ずっと気になってた。
里の奴らが密かに誰かを罵る言葉。
狐って誰だ?
金色の子供(3)
「んー・・・こっちかな・・」
始終感じるエネルギーに惹かれ、黒髪の子供は迷いなく進んで行く。
父親が火影と話している時間、待っているのが面倒になって自分で目当ての人物のところまで行くことにしたのだ。
何度か角を曲がって、足を止める。
・・・行き止まり。
壁にはドアもない、なんて
「怪しすぎだっての」
鼻で笑って印を組むが何も変化はなく。
「このへんがダメってことは・・・こう・・」
幾つか印を組み替えてみせると、さきほどまで真っ白な壁だったところが波紋のように揺らいだ。
「これか」
にやりと笑って躊躇いもなく壁に向かって歩き出す。
抜けると木目の廊下だった。
家の中のようだ、と思って一応サンダルを脱いで自分の影に落とすと、サンダルは陰に飲み込まれて見えなくなった。
念のため結界を元通りにしておくのも忘れない。
神経を澄まして気配を探ると、奥から2つ目の部屋に小さな気配がひとつ。
自分の気配に気づいたのか、動揺しているようだ。
鍵がかかっていたが、手はポケットに手を突っ込んだまま、影を伸ばして鍵穴に通すと、カチリと軽い施錠音が聞こえた。
「だ、れ?」
自分よりもやや高いめの声が部屋の隅からした。
本棚に囲まれ、窓は天井近くに格子が嵌められたのがひとつあるだけ。
昼なのに薄暗い部屋だった。
声のした方に歩いて行くと、小さな影がびくりと震えた。
「怖がんな」
何もしねぇよ、と普段使わぬ優しい声色で宥める。
子供の顔は壁に背をつけていて、窓から漏れる光は届かず見えない。
「俺、シカマルっての。奈良って聞いたことねぇ?」
そう言えば、本で読んだことがある。
子供は小さく頷いた。
「お前は?」
「えっ・・・」
何を聞かれたのかわからず子供が戸惑っていると、名前、と言われて小さく驚く。
名前など聞かれたことない。
「・・ナル・・・」
「そうか、よろしくナル」
差し出された手にどうしたら良いかわからない。
「とりあえず、もうちょっとこっちに来い」
無理やり腕を掴んで光の落ちるところまで誘導すると、きらりと光る金色に目を見張る。
自分と同じ年齢とは思えない、一回りは確実に小さいからだ。
ずっと日に当たっていないためか真っ白な肌に、簡易な着物から伸びる細い足。
長く切っていないのか、前髪が鼻あたりまで伸びていた。
じっと観察に入ってしまって、ぴたりと話すことを止めてしまった子供に金髪の子供がことりと首を傾げる。
その動きに対応してぱらりと前髪が隙間を作って見えた蒼に、シカマルは見惚れた。
・・・気にいった
知らず唇が弧を描く。
「すげえ掘り出し物」
「え?」
意味を解さない様子でナルトがまた首を傾げる。
そしてずっと繋がったままの手のひら。
気になるのか自分達の繋がった手とシカマルを交互に見ながらどうしてよいかわからず狼狽する。
じっとり汗をかいてきて、それが気になる。
気持ち悪く、ないのかな・・・?
そっと窺うように目だけで見上げると、真っ黒な夜の目とかち合った。
それがなぜかひどく恥ずかしくて俯いてしまう。
「なあ、俺今ひまなんだけど?」
「え?」
再び顔をあげるとまっ黒い目がさっきより細められていて。
「外、出たくねぇ?」
「え・・・」
初めて言われた。
誰もがここから出さないと言った。
いつもの憎しみに歪んだ顔で、時には笑いながら出してなどやるものかと。
あの優しい老人でさえも、外は危険だから出せないと、じいと窓から見える小さな空を見ていると
よくそう言った。
「そと、は・・・だめです・・・」
「出たことあるのか?」
「ありません、ありませんが出てはいけないと言われてます・・・」
だろうな、とシカマルは知られぬように息を吐く。
さっきの幻術つきの入り口から廊下にわたって今いるナルトの部屋だけの切り取られた空間は、
ちょっとやそっとで調べられるところでもなく、存在だけは噂で流れていたくらいのものだ。
ナルトの容姿が噂に出たこともないことから、どこかに幽閉されてる、と考える方が自然だ。
「今まで会ったことがある人間は何人いる?」
しばらく考え、23人、と答えた。
正確な数を出すナルトのプロフィールに、記憶力も良い、と付け足す。
実際この部屋に入れるものは、火影と身の回りの世話をするものくらいだろう。
それを確認すると、こくりと頷いた。
「その使用人はいつ来る?」
「・・お昼、と・・・日が沈んでから・・・。火影様は、滅多に来ません・・」
なるほど、廊下で誰にも会わなかったことから、あのやわな結界に安心して見張りもなしか。
都合は良いが・・・。
「・・ちょっと待て。昼と夜の2回、って食事は日に2度だけか?」
「食事は昼の一度です」
「はあ?」
ナルトの言葉に唖然とする。
確かに肉付きは薄いと思ったが・・・。
この育ち盛りに食事が一度だけだと?
火影はこのことを知っているのだろうか?
承知の上でこの仕打ちならば、
「俺が引き取っても良いんじゃねぇか?」
俺の方が絶対今より良い待遇をさせてやれる。
とても4歳とは思えぬ発想だがシカマルは本気で考えた。
「じゃあ、夜は何しに来るんだ?」
その問いには答えず、ナルトは困った顔で口を噤んだ。
まあ、想像はできるが・・・。
悪い方の予想が当たってしまったようだ。
さきほどから気になっていた。
窓の下、あの壁のあたりの床が他より黒ずんでいる。
換気するにもあの窓ひとつ。
生々しい血のにおいがまだ残っていた。
時折、父親が任務から帰ってくると同じにおいをさせていたからわかる。
見たところ小さなかすり傷さえ見つからないが、毎日暴行を受けてこの状態ということは、
腹にいる九尾のおかげで治癒能力が異常に高いのだろう。
でなければ時折でもやってくる火影にすぐバレるはずだ。
「・・・なあ、夜まで誰も来ないなら、外出てみねぇ?」
「だから、ナルはここから出れないのです」
「こっそりと抜けて戻って来るなら大丈夫だって」
「・・・」
「窓の外、その目で見てみたくねぇ・・・?」
蒼が揺らいだ。
もうひと押しだな、とシカマルは密かに笑った。
知らないだろう。
ずっと会ってみたかったんだぜ。
どこに行っても大人がよく口にする“狐”という言葉。
聞くと話を逸らすものだから、余計気になった。
父親なら知っているだろうと詰め寄って、言い渋る父に毎日しつこく。
根負けした父は、本当はもっと大きくなってから話そうと思っていた、と溜め息をつき。
それはなぜだと問うたら、話を聞いてお前にできることが今はあまりに少ないからだと言われた。
確かにお前はひとより多少頭がまわるが、それだけだと。
実はこっそり父の巻き物を拝借したりして、すでにいくつか忍術も使えるようになっていたのだが、
もともと興味のないものには指一本動かすのも面倒だという一面が生活に多々見られていたので
父もまさか4つの子供がそんなことができるとは思ってなかったのだろう。
これくらいならできるぜ、と放った火遁で納屋をひとつこんがりと焼いてしまったおちゃめな余談もある。
母親に親子父子そろって半日説教をくらい、やっと許しが出て夕食後に4年前の九尾襲撃事件を知った。
同じ日に生まれた哀れな子供のことも。
里中で聞く呪いの言葉の意味も。
友人の子供であったから、父は父で色々考えていたらしい。
どんな子供なんだろう。
ちゃんと優しくされているのだろうか?
食事はもらえているのだろうか?
友達はいるのだろうか?
山ほど疑問が浮かぶが、あの里の人々の様子から、恵まれた待遇だとは思えない。
気になって気になって、
会わせてくれと初めて親に頭を下げた。
自分でもわからない。
ただ、ひとめ会いたいという気持ちがあるだけだった。
そして会ってみて更に気に入って。
絶対に連れ帰る、と決めた。
知らないだろう。
こんな気持ちを受け止めてもらうためにお前を口説きにきたんだぜ?
しばらく黙っていたナルトがちらりと天井に近い窓を仰ぎ見た。
そと、まどのそと。
想像の世界ではない、現実の“外”が見れる。
ずっと見てみたかった。
少しだけなら見ても良いだろうか。
「・・・シカマル様、黙っててくれますか・・?」
「・・その“様”を取ってくれたら黙っててやる」
きゅうと握る手のひら。
ナルトも返事代わりに、おそるおそる握り返してみた。
初めてひとに自分から触れた。
そっと伺い見ても、黒髪の少年は笑みを濃くするばかりで自分を殴る訳でもない。
全てが初めてで目が回りそうだ。
おなかの上で心臓がどくどく鳴っている。
シカマルに引っ張られ、初めてナルトは結界をくぐった。
モドル