もう6月だと言うのに肌寒い日々

雨が続く

寒いのに、この頃あたたかく思うのは



あたたかい、記憶があるから?







雨_その後








「あーもー、お前びしょ濡れじゃねーかよ!!」
言い終わるが早いか、がしがしとタオルで乱雑に拭われ、イタイと非難の声をあげる。
「何で傘持ってねーんだよ、今朝テレビで言ってたろ」
「んっ・・テレビ見なかったってば・・・」

下忍任務で解散の声があがった瞬間、ざあ、と突然の雨が降ったのだ。
カカシはさっさと瞬身で消え去り、サスケも走って岐路についた。
サクラは傘を持って来ていて一緒に帰ろうと言ってくれたが、小さな折りたたみ傘に自分がいては
サクラまで濡れてしまう。
オレンジのパーカーを雨よけにして走って帰ると駆け出したところで同じく任務帰りのシカマルに遭遇したのだ。

「つか俺お前が傘さしてるとこ見たことねー・・」
そもそも持ってんのかと疑いの目を向ければ逸らされる蒼に溜め息が漏れる。
「はー・・うら、帰んぞ」
「・・・ぅん・・・」
乱暴な拭い方とは裏腹の優しげな視線に、ナルトは大人しくシカマルの傘に入った。


雨の日になると、あなたを思い出す。
そっと隣で傘を持つ少年を盗み見る。
雑な扱いをするが、それはどれも優しさからくることは長い付き合いでわかっている。
優しい“友人”。

自分が女であれば良かったのに。

(何を・・・)
自分の考えにはっとして、くつりと自嘲めいた笑みに唇が歪む。
何を考えている?
たとえ女であったとしても、狐憑きの自分などとどうこうなるものではない。

ただ、この数センチもない距離に体温が上がるのも鼓動が早くなるのも自分の勝手な思いからなるもの。
そしてそれは変えがたい事実でもある。


「・・あれ、シカ、マル・・・?」
俺ん家こっちじゃねーってばよ、そう告げれば、
「俺の家の方が近いから風呂入ってけ」
「い・・いーってばっ」
迷惑がかかると傘から出ようとしたナルトの腕をシカマルが掴む。
「馬鹿、濡れんだろ」
その手のひらが、火傷しそうなほど熱いと感じて、ナルトは抵抗を忘れてしまう。
「で、も・・・」
まだ言いよどむ金髪をくしゃりと撫ぜて、行くぞとなかば強引に背を押した。
昔から、ずうずうしいところもある割に、遠慮をするところも見せるナルト。
特に誰かの家に行くことは、何故か彼を億劫にさせていた。
九尾のことは親から聞いている、それがナルトの腹に封印されていることも。
おそらくは、名家である自分の同期達は皆、親から聞いているだろう。
里の大人からの冷たい視線と暴力の中で育ってきたなら、単に大人が怖いのかもしれないとも最初は思ったが、
ナルトの恐れていることは自分のせいでシカマル達が咎められることだと気付いた。
自分達は何かとナルトを守ろうだとか仲良くしたいだとか思うけど、それは決して同情なんかじゃない。
むしろ友情や愛情とも言える感情から来ることを、知ってもらいたい。
そして自分がナルトに向ける感情は、愛情以上のものなのだと。
しかしそういう感情に免疫のないこの子供は、それを知れば驚いて逃げ出してしまいそうなくらいに
優しさに戸惑うことをシカマルは知っていたから伝えてはいない。
こういうのは、言い聞かせるよりも自分で感じなければならないものだ。
じわじわと内側から染み入るように、自分で気付くまで。
いまだ掴まれた腕を所在なさげにちらちらと見る金髪にくつりと笑って。

気付いた頃には、逃げられないがな。


玄関先で立ち竦んだナルトを引っ張って脱衣所に放り込むと、有無も言わさず服を取り上げた。
途中、もう自分でやるからと真っ赤になった金髪を、しかし無視して全て剥いで風呂場に押し込んだ。
相変わらず焼けない白い肌に目を細めてしまったが、ナルトはきっと服を脱がされないようにすることに精一杯で
気付かなかっただろう。

「うら、ついでに洗ってやるよ」
「ほぇ?」
呆けるナルトを風呂から出して自分の前に無理矢理座らせる。
「いっ・・いいいいってば、ぷはっ」
「逃げんな」
膝でナルトのからだを固定して逃げられないようにすると、シャワーのコックを捻って湯冷めしないように出しっ放しにしておく。
「じ、自分で・・」
「いーからやらせろよ」
ナルトは何か言いたげに口を開いたが、どこか愉しそうに細められた黒に、それ以上抵抗しなかった。
いつもはふわふわと跳ねる金髪は、今は水気を含んでしっとりと蜂蜜色に染まっている。
目の前の鏡が湯気で曇っているのを確認してそっと気付かれないように蜂蜜に口付けた。
そのまま抱きしめてしまいたかったがそれはやめておく。
泡立てられたシャンプーに、気持ち良さ気に目を閉じるナルト。
洗い流してそのままからだにボディーソープをかけてまさぐると、さすがに抵抗されたので我慢した。

適当に拭いてさっさと服を着ようとするナルトを拘束し、丁寧にタオルを肌に這わせて行く。
なかなか服をつけさせてくれないせいで、しだいに肌が紅く染まるさまが美しいと思う。
髪もシカマルが自らドライヤーで丁寧に乾かしなかなか放してもらえず、ようやく解放された頃には
心地良いとも言える疲労感で立ち上がる力も残っていなかった。
借りたシカマルの服からは微かに彼の匂いがする。
(・・このあと・・・4件ほど入っていたのに・・・)
いっそ眠ってしまいたい。
重い瞼を懸命に持ち上げて、面倒が嫌いな割に面倒見の良い友人を見つめる。
「あら〜ナルちゃん来てたの?」
いらっしゃい〜と雨で濡れたのかタオルで髪を拭いながらヨシノが顔を出した。
「お、おじゃましてます・・・てば」
寝ぼけて素で話してしまいそうになったがシカマルがいることを思い出して下忍時の口調に戻す。
ナルトの素性をシカクと共に知っているヨシノは小さく苦笑してゆっくりしてってねと笑う。
手にはスーパーの袋があるから買い物に行っていたのだろう。
「もう傘さしてたのにひどい横降りでやんなっちゃうわ」
「風呂沸いてるから入れば?」
お茶を両手に持って、ひとつをナルトに渡しながら提案したシカマルにヨシノは驚いた表情をした。
「あんたにしては気が利くじゃない〜だから雨降ってんのかしら?
あ、ナルちゃんお夕飯一緒に食べましょうね〜」
そのからかいにシカマルは眉を潜めたが、臆することなくヨシノは風呂へ向かった。
ほどなくしてシカクも帰宅した。
珍しい客に一瞬驚いた顔をしたが、ゆっくりしてけやと笑って酒を取りに行った。

優しいひと達だ。
だから余計迷惑をかけたくないのだ。
笑いかけてくれることさえ、ありがたいと思う。

だからせめて、できる限りの力で守りたい

あまり良い思い出のないこの里も、彼らがいるのならそれだけで自分には価値があるものになる

ナルトの目から眠気が消え、すぅと刃の切っ先のような鋭さを放つ。
そのさまに心奪われるように立ち尽くす黒髪の少年がひとり。
ぴんと張られた冷たい緊張感。
ナルトとシカマルの間に引かれた境界線、違う世界。
以前から薄々気付いてはいたが、この金髪の子供には自分の知らない世界がある。
その世界には、誰も入れようとはしない。
まるで、そこは来てはいけない禁止区域だと、言われているようだ。
それは彼の我侭やプライバシーのためではなくて、入った者を傷つけないためだと言うことは
なんとなく感じる。

だけど、

「その世界に俺も入れてくれないか」

「え・・・?」
何の話かとナルトが首を傾げる。
「お前の持っている世界だ」
「・・・」
シカマルの具体性のない的を掴み辛い言葉は、思いが詰まっているせいなのか、
それが何を示すかをナルトは感づいた。
しかしだからと言って、受け入れる訳にはいかない。

「お前の力になりたい」
「いつも助けてもらってるってばよ?」
「違う、支えになりたいと言ってるんだ」
「なってる・・てば」
「お前の隣に立ちたいんだ」
「とな、りって・・・」
言葉を連ねるたびに縮まる距離に恐怖を感じ、思わず後ずさる。
「そのためには努力もする」
自分のために、近付く存在は求めていたものそのものなのに、手を取ることはできない。
彼の一生を背負えるほどの価値を自分は持っていない。
「お前が、」

好きなんだ

耳元で聞こえたのは、シカマルが自分を抱きしめているからだ。
背筋が震えた。
熱っぽい声は真剣で。
彼はこんな冗談は言わない。

「俺も、好きですよ・・・」
静かに滑らせた素の口調は、真剣に自分と対峙する者へ偽りのままでは失礼だと思ったからだ。
シカマルは伺うようにからだを少し離してナルトの顔を見たが、どこかで予想していた気がして
驚きはあまりなかった。
「だからこそ、大事なあなたを傍にはおいておけないです」
「そんな理屈聞けねぇ」
苦しいくらいに抱きすくめられて息があがる。
「聞いてください。それに俺は自分のことは自分で守れます」
瞬身でシカマルの腕を抜け出し、開け放された縁側に静かに降り立つ。
気配の抑え方や無駄のない動作は、普段のナルトからは想像できないほど洗練されていて、
彼が言っていることが嘘ではないことはわかった。

それでも。

「それでも傍でお前を守りたい」

甘い言葉に心がぐらついた。
だから、自分はおかしなことを口走る。
秘めるはずの思い。

「・・・では、俺のいるところまで」

来て。


泣きそうに笑って、跡形なくナルトの姿が消えた。
それさえも見惚れてしまって動けずにいた。
そしてどうやら脈ありらしいことに唇が弧を描く。

「・・・しばらくは修行だな」


苦く笑って、想い人の消えた場所を見つめ、待ってろと告げた。



雨はいつの間にかやんでいた。











モドル