繋がれた手


あたたかいこの手を


いつまでも離したくない




金色の子供(7)





静かな闇に、慣れてきた目が見知らぬ天井を映し出す。
いつもの自室ではなく、シカマルの部屋。
隣では、シカマルがいつもは括っている髪をすっかり下ろして横になっている。
誰かと眠ることなどしたことがない。
ナルトは普段からは考えられぬ1日が過ぎようとしている。

初めて自分と同じくらいの子供と話し、遊び、自分を殴らない大人達と食事をして
服までもらい、頭まで撫ぜてもらった。
この家の者達は、自分に笑顔で接してくれた。
食事も大変美味しく、甘さ以外の味覚を知った。
あたたかい“ゆ”というものにも入った。
これはとても心地良かった。
いつまでもバスタブから出てこないナルトをシカマルがなかば無理矢理引き上げた。
“ゆざめ”というものをするから駄目だと。
今日だけでたくさんのことを知り、感じた。

(たのしい・・・)
楽しい、嬉しい。
こんな気持ちになったのは初めてだ。
一分でさえもったいなくて、一日をこんなに大事に過ごしたことはない。
(でも・・・)
こんな生活長くは続かない。
シカクも2,3日預かると言っただけだから、遅くても明後日には今までの生活に戻るのだろう。
(ヤダ・・・)
暴力も嫌だし毒入りの食事も冷たい風呂ももちろん嫌だが、一番嫌なのは。
(シカマル・・・会えなくなっちゃう・・・)
初めてできた友達なのに・・・。
布団を抱きしめるようにきゅっと握り締め、それに顔を埋めると、あたたかな太陽の匂いがした。
おそらくヨシノが昼間に干しておいてくれたのだろう。
隣で眠るシカマルの布団と、色違いのおそろいなのだと嬉しそうに教えてくれた。
デフォルメされた可愛らしいクマ柄に、シカマルは顔を引きつらせたが、ナルトはおおいに喜んだ。


「眠れないか?」
「!ごめなさ・・・起こしましたか・・?」
てっきり眠っていると思っていたシカマルの声に、びくりと肩を揺らす。
「や、俺いっつももっと遅くに寝るから癖で、な」
こちらに横向きになって、に、と笑う。
「そうですか・・・」
つられてナルトも笑い返した。
それがシカマルの顔を真っ赤にしたが、夜であったためナルトは気付かなかった。
「・・・シカマル」
「あ?」
「ありがとうございます」
突然の礼に何のことだかわからず首を捻る。
「シカマルが連れ出してくれたから、今日はとても色々なものが見れて、感じることができました」
「・・・そうか」
「明日で最後なのが・・・残念です・・・」
泣きそうだ。
声は震えていないだろうか。
「最後になんてさせるか」
「・・え?」
小さいが、きっぱり言い放つシカマルを不思議そうに見つめる。
「言っただろ。お前のことは俺がなんとかするって」
「・・・?」
食事のときに確かに聞いた。
お前を取り巻く環境を、シカマルが何とかすると。
「まあ、実のところはお前が努力しなければならないことの方が多い」
ただ、サポートはしっかりと努める、とまっすぐに見据えられて、息をするのを忘れるほどに。
「お前、使用人達の前で術を使ったことはないと言ったな」
「・・はい」
「体術も?」
「はい」
「火影の前では?」
「ありません」
答えを聞いてシカマルは満足そうに笑う。
「ちなみに忍術はどこまでできる?」
「・・・部屋に置いてある忍術書に記載されてあるものなら大体・・・」
ナルトのいた部屋にあった忍術書はかなり高等向けだった。
中には禁術書も混じっていたはず。
やはり埋めて良い才能ではない、と口端をあげる。
「上等」
お前最高、と愉しそうに笑うシカマル。

「いいか、ナル」
突然、真剣味のある声で語り始めた。
「お前、これからも人前で術を使うな。ただし、暴漢にあった際には幻術で対処しろ」
「え・・・?」
「正直、火影はお前のことを大事にしているようだが、他の者は信用できない。
お前が傷つく必要はないんだ。適当に幻術であしらえ」
暗い表情になるナルトに、
「上手くできるかどうかなんて考えるなよ。何事も練習だ。大人は子供を育てるために
いるんだから、役に立てるなら本望なはずだ」
「・・・」
その考えはどうかと思う、と思ったのが顔に出ていたのかシカマルが苦笑した。
「・・・と、俺は思ってる。あ、あとお前変化はできるか?」
こくり、と頷く。
「よし。なあ、術の練習も兼ねて、自分達の精進も兼ねての話なんだが」
「・・・?」
「暗部に入ろうぜ」
「・・・あんぶ・・・」
それって、暗部?
「そうだ。あそこは実力主義が色濃くて、表立って動けない奴らが多い。向き不向きも
あるだろうが、俺とお前のペアで。どうだ?」
「シカマルと・・・」
「ああ、そしたら夜は必然会えるしな。危険も多いが、それに見合った報酬もあるし、
何より力がつく」
「・・・」
「・・お前、腹の中にいる“やつ”のこと気付いてるだろ」
思わず腹を押さえて、飛び起きる。
「それが何かちゃんと分かっているか?」
ふるふると首を振り、しばしば大人達が狐と自分を呼ぶことを思い出す。
「・・・きつね」
詳しくは知らないだろうナルトに、説明を追加する。
「・・まあ、その通りだ。4年前の九尾襲撃事件で、里人がここらの土地神でもある九尾の
怒りを買い当時の火影がまだ赤ん坊であった自分の子供に封印した」
「・・・それ、が・・ナル・・?」
「そうだ。被害が大きすぎたために里人達はお前を狐と同一視し憎しみをぶつける。
あってはならないことだが、そう思う里人が多すぎるため、火影でも抑制が効いていない」
「・・・」
そうか、とゆるりと腹を撫でる。
今までずっと理由を考えていた。
彼らも、理由なく暴力をふるっていた訳ではなかったのだ。
「だからお前は自分で自分の身を守れるように強くなれ。俺はお前を守るために強くなる」
「なんで・・・?」
ゆらりと、蒼が揺らいだ。
「シカマルが、ナルのために何かするなんて・・・しなくてもいいです・・・」
あなたの自由を自分が奪うのは嫌なのだ、と涙を流す。
「俺はどの道、まあ家柄上、忍にはならなきゃいけないんだよ。もう少ししたらアカデミー行って、
さしずめ暗部は塾みたいなもんだな」
そう笑って。
「それにこれは俺自身がしたいことなんだ。・・お前を守れる者になりたい」
その役を誰かに譲りたくない。
隣に立つのは自分でなくては。
独占欲が強いらしいことは、ナルトと出会って気付いたことだ。
ナルトはいまだ迷っているらしい。
自分のことにシカマルが傷つくのを恐れている。
それでも揺れるのは、気持ちだけはシカマルに向いているということだ。
それが、ひどく嬉しいと、どう言えば伝わるのだろう。
「こっち来いよ」
ほら、と布団を捲ってぽんぽんと手招く。
不思議そうな顔で寄って来たナルトを手早く抱き込んで。
「一緒に寝よーぜ」
「ふぇっ・・・???」
「2人の方があったかいだろ」
「え・・・あ、はい・・・」
腕を枕代わりに差し出して、空いた手で髪を梳く。
気持ち良い・・・。
あたたかくて、全身から力が抜けて行く。
こんなこと思うことなんてなかった。
「で、返事は?」
「・・・」
返事代わりにシカマルに擦り寄る。
シカマルもそれが返事なのだと理解して、明後日にでも火影に話をつけに行こうと
ナルトを抱きしめて。
「・・・許してくれるでしょうか・・・」
「その点は大丈夫だ」
やけにきっぱり言い切ったシカマルに首を傾げる。
「まかせとけって」
シカマルが大丈夫だと言うのなら大丈夫なのだろうと、瞼を閉じて。
「オヤスミ、ナル」
返事を口にする前に、すうと眠りに落ちてしまった。
今まで安心して眠ることなどなかったのだろう。
体温に安堵して、全てを預ける姿に微笑んで、シカマルも目を閉じた。



2日後。

度重なる暴力・毒入りの食事・これからの将来を盾に。
ついでに暗部になれるまでの修行講師にシカクを指名して、ナルトを奈良家に住まわす許可も
勝ち取り、後には孫を嫁にやるような心境の老人がひとり。

数年後には、同じ“月”の字をあてた暗部が2人、里に名を轟かせることになる。






















モドル