とくとくと波打つ鼓動が手のひらから伝る


このほわほわする温度はなに?




金色の子供(6)





すっかり日の落ちた町なかに、3つの影が伸びた。

「もうすぐだからな」
「はい」
一番大きな影が、真っ黒のフードをかぶった子供にそう伝えた。
初めて見る火影邸の外、日が暮れて今いちはっきりとは確認できないが、
立ち並ぶ民家にきょろきょろと目を輝かせるナルト。
目立つ金髪に、一応とばかりにフードを被せてもらった。
この里では自分の髪色は珍しいらしく、噂で九尾の子供は金髪だと流れているらしいので
念のためだとフード付きの上着を手渡された。
もともとシカマルが羽織ってきたものを貸してもらっている。

「うら、着いたぞー」
「・・・」
さきほどからずっと同じ塀が続いていると思ったが、やっと途切れたと思ったら表札に
“奈良”と書いてある。
火影邸に劣らぬ広い敷地にナルトはぽかんと見上げた。
「おっきいです・・・」
「お前がいたとこのがでかいって」
「・・・」
そうだろうか、と更に続く塀の先は、夜の闇で溶けていた。
ほら行くぞーとシカクに急かされ慌てて走り寄るナルトに笑って、
シカマルは片手で印を組んで家を包むように結界を張った。
念のためだ。
これで侵入者が入った際はシカマルに伝わるように仕組まれている。

「帰ったぞー」
「お帰りなさい!ずいぶん遅かったのねぇ」
ガラガラと戸を引く音が聞こえ、奥からパタパタと軽い足音が近づいてきた。
「ナルト、うちの母ちゃんだ」
「は、はじめ、まして・・・」
頭を上げると、気は強そうだが暖かい視線で見おろす女性がひとり。
長い黒髪を高く結って料理の途中だったのか、腰にエプロンを巻いて。
(・・・このひともやさしい・・・)
いつも自分が受ける突き刺すような視線とまるで違う包むような感覚に酔いそうだ。
「あらあら、とっても礼儀正しい子!シカマルあんた見習いなさい、ただいまも言わないんだから」
「・・・ただいまー」
若干不貞腐れたように小さく返すシカマルにナルトが笑う。
「初めまして!この敷地またいだからには私達を家族と思って何でも言ってね。
遠慮はなしなし!どうぞ!」
やや怖気づいて玄関へ入ろうとしないナルトに、なかば強引に背を押して招き入れる。
「もう食事できてるんだけど・・・先にお風呂入っちゃいなさい」
一緒で良いでしょ?とシカマルとナルトをまとめて風呂場へ追いやる。
「タオルはそこに置いてあるからね。着替えはそこ、わかった?」
「はい」
「まあ良い返事!シカマル今日は本の持込・長湯禁止よ」
へいへい、と温い返事をしたシカマルにほんとにあんたは・・・と説教が始まりそうなヨシノを
追い出して、子供らしくない溜め息ひとつ。
「悪ぃな・・・うるさくて」
ふるふると首を振りナルトはいまだぽかんと立ち竦んでいた。
ヨシノの勢いに負けたのか、急な展開について行けていないのか、いや両方だな、と苦笑って
ナルトに早く入って飯にしようと促すと、すみませんと謝って服を脱ぎ始めた。
さきほど受けた傷はすっかり痕も残らず消え去り、ふだん日に当たらない白い肌が露出する。

うすい肉付きが露わになって息を呑んだのは、
その透き通るような白い肌に。
細い首に。

その辺の女よりよっぽどきれいだ、と呟くシカマルは非常に精神年齢が高かった。
 
「・・?シカマル?」
顔が紅いです、気分が悪いですか?と自分を見つめたまま微動だにしないシカマルに
心配して近づくナルト。
「や・・いいから入れ」
あまりからだを見ないようにしてくるりと反転させ風呂場に押し込む。
(ヤバイ・・って・・・)

鼻血だけは勘弁だ。



ひたりとタイルの上を歩き、あたたかい水蒸気を感じて立ち止まる。
「?どうした?」
「ここはどうしてあたたかいんです?」
「はあ?」
そりゃ、風呂だし。
その答え以外に何かあるのか?
「湯が張ってあるからあたりまえだろ」
「・・・ゆ・・・」
指差したタブを不思議そうに見やって、ナルトがそぅっと手を差し入れて驚いたように引っ込めた。
「大丈夫か?熱すぎたのか?」
自分も手を差し入れ温度を確かめると、冷めていたのかそれほど熱くは感じられなかった。
「もっと温い方が良いなら水足すけど?」
「・・・」
何故か不思議そうに湯を見つめるナルトに気遣って水で温めてやる。
「これくらいなら大丈夫か?」
「・・・」
そっと足を差し入れ、かなりゆっくりとからだを沈める。
「・・・・・あったかい・・・です・・・」
気持ち良いのかほわりと笑んだナルトに、そうか、とシカマルもつられて笑った。
「ナルのとこはお風呂いつも冷たいのです・・」
家庭によるのでしょうか、と全身をあたためてくれる湯を満喫しながらナルトは呟いて。
「・・・冷たいって・・・まさか冬もとか言わねぇよな・・?」
黙るナルトにシカマルは、あの使用人達をもっと痛めつけておけば良かったと後悔した。

「いいか、うちの親はちょっと変わってるけど、まあうちは一般家庭に括っても問題ないと思う。
これが普通の生活だからな。基準にしたら良い」
「うん・・・」
本当は里を代表する旧家のひとつで広大な敷地を持っていて影を操る一族で、
シカマルにおいてはIQが平均よりずば抜けて高かったりするが、
その辺は黙っておいて問題ないということにしておいた。

しっかりあたたまってタオルでくるまって、ナルトは自分の着てきた服を探すが見当たらない。
「ナルの服・・・」
「今洗ってっから、これ着とけ」
シカマルに手渡された服にもぞもぞと腕を通す。
白のハーフパンツに黒いTシャツ、上にフードの付いた山吹色のパーカーを羽織る。
フードに何やら装飾がついていて何気なく被って見ると、猫の耳のようなものが付いていた。
(母ちゃんグッジョブ・・!)
生まれて初めて母を褒めた。
数日前、父がナルトのことを話した次の日に、ヨシノが抱えきれないほどの買い物をしてきたのを
鮮明に思い出す。
不思議そうに鏡に映った自分の猫耳つきフードをふにふにと触っている姿は愛らしく。
「それお前の服だから」
「ナルの・・?」
「ああ、持って帰ったって良いぜ」
あの買い物量からするとまだまだある筈だしなぁ、と笑って。


「あら〜、似合うわぁ」
嬉々として居間から顔を出したヨシノがナルトを見た第一声。
「ちょっとサイズが大きかったみたいだけど・・・育ち盛りだもの、すぐぴったりになるわよね〜」
「あ・・・あの、ふく・・・ありがとうございます・・・」
「良いのよ〜、うちの子そういうの似合わないから新鮮〜」
当人目の前にして言うか?と呆れながらシカマルは自席に着く。
ただ呆れるだけ、の辺り既に子供らしくないのだとヨシノが不満そうに漏らす。
四角い卓袱台に2人ずつ向き合う形で座る。
シカマルを隣に、シカクとヨシノを前にして落ち着かなそうに座るナルトに苦笑して。
正座で伸びた背筋に、足崩して良いぞ、と笑われながら。
「いっぱい食べてね〜」
目の前には大皿に乗せられた煮物やら魚やらサラダやらがずらりと並ぶ。

食事がいちばん一日の中で嫌いであった。
これだけ良くしてもらっておいて、我慢できずに吐いてしまったらヨシノを悲しませるだろう。
それだけはしたくない。

少しずつ小皿に取り分けて渡され、しばらくそれを見つめてゆっくりと食べ始めた。
「・・・」
「お口に合うかしら〜」
火影様のところでの食事はさぞ美味なんだろうしなぁ、比べたらだめだろ、と笑うシカクに
死角で重い肘が入った。
それを視界に捉えずとも空気で伝わったシカマルは、いつものことだと飄々と食事を続ける。
「・・・あまい・・・」
根野菜の煮付けを食べていたナルトがぽそりと呟いた。
「え?あら、ちょっとお砂糖多かったかしら?」
失敗かしら?とヨシノも味を見て。
「うちではいつもこんな感じなんだけど・・・火影様のとこは薄味なのかしら?」
「あじ・・・は・・・わかんなかったです・・」
いつも舌が痺れて味など感じたことはなかった。
時折、やたら甘い味付けになっているときは大抵後に嘔吐感を催して洗面台に走るのが常だ。
だから感じたことのある味は甘味だけなのだとそのまま伝えると、ヨシノはごめんなさいねと
口もとを押さえて席を立ち、それを追ってシカクも立ち上がった。

「・・ナルは何か気の障ることを言ってしまったでしょうか・・」
「いや・・・なあ、その食事のこと火影に伝えたことはあるか?」
「いえ・・どうしても食べられなくなった頃に、食事をあまりとらないことがお耳に入ってしまって
悲しい顔をされました。好き嫌いはだめだと・・・それからはなるべく食べきるようにしていた
のですが、結局耐え切れなくて・・・」
吐いてしまうのだ、と泣きそうな声で。
このままではまたあの老人に悲しい顔をさせてしまう、と俯くナルトの肩を掴み
自分の方へ向かせた。
「いいか、この先火影邸で食べたときのような痺れや吐き気を感じたら即吐き出せ、食うなよ。
それは毒だ。その腹の中にいる九尾が毒を浄化しているから生きてこれたんだ」
「・・ど、く・・・」
確かにヨシノの料理はどれも舌が麻痺するどころか色々な味があって楽しい。
いつも感じる吐き気も今日は感じない。
外を知らなかったから、食事とはああいうものなのだ、と信じてしまっていた。
次々と明かされる事実に、自分がどれほど憎まれているかを実感させられる。

「まあ心配するな。俺が何とかする」
「シカマル・・?何を・・?」
「お前を取り巻く環境を」
任せておけ、と笑って食事の続きをすすめるシカマルに首を傾げる。
「なんでナルにそんなに良くしてくれるのですか・・?」
「・・お前を気に入ったからかな」
すぅと細められた目に何故か心臓が跳ねる。
シカマルに会ってから幾度か経験した鼓動。

これは何・・・?


間をおかずシカクとヨシノが戻ってきた。
ヨシノの目が少し紅くなっていた以外はさっきのままだった。































モドル