体温
「じゃあ、今日はこれで解散☆」
軽い口調で任務の終わりを告げる銀髪の担当上忍を、子供達がじろりと睨む。
「カカシセンセー、明日こそ遅刻するなってばよ!」
とっぷりと日の暮れた夕日に金髪を朱に染めて。
噛み付くように怒鳴った金髪の子供に、へらりと笑って。
「仕方ないじゃない、任務に向かう途中で困った人に偶然会っちゃうんだから〜」
「先生・・・」
どろりと怒気のオーラを放ち桜色の髪を風もないのに舞い上げる少女。
さすがに冷や汗が伝って来たので、じゃ☆と手を振って瞬身で消えるカカシ。
それを呆れたように見送って、子供達は帰路につく。
それぞれ言葉もあまり交わさずに長い影を伸ばして家を目指す。
今日の任務は草毟り。
任務は覚えるほどでもない単調な内容だが、範囲が文句を言う気も失せるほどの広さであった。
カカシの遅刻で開始時間も遅く、こんな時間になってしまっていた。
どこからか夕食の匂いが漂っている。
いつもはサスケにくっついて一緒に帰ろうと誘うサクラも、今日はおとなしく帰って行った。
サスケもナルトに特につっかかる訳でもなく、じゃあな、と珍しく挨拶つきで別れた。
共通の思いと疲労で妙な親近感と連帯感が生まれたらしい。
すっかり日の落ちた暗い街灯もない道を帰って行く。
普段はあまり使わないのだが、連日の暗部の任務と今日の草毟りで、疲労感がひどかった。
ついてない。
ぼんやりと、ただ歩くことだけに集中していた。
近くに不穏な気配を感じ、身を隠そうとした時には向こう側が自分を見つけていた。
数人の大人。
にやりと笑ったのが、闇に慣れた目ではっきり見えた。
下卑た笑いを滲ませ近付いて来る大人達。
狐め、と吐き捨て大人の一人が前髪を鷲掴み更に人気のない草原に引っ張って行った。
大人達は笑っていた。
皆が笑って腕を振り上げた。
抗うことも逃げることもせずただ、成り行きに身を任せた。
数刻たって、夜の草原に静かに起き上がる人影。
月に照らされ現れたのは、汚れてはいるが金髪で、血に塗れているがきっと白い肌で、
まだあどけなさの残る少年。
澄んだ蒼を月に向けて、軋むからだを気力で起こす。
オレンジのパーカーは血に濡れて、起き上がった際に発した鈍い痛みに顔を歪ませ肩を見ると
クナイが深々と突き刺さっていた。
そう言えば数人気配が他の里人より幾分控えめな者が混じっていたな、と思い出し、躊躇いなく引き抜く。
血が噴出したがパーカーの肘まで染め上げてすぐに止まった。
忍にしては未熟過ぎる気配の消し方だったな、と客観的な感想を思う。
せっかくなのでもらっておくか、と血で汚れたパーカーで汚れを拭いホルスターにしまった。
立ち上がると口に溜まった血を吐き出し、地を蹴って土を被せた。
あと一刻もしたら夜の任務が待っているのだ。
だるさと痛みのひどいからだを引きずるように家に向かう。
休もうと思えば休めるのに、暗部の任務は休まない。
眠ることが嫌いだからだ。
夢を見るのが嫌だ。
楽しい夢など見ないから。
起きているのも好きじゃない。
答えの出ないことばかり考えてしまうから。
世話になった3代目が亡くなって、恩を返す人物もいなくなったと言うのに。
未だに狐と罵られ暴力を受けるのに。
どうして自分は生きているのだろうかと。
痛いのは嫌なのに。
ただ里人の悲しみと憎しみに歪んだ表情を見ると、抗う気が削がれてしまう。
自分を嬲ることで気が済むのなら、好きなようにしたら良いのだと思ってしまう。
心の底で、だから自分を少しでも好きになってと思っていることに気付く。
・・・叶わぬ願いだ。
「ナル・・・?」
馴染みのある声に振り向くと、悪戯仲間でもあり、アカデミーでの同級生でもあった友人。
買いに行かされたんだな、と抱えた大量の酒瓶に苦笑する。
そして大方、近道をして帰る途中なのだろう。
「・・・こんな時間に買い物だってば?シカマル・・・」
くすりと笑ったのを感じたのか、やや不満そうにそうだと吐き捨てる。
街灯もない小道だ。
いつの間にか月は雲に覆われ、闇に包まれた。
慣れないと一寸先も見えぬ暗闇、中忍にはなったがシカマルがはっきり見えているとは思えないが。
肩の傷がまだ癒えていないことにシカマルが気付かないように、と願う。
「親父達で宴会しててよ、うるせーからな」
仕方なくだ、と言って近付いてくるシカマルに大変だってばねと返して。
いくら自分が風下にいても、これ以上近付いてきたらケガがばれる。
「そっか。じゃー俺も帰るってば!おやすみシカマルー」
「ナルト」
そそくさと帰ろうとした自分をシカマルが引き止める。
振り向くとどこか怒ったような、悲しんでいるような、不思議な表情。
さすがに血の匂いを嗅ぎ取ったか?
だとしても、修行中に木から落ちてケガをしたのだとでも言えば良い。
「何だって・・・ば・・?」
手を取られ握らされた小さな小瓶は、どうやら軟膏のようで。
「やる。使えよ」
「さんきゅー!実はさっき修行中に木から落っこちてさあー」
用意していた言い訳を、いつものように口に乗せると、シカマルの表情は更に曇った。
「・・・さっき血の匂いさせた大人達数人とすれ違って」
シカマルが一歩こちらへ近付いた。
「なんだか胸騒ぎがして来てみたらお前がいて」
また一歩近付き。
何故だか動けなかった。
「俺、これでも一応奈良家の者だから・・・」
血と泥で汚れた頬を指で拭ってくれた。
(・・・なるほど・・・)
「確かに闇夜は影使いの領域ですね・・・見えるはずないと見くびっていました」
すみません、と謝って。
目の前にいるシカマルはそれに気を悪くした風でもなく、ただ首を振った。
「やはり驚かないのですね・・・シカクあたりから何か聞きましたか・・・?」
口調も雰囲気も素に戻してもシカマルの気配は揺るがなかった。
軟膏を渡した時も、いつものシカマルなら無理矢理服を脱がせて塗りつけていたと思う。
面倒だと言いつつも、面倒見の良いひとだから。
腫れ物を触るように薬だけ渡して距離をおいたのは、本当の自分のことに気付いたか、
話を聞いたかしたのだろうと推測を立てた。
それならシカク及び猪鹿蝶あたりが怪しい。
彼らは自分が九尾持ちで緋月として暗部で働いていることを知っているから。
悪い人物ではないが、酔った勢いで自分のことを話していたとしたら、ありえる話だ。
「・・・コレの話と、暗部のことでも聞きました・・・?」
コレ、と自分の腹を指差し、シカマルの様子を伺うと、こくりとひとつ頷いた。
「そうですか、ならこの薬はお返しします。もう傷は塞がったので」
ね?とパーカーのジッパーを下げて肩を見せる。
雲が晴れて現れた月の光が日に焼けない白い肩を映し出す。
すると何故か息を呑むシカマルに首を傾げながら、軟膏を返す。
「・・で、どうすんだよ」
「?何をですか?」
ジッパーを上げながらシカマルの問いに問いで返す。
「記憶を消すとか始末するとか、するんじゃねぇの・・・?」
「まあ・・・普通はそうなんですけど、無闇矢鱈と記憶操作したくないですし、
あなたの場合シカク達がまた口を滑らす可能性も強いですから・・・」
その度に記憶を弄っていたらキリがないし、シカマルの脳にも支障が出そうで怖い。
だからそれはしないと笑う。
「それにシカマルのことは信用しているので」
「え・・・」
「ただ他言無用にお願いします。シカマルは口堅い方だと思うので心配はしてませんが」
そう伝えると首まで紅くして、その様子を不思議そうに見つめるナルト。
「・・かわいすぎだろ・・・」
「?シカ・・・?」
上手く聞き取れず小首を傾げ、シカマルの顔を覗き込む。
「お前が好きなんだ」
「はぇ?」
唐突なシカマルの告白に間の抜けた声が響く。
すき?
すきって“好き”?
シカマルが?
・・・俺を?
(ありえない・・・)
こんな狐憑きの泥と血で汚れた俺を?
「もっと小さい頃から好きだったけど、お前のこと聞いてからもっと好きになった。
俺のに、なってくれねぇ・・・?」
熱っぽい視線に背が震える。
「・・っ・・・無理です、この状態を見てわかるでしょう?あなたにまで危害が及ぶかもしれない。それに、」
好きとかあまりわからないし、と俯く。
愛を乞うのにそれがどんなものかわからない自分が悲しい。
好かれたいのに好きと言う感情がわからない自分が情けない。
「俺のことは良いんだよ別に・・・なあ、触って良いか・・?」
抱えていた酒ビンを置いてそっと腕を伸ばし、冷えた頬を撫ぜる。
あたたかい温度にどうしてだろう、涙が出そうになる。
この手は痛くない。
なんて優しい温度。
そして静かに離れる温度に、
「や、もっと・・・」
思わず離れた手を掴んで出た言葉に自身が真っ赤になって弾かれたように距離をとる。
(俺、何を・・・)
ナルトの行動に一瞬目を見開き、しかしすぐに嬉しそうに笑ったシカマルにどきりとした。
「来いよ、お前に触れたいから」
「・・・でも、俺、汚れてる・・・・」
「来いって」
紅い顔はそのままに、操られるように、吸い寄せられるようにシカマルの元へ。
そっと怯えさせないように、けれど逃げられないように抱き込んで。
優しく頭を撫でると、擦り寄った金髪に笑みを深くして。
「こうされると、嫌か・・・?」
嫌・・・?
こんな気持ち良いのに?
小さく首を振って。
「・・・これも?」
切れていた瞼に落とされた口付けに、更に紅くなりながらも首を振る。
「・・・これは?」
上向かされて唇を合わせられる。
「嫌か・・・?」
俯いて首を振った金髪に笑んで、きゅうと抱きしめた。
「俺のになれよナルト、お前のためなら何だってしてやる」
心地よい温度。
自分を包む体温を、シカマルはくれると言う。
何故だか泣きそうになった。
気付いた時には既に頷いてしまっていて、慌てて否定しようと顔をあげたら嬉しそうなシカマルを
見てしまい、結局何も言えなかった。
お使いを頼まれていたのにシカマルは家まで送ってくれて。
離れがたいかのようにずっと手を繋いで。
暗部の任務を終え、ひとりベッドに沈んでも何故か繋いでいた手は暖かくて。
久々に、夢さえ見ずに眠った。
モドル