ああ
こんなことになるのなら
連れ出さなければ良かった・・?
血塗れで笑うあいつを見るはめになるのなら
金色の子供(4)
茂みがかさりと小さな音を立てた。
それに驚いて金髪の子供は自分の手を握る黒髪を見ると、辺りを見回し大丈夫だと笑った。
それに安心してそっと手近な木の影へと移る。
初めて見た外の世界は明るく広かった。
「きれいです・・シカマルこれは何ですか?」
火影邸の庭で咲いている花にも青い空にもそれに浮いた雲にもきれいだきれいだと連呼する。
きょろきょろと忙しなく動く蒼に気を良くして知っている限りを教えてやる。
本当は庭などではなく火影邸の外に連れ出してやりたかったのだが、ナルトが履物をひとつも
持っていなかったのだ。
裸足では忍びないと思って、上着の裾を破いて巻きつけてやった。
ナルトは困った顔をしたが、気にするなと髪を撫でると嬉しそうに笑った。
それに心臓が跳ね、心が満たされて行くのはこいつに魅力があるのだろう。
くるくるとはしゃぐナルトに笑んで、距離が離れないようについて行く。
「楽しいか?」
「はい」
普通の子供なら、ただ広いだけの庭を眺めたところで何も面白くはないのだろうが、
全てが初めてのナルトにとっては薄暗い部屋にある小さな窓から見えていた、
切り取られた景色の全てがここにある。
どれだけ腕を広げても収まりきらない世界の広さに瞬きするのさえ惜しい気がした。
「シカマルありがとうございます」
こちらを振り返りながらナルトが笑った。
きっと今頃は父親が火影を連れてナルトの部屋へ向かっているのかもしれないが、
今の笑顔でチャラだ。
多少の叱責は我慢しよう。
少し空が赤みがかってきた。
鮮やかな夕日が現れていく。
それを見てナルトが感嘆の息を漏らす。
「きれい・・・」
本日何度目の“きれい”か知れないが、夕日に照らされたお前の髪の方がきれいだとシカマルは思う。
きらきらとオレンジに輝いて、振り向いた蒼さえ夕日色に染まって、
美しいとはこういうことだと思わせる。
「お前が何故ここにいるんだ!!」
突然の怒声にびくりと震える小さな肩2つ。
穏やかに過ぎる時間に酔って、油断していた。
使用人と思われる男は近くにいた他の使用人を手招きする。
ちっと舌打ちしてナルトの手を引くが、掴んだ手をそっと押し返された。
「シカマル行ってください」
「や、俺も一緒にいる」
離された手を再び掴み、睨むように言い放つ。
叱られるなら連れ出した自分が受けるべきだろうし、その予定もしていた。
「ダメです!」
初めて声を荒げたナルトに驚いて手を掴む力を緩めてしまった。
その隙にナルトは手を離し、
「シカマルありがとうございました」
笑って今だ罵りの言葉を並べる使用人の元へ歩み寄る。
ナルトは使用人数人になかば引きずられるように連れて行かれた。
取り残され、ずっとあった手の中の温度がどんどんなくなって行く喪失感。
角を曲がって姿が見えなくなりそうになって、駆け出した。
やはり自分が謝るべきなのだ、一緒について行こうと角を曲がった。
「・・・?」
おかしい。
何でこっちなんだ・・?
この道ではナルトの部屋にも火影室にも行き当たらないはずだ。
父親を待っている際にひとしきり調べつくしたから間違いないはずだ。
この先は確か農具やら何やらが雑然と積み上げられた倉庫だった気がする。
「・・・まさかっ・・」
ひとつの生まれた可能性に一瞬で背が冷えた。
こんな予想外れてほしかったが、次の角の奥の方から聞こえる罵声に爪の先まで冷え切った。
「このっ化け狐が!!」
「よくものうのうと生きているものだわ」
「死ね!!!」
「お前がこんなところにいたら俺達がお叱りを受けるんだぞ!?
お前のせいでだっわかってんのか・・・・あぁ?!」
途端動きが取れなくなったからだに違和感を覚え、大人達が動きを止めた。
否、止められたのだ。
「て、めぇらっ・・・何、やってんだよ・・!」
肩で息をして黒髪の少年が印を組んだままこちらへ歩み寄る。
数人もの大人を影で縛りつけ睨む。
大人達の影に隠れて見えなかったものがゆっくりと見えてくる。
さきほど夕日に染まって輝いていた金髪は、今はべっとりと赤黒い血で染まっており、
白かった着物も土で汚れ、陶器のようだった肌はどこもかしこも赤や青のまだらになっていた。
うずくまった金髪は、げほっとむせて紅い小さな池を作った。
それを見て黒髪の子供は縛っていた影を更に伸ばして大人達の首へと強く巻きつけた。
息が満足にできず己の首を掻き毟って、気を落とした瞬間に術を解いてナルトへと駆け寄った。
「大丈夫か?!」
血で真っ赤に染まった口から、小さく呼吸音が聞こえ少し安心する。
「立てるか・・?」
「ん・・」
ゆっくりからだに障らぬように抱き起こし、傷の具合を診る。
からだには服で隠れたところでさえ無数の痣が生まれており、しかしその痣は幻であったかのような
速度で元の肌に戻って行く。
額には血がべったりとついていたが、拭ってやるともうそこには何もなかった。
「シカ・・・マ・・・は、大、丈夫・・?」
「俺は何とも・・すぐに追ってこなくてごめんな・・」
迂闊だった。
ナルトの取り巻く環境を甘く見ていた。
毎夜虐待に訪れる彼らにとって、ナルトが部屋を出るなんて、格好の罵る理由となる。
なぜあやまるのですか?ときょとんと笑ったナルトに泣きそうになった。
ああ
こんなことになるのなら
連れ出さなければ良かった・・?
血塗れで笑うあいつを見るはめになるのなら
モドル