言う存在を洗い流してくれれば良い。
角を曲がったところで、見知った気配を後ろに感じた。
すぐさまその人物は声をかけてきた。
「ナルト!」
(・・・シカマル・・・)
3分前にぱらぱらと降り始めた雨は、今は滝のような雨脚になっていた。
なぜか腹を大事そうに撫ぜていたのを不思議そうに見る。
腹に何か怪我でもしたのだろうかと眺めると、ちらりと本らしきものが見えた。
どうやら本を雨から守っていただけらしい。
彼らしい、と僅かに苦笑して。
するとシカマルはどこか不安そうな表情で。
「どうした・・?」
「・・何が・・・?」
意図のわからない問いに首を傾げる。
突如、辺りに光が満ちた。
暗く彩度の落ちた景色に一瞬色が戻る。
雷が、鳴った。
「わ、近ぇな・・・」
「・・・・・・」
雷の鳴った方向を見てシカマルが呟き、ナルトもじいと同じ方向を見つめる。
きれいな白い光。
思わず見とれた。
「お前も早く帰れよ!」
「ん・・・」
じゃあ、とナルトに背を向けて走り出す。
それを確認して再び歩き出す。
ぐっしょり濡れた上着が重い。
それを感じただけで既に急ぐ気持ちは失せた。
世話になっていた3代目が亡くなった。
今日は雨と言うこともあり、なくなった任務が多かったので暗部の任務も久しぶりに休みであった。
この2週間ほど殆ど不眠不休で任務をこなし、やっともらえた休みであると言うのに。
今は忙しくても辛くても良いから任務が欲しかった。
でないと考えてしまう。
もういない3代目のことを。
今もなお途切れることのない九尾への憎しみを受けるナルトにとって、数少ない理解者であり
保護者であった人物を。
(俺が・・・)
俺が死ねば良かったのに・・・。
考えるほどにからだの体温が低下していくのがわかる。
(・・・寒い)
「ナルト!」
呼ばれて振り向けば、背を向けて走っていったはずのシカマルが息を切らせてそこにいた。
戻ってきたシカマルをきょとんと見上げ、首を傾げるナルトの手を引っ掴み。
降りしきる雨の中を、自分より小さく冷えた手を握って走り抜けた。
なぜか振り払えずにいたのは、彼の手が暖かかったからだろうか。
「おら、これで拭いとけ」
ばさりと大きなバスタオルを放られ、不思議そうに見つめる。
「あの、シカマル」
「ちょっと待て。今風呂沸かしてるから」
「俺、帰るってば」
だからこれはシカマルが使えば良い、とタオルを押し戻す。
そしてくるりと背を向けて玄関に向かった。
自分などと一緒にいれば、シカマルの両親は嫌な思いをするだろう。
幸い今はこの家にシカマルと自分しかいないようだが、シカマルにもとばっちりが
行くかもしれないと思うと胸が痛んだ。
しかしシカマルは自分の危惧を知らないから追いかけて来た。
先ほどのように腕を掴まれた。
「何か大事な用でもあんのか?まさかこの大雨の中、修行するとか言わないだろうな」
それに首を横に振って、
「どうせもう濡れてるし・・・帰って自分家でシャワー浴びるから・・・」
「その間に風邪引くっての。どうせ通り雨だし止むまで俺ん家にいたら良いだろ。
ついでに服、乾燥機にかけといてやるから。服も俺の貸す」
珍しく他人の世話をかいがいしくするシカマルに新鮮さを感じながら見つめた。
「なんかあったのか・・・?いつものお前らしくないぞ」
ぴくりと、シカマルの言葉に小さくだがからだが反応した。
意外に鋭い指摘を受けて、心臓が跳ねた。
いつものように、笑わなきゃ。
「ちょっと・・・疲れた・・・だけ、てば」
に、と笑ったつもりだった。
ただ唇の両端を横に持っていっただけの、作り笑い。
だが失敗したな、とシカマルの怪訝そうな表情から読み取る。
「ナルト・・・?」
濡れた髪の先からぽたぽたと水滴が床を濡らして行く。
「・・・あ〜・・・とにかく!床も濡れるし、風呂場へ行け!」
「っ・・・」
突然の大声に一瞬肩が揺れて。
掴まれていた腕を引っ張られて蹈鞴を踏んだナルトにかまわず、風呂場に連れて行った。
脱衣所に放り込まれ、ここまで来てようやく観念したのかナルトは諦めたように小さく息を吐いた。
「ほら、さっさと脱いで入れ」
言いながら自分も上着に手をかけ、ばさりと洗濯機に放り込む。
その様子を零れそうに見開いた蒼でもって、
「え・・・」
「なんだよ」
上半身はすっかり脱ぎ終えて、まだ上着すら脱いでいないナルトを見て眉間に皺が寄る。
「まさか、一緒に入るつもり・・・てばよ・・?」
「?そうだけど?あー、大丈夫、俺とお前が入れるくらいには広いからよ」
「・・・・・」
そう言って、残りを手早く脱ぎ捨てて腰にタオルを巻いてさっさと入って行くシカマル。
「・・そう言う意味じゃないんですけど・・・・・・」
思わず漏れた独り言は、素のものであった。
これがナルト本来の話し方。
腹の中の九尾のため表立って強くなれないナルトは、実は下忍と二束草鞋で暗部の任務も受け持つ。
仕方ない、と頬を紅くしながらも自分もおとなしく脱ぎ始めるナルト。
誰かと風呂になんて入ったことない。
初めての経験に心臓がうるさい。
シャツを脱ぐと、薄っぺらい腹が露わになって、九尾の封印式がうっすら浮かぶ。
小さく溜め息をついて、腹に手をやり印を幾つかくみ上げると、すうと式は消えて行った。
一介の下忍に見られる訳にはいかない。
「えらく時間かかって・・・ぅ・・・」
「?ふつーだってばよ」
急に言葉を詰まらせたシカマルに眉を寄せ、シャワー借りるってばよ、と手を伸ばす。
何故かシカマルは鼻を押さえていた。
流れ落ちてくる湯は思いのほか気持ち良くて、思わず目を閉じた。
自分の気持ちの汚れを、不安を洗い流してくれるような気さえする。
(なんか・・・少し、)
気持ちが軽くなった。
きゅっと蛇口を閉めてぽたぽたと雫を落としながら、足先から身を湯に浸して行く。
シカマルはナルトが入れるスペースを空けてくれた。
雨で冷えていたからだに熱が戻って行くのを感じてナルトはほっと息をついた。
「あったかい・・・」
染み渡る熱が心地良い。
「シカマル・・・どうしたってば?」
すっかり黙り込んだシカマルを不思議そうに、大きな蒼い目がまっすぐに。
見つめたシカマルは首まで紅くて。
自分にはちょうど良い水温だが、シカマルには少し高いのかもしれないと考えた。
「や、何でもねー・・お前こそ今日はどうしたんだよ」
「え・・・」
「さっき“疲れた”とか何とか言ってたじゃねーか」
「・・・・・・」
そう指摘されて俯いてしまう。
“疲れた”か・・・。
確かに度重なる任務で疲れているのは間違いないが、それは自分が望んでやったこと。
それを誰かに心配してもらうなんて、なんと贅沢なことだろう。
優しいひと。
「何か悩んでんなら・・相談くらい乗るぜ?」
「・・・ありがとうございます・・」
そう言ってはっと息を呑む。
「は?」
「あ・・・」
しまったと口元を押さえたナルトを凝視する。
つい出てしまった本来の口調にナルトはシカマルの様子を伺う。
しまった。
こんな失態したことなかったのに・・・。
それほどまでに、
自分はシカマルに対して心を許してしまったのかと自分で驚く。
そう言えば、胸の奥のどんよりと渦巻いていた暗雲がすっかり消えているのに気付く。
と、急に大笑いされた。
「くくっナニ?なんで敬語なわけ?」
面白ぇヤツーと大いに笑われて。
「・・・・・・」
急に恥ずかしくなって俯いた。
拗ねたようにぷうと頬を子供のようにふくらまして。
「もー大丈夫だからほっといてくれってばよ」
「・・それは無理だな」
きょとんと首をかしげるナルトに、考えなくて良い、と笑って。
「まあ、何かあったらまた風呂でも入りに来いや」
「何で風呂・・?」
ますますもってわからない。
「なんか、入ると全部湯の中に落としていけるって言うか、さっぱりするだろ」
「・・・」
今まさに、そう思っていたところだ、と言うのは心の内に秘めて。
そうだってばね、と相槌を打った。
その反応にシカマルは気を良くして笑った。
「・・シカマルなんか今日は変だってばよ」
「ああ、自分でもそう思う」
いつものシカマルとは違うように見えた。
何故かずっと心臓がうるさく響いていて、聞こえはしないかと様子を伺う。
外はまだ雨が続いていた。
「・・・やまないね」
「そうだな」
「いつやむのかな・・・」
「さあ・・・晴れて欲しいか?」
晴れて欲しい?
そうすれば今のような甘くさえ感じる時間がなくなるのだろうか。
さっきまでのような黒い雨雲のような気持ちに戻るのだろうか。
シカマルは、そこからいなくなるのだろうか。
(・・・嫌です)
「・・・そうでもない」
そう答えるとシカマルは笑みを深くした。
モドル